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とおまど、M-1に出る。 シーズン3編

総目次

前話(シーズン2編) あらすじ
浅倉の制御不能性に懲りた樋口は、283バラエティ三銃士として紹介された三峰、園田、七草にネタ制作の助言を乞う。『笑いの理論』に精通する三峰の金言と自身のキャラから乖離したポップなネタに戸惑いつつ、舞台上の樋口は台本へと仕組まれた思わぬサプライズに気付く──


──────⑩ メモリアルピース


「二次審査も通過だ……! おめでとう」

「そうですか」

「あ、そうなんだ
 ありがと」

「──もうちょっと喜んでもいいんじゃないか?
 すごいことなんだぞ……!」

「あー……
 ふふっ、嬉しい」

「……まあ、通るだろうなと思っていましたので」

「もちろん俺も思っていたよ
 でも、こうして結果が出ると……嬉しいなあ……!」

「あなたがそこまで喜ぶ理由はわかりませんが……
 簡単に通過できるということはわかったので
 それは確かに嬉しく思います」

「これはみんながパスできるものじゃないんだ
 ちゃんと通過したことを受け止めて、頑張ってほしい」

「じゃあ……うん、頑張る」

「このまま頑張りますね
 ……それなりに」

「ああ!
 それから、これも渡しておくよ」

「手紙?」

「『とおまど』宛のファンレターだよ」

「え……」

「二人を応援してくれる人が、少しずつ増えている証だ」

「ずいぶんな物好きですね」

「……少し、読み上げてみようか」

『とおまどの漫才、とっても素敵です
 聞いていると私も頑張ろうって思えます』

「私も?」

『ステージでとおまどを見ると元気が出ます
 生命力に溢れている気がして……』

「生命力……?」

『とおまどならファイナリストも夢じゃ──』

「ああ、はい……もういいです
 よくわかりました
 この業界にいる人って、アイドルも、スタッフも、ファンも──
 みんなエネルギッシュですよね」


* * *

 都合3戦の審査を越えて、私たちは予選3回戦へと駒を進めた。次回ステージの出番は未発表だが、猶予は概ねわずか10日程度と大した時間も残されていない。なんの準備もなく挑む無謀は最早冒すまい。

 2回戦前の準備に引き続き今回もまた、三峰結華さん、園田智代子、七草にちか以上3名、283プロ所属のバラエティ強者に助言を乞うた。俎上に上がる課題は専らシステム漫才について。奔放な相方を適度に制御する手段だ。
 極端にポップだった2回戦ネタでは上記の作家陣にいいように弄ばれた感が否めないが、結果通過しているのだから強くも出られず、不機嫌を顔に出しておくのみに留める。現実問題、システムのパッケージによって時間配分を制御できていたのは確かで、在り方自体には納得できるものがあった。かといってまたやりたいかどうかは別の話ですけど。

「今度はパターンを変えた本格的なシステム漫才を試そう!」

「また?
 もうやらないからね」

「……あれは、あはは……!
 私たちがやらせたかっただけのイロモノだから!
 今度はちゃんと、正統派しゃべくり漫才だよっ!
 ね? 283のお笑いソムリエさ〜ん!」

「不肖園田智代子、新戦術を指南致します……!」

「あははっ
 たまにするその武士みたいな喋り方、何なんですー?」

「えっ!? どの辺が……!?」

「いいから
 話は聞く」

「そ! そうだね!
 ……えっとね、じゃあまずはワークショップといきましょう!」

 智代子がA5の厚口用紙の束を取り出し、封を切る。そのうちシャー芯ケース分くらいの厚みを取り分けて、私に差し出した。

「透ちゃんや、ノクチルの思い出にまつわる『もの』とか『場所』の名詞
 思いつく限りこのカードに書いていって!」

「……ふうん」

 今のところ目的が手段と切り離されていてよく見えてこないが、とりあえずサインペンを手に取って従ってみる。

「…………」

「「「…………」」」

 ──沈黙が流れる。

 いざ思い出を挙げよと言われてみても、記憶のフィルムが右から左へスクロールするばかりで、タイミングよくその図像をキャッチするに至らない。

「…………」

 そうだ、そもそも普段私たちはただなんとなく寄り集まって中身もない語らいに興じているだけだから、これといった象徴的なトピックがあるかというとそうでもない。それぞれは本当にしょうもない、抽象的な、散らかった要素でしかない。

