縄文人からウイルス発見 「日本人の起源」伝える使者 世界はウイルスでできている(4)

ワタシは縄文人。名前は……。みんなは「船泊23号女性」と呼ぶの。北海道・礼文島の船泊遺跡から出土した約3800年前のワタシの骨をそう言っているみたい。だけど23号女性なんて失礼じゃない? ワタシのことを誰もわかっていない――。

これからは縄文人の暮らしぶりがわかってきますよ。こう話すのは国立遺伝学研究所の井ノ上逸朗教授だ。手応えを感じているという。大きな発見が最近あったからだ。

縄文人23号女性の歯を削って遺伝物質のDNAを取り出し、大学院生の西村瑠佳さんらと解析した。悠久の時の中で虫食いだらけになったDNAをつなぎ合わせた。すると、これまで気にも留めていなかった歯髄のDNAに11種類のウイルスの痕跡が見つかった。このうち「CT89」というウイルスのゲノム(全遺伝情報)が完全に復元できた。9月末に論文を発表した。

ウイルスで縄文人の何がわかるというの? 23号女性は、こうぼやくかもしれない。

確かに日本人と関わりがありながら、縄文人の実像は謎に包まれている。アフリカで生まれた人類は世界に広がり、日本列島へは約4万年前ごろにやってきたらしい。縄文人は約1万6000~3000年前に日本列島で暮らした人々だ。狩猟や採集中心の生活を営んでいた。縄文時代の終わりごろに大陸から弥生人系の人々が渡ってくると縄文人との間に子どもを授かり、その子孫が今の日本人につながったとされる。

日本人の起源をひもとこうと、縄文人の骨や歯に残ったゲノムを解析する研究が進む。そんな研究から23号女性のプロフィルも徐々に明らかになってきた。髪は巻き毛で目の虹彩は茶色。アルコールに強い。2019年には国立科学博物館研究員の神沢秀明さんらがゲノムの完全解読に成功した。遺伝子の変異から「こってりとした食事に適応した体質」などを突き止めた。

本州に暮らす日本人のゲノムの10%は縄文人から伝わったとの事実も知られる。だがゲノムから縄文人一人ひとりの暮らしぶりを探る研究は途上だ。体格や体質などはわかっても、どのような生活を送っていたかの解明は難しい。

そこに、縄文人からウイルスが見つかったという吉報が舞い込んだ。これは日本人の起源を伝える使者になる。研究者らは小躍りした。

ウイルスをよく調べると、縄文人の体に感染していたわけではなかった。口の中にいる細菌に感染していたようだった。現存するウイルスと比べると、CT89というウイルスの祖先である可能性が高かった。細菌の種類によっては、ウイルスの感染を受けるとウイルスのゲノムの一部を奪って相手を記憶し、新たな攻撃に備える。CT89ウイルスのゲノムの一部を宿す細菌を探すと、シュアリア・メヤリ菌かその仲間に行き着いた。病原性はなく、口の中にいる細菌だという。

こんな細菌が縄文人の口にいたのだろう。ウイルスのDNAは細菌よりも小さく、復元しやすい。ウイルスのDNAを縄文人の歯などから見つけさえすれば、芋づる式に縄文人の口にいた細菌の正体が絞り込める。口内細菌の種類や数は食べ続けたものを映し出す。貝殻などの出土品とともに、ウイルスが縄文人の食生活を調べる手段になる。

一方、口内細菌や腸内細菌は人々の健康に欠かせない。腸内細菌に感染したウイルスも見つかれば、腸内細菌の存在が明るみに出る。細菌の種類からは縄文人の健康状態がつかめる。縄文時代から現在までに、口や腸にすむウイルスや細菌が食事とともにどう変わっていったのか。変遷をたどれば、現代の日本人を悩ます糖尿病や歯周病などの起源を遡れる。

ウイルスは、乗り移った相手の体に居座る。ウイルスと相手は一体であり、別々の存在でもある。つかず離れずの関係だからこそ、ウイルスは相手の今ある姿を映し出す鏡となる。国立科学博物館の神沢さんは、縄文人の口にいたウイルスが縄文人本人のゲノムとは違う新たな見方を提供してくれるだろうと話す。いずれ縄文人一人ひとりの生きざまがみえてくるはずだ。

そうなったとき、23号女性はこんな言葉を口にするかもしれない。ウイルスは知らない世界を教えてくれるのね。

(下野谷涼子、加藤宏志)

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