天官賜福からたどる道教。『儒教・仏教・道教-東アジアの思想空間』菊地章太
学生時代に乱読したおぼろげな道教や儒教の知識が、何十年もたって『魔道祖師』や『天官賜福』を楽しむのに役立つなんて、と感慨深い昨今。そういえば、授業で習ったわけじゃないのに、一体どこで覚えたんだろうと考えたとき、思い当たったのは中野美代子先生の本。タイトルは裏覚えですが、図書館や古本屋にある本を、手当たり次第読んだ記憶があります。
10冊くらい読んだ記憶があるのに、見慣れた表紙がアマゾンにないのは、絶版になってしまったからなのか。やはり本は生モノですね。学生時代に読んでいた小説で、仙境とか道教の神様がちゃんとした知識の裏付けあって登場するものは、当時は『創竜伝』だけだった気がします。仙界が出てくる8巻の初版は1992年ですか、そうですか(遠い目)。
というわけで、学生時代のおぼろげな知識をアップデートするために、菊地章太先生の本をチョイス。菊地章太先生の専門は比較宗教学。単純に道教だけの本を読むよりも、仏教や儒教と混同して日本に伝わっている部分も含めての説明がわかりやすかったです。
昔の中国人は、災難はすべて悪鬼がもたらすと考えたそうです。中国では死者の霊魂を悪鬼といい、手厚く祀れば神となって子孫を見守るし、きちんと葬られなかったり不本意な状況で死んだら悪鬼となってさまよう。この悪鬼を駆除して災難を解消させることが道教の修行をする道士の重要な仕事の一つとのこと。
道教の教典には悪鬼を追い払う呪文やお札がたくさんあって、いいことをお祝いするのが「祝」。そして、戦争なんかで敵国を負かすためのまじないが「呪い」。ラノベとかでよく見るようになった「蠱毒」の歴史は、秦漢の昔からあって、もとは中国西南部のミャオ族の伝承とのこと。
日本では誤解されていますが、インドで生まれた仏教では、人が亡くなると輪廻転生すると考えます。なので、お墓をつくってもそこに死者はいないし、三回忌とか七回忌もありえません。お葬式にお坊さんが関わるのも日本だけ。お墓をつくって先祖を祀り、お盆に死者の魂を迎えてお香をたくのは、中国の古い思想によります。
日本にあるお中元も、もとは中国の道教の儀式でした。中元があれば当然上下もあって、上元・中元・下元あわせて「三元」。これは天・地・水をつかさどる三人の神様たちのことで、それぞれ天官・地官・水官というのだそうです。この「三官」が天下のあらゆる者の行動を監視して、善悪の度合いに応じて寿命を掌握するとのこと。三官信仰の歴史は、後漢(二千年くらい前)まで遡れるとか。
天官は人に徳福を授け、地官は罪を許し、水官は厄災をはらうので、その後、「天官賜福」「地官謝罪」「水官解厄」を願うまつりが行われるようになったとか。正月十五日は天官の誕生日で「上元節」。七月十五日は地官の誕生日で「中元節」。そして、十月十五日は水官の誕生日で「下元節」だそうです。
墨香銅臭さんの『天官賜福』は、道教的なファンタジーの舞台として「天官」を中心にシンプルにまとめて、そこに「地官」や「水官」的な要素もひっくるめたんでしょうか。一部では、「地官」に鬼(死者)要素もからめているようで、中元の日に鬼界の門が開くって設定ものそんな感じがします。
その後、インドから中国に仏教的な思想が入ってきましたが、やっぱりインド由来の思想が中国の道教的なものと混じったとのこと。例えば、仏教でいう「奈落」(=地獄)は中国にない概念でイメージしづらかったので、「泰(太)山の地下にある死者の世界」に上書きされたのだとか。
特定の時期に、特定の山に「鬼」たちが集まって殺し合いをするのは『天官賜福』にもありましたが、『鬼滅の刃』にもあったような。こういうつながりをあれこれ妄想するのは楽しいです。あと、谷子の「谷」は「谷神」のイメージなのかな?とか。
菊地先生のこの本は、いろんな宗教が時代ごとに影響しあって、再解釈されていく様子が読みやすい文章で紹介されています。参考書にあるような一口メモが、随所にはさまれているのもお茶目。とっつきやすくて、入門編として最適でした。
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