「ちょ…… めちゃめちゃ筆止まってるじゃないですかー!」

 加えて、それらの多くは言語化し得ない。いや、言語化することに価値があると思うことができない。処理によって損なわれてしまう、揮発してしまうような何かがある。具体的に何なのかは毛頭わからないが。
そしてそれは常に揺蕩う。波のように形を持たない。つかみどころもなければ、手に収まる大きさでもない。


(海)

 ともかく、曖昧な空気感のままにしておきたい気持ち──それは億劫さなのかもしれない──が筆の進みを阻む。その場の、一瞬一瞬でしかありえない空気。透こそが思っていそうなものだ。何も言わぬうちに、お互いがお互いにわかっているということ。非言語的なコミュニケーション。そもそも幼なじみって、そういうものでしょ。

──

《永遠に一緒にいるより
 永遠みたいにしたい、今を
 一緒に》

──

 志を同じくしているわけでもなんでもない。この先同じ道を歩いていくかどうかもわからない。分岐、その曖昧さ。その不確かさの中で一緒にいるという選択。価値があるとすれば、そこにでしょ。

(道)

 再演に対する透の拒絶感だってそれは不定形な価値を固定化する窮屈さによるものだし、私にもその感覚はもちろんわかる。だからってこの期に及んでどうしろと? そもそも目的地はどこ? そのくせ私は、私たちを遠くまで運んでくれる乗り物のような仕組みを欲している。この倒錯にどう折り合いをつければいいのだろう。

(車)

「…………」

 辿々しく書きつけた単語カードは、それでも一つの束となっていた。

「大丈夫そう?」

 智代子はそれを裏面に返して机上に並べる。

「────それじゃ、カードを選んで
 ────選べた?
 オーケー。めくっていくね……」

『車』

「……これが何?」

「突然ですが! シンプル大喜利です!」

「は???」

「ルールはできるだけつまんなく答えること!
 こんな車には乗りたくない どんな車?」

「ちょっと」

「はい5秒以内! 4、3」

「…………!?
 ……空調から魚介の匂いがする」

「トガりすぎ! もっとシンプルにつまんなく!
 5! 4、3」

「…………っ
 ……座席が全部真ん中を向いてる」

「そういうことじゃない、シュール狙わない!
 5! 4」

「…………
 ……ブレーキが車外についている」

「もっと普通に! まだ全然面白い!
 5! 4、3」

「…………
 ……タイヤがない」

「いい感じ! もういっちょワンワードで!
 5! 4、3、2」

「…………
 ……ヤン車だ」

「んー…… よし、一旦それでいきましょう!
 車の下に括弧で『ヤン車』って書いてね」

「…………何なの? これ」

 智代子の突然のスパルタに動揺を禁じ得ない。つまんない大喜利解答まで言わされ真意がますます謎めく。こんなワークショップは嫌だ。

「では次!
 今度は大喜利じゃなくて、普通に答えて欲しいんだけどね
 円香ちゃんが『ヤン車』に乗りたくない理由って、どうして?」

 乗りたい車、乗りたくない車。
 ──そもそも『思い出』として、私たちが小さい頃漠然と買おうと思っていた車は何だったか。雛菜の家の車みたいに、みんなで乗れるような広々としたバンを想像していたかもしれない。


 発想がそれに引き摺られていった先に、磨き抜かれた黒塗りのバンがあった。車高が下げられ、タイヤがハの字に傾き、LEDで青く光っている。ダッシュボードにはふわふわのファーが敷かれ、葉っぱの形の香料が吊るされている。そしてそこになぜかヤンキー化した小糸が乗っていてオラついている。むせかけて、飲み込む。

「私っていうか、私たちにとってだけど
 ……見た目の治安が何というか……良くないから
 アルファードとか」

「えっ車種出しちゃうのアリですか!? あははっ」

「んっはは!
 ヤン車ってそっち!? センスだこれ!」

「いいよいいよー!
 具体例も出たねっ
 そういうの、もう2個いってみよう!
 『見た目の治安が悪いヤン車』といえば?」

「おっ、なるほどねー?
 お題を絞った上でセクションに分けてく感じね
 やりますねぇ」

「ご名答!」

 智代子はカードを追加でもう2枚渡してきた。それぞれ表面に『車(ヤン車)』と記入させられたことで、そのように書かれたカードが3枚になる。さらにその3枚の裏面上部に『見た目の治安が悪い』と書くよう促される。1枚目の表面、『車(ヤン車)』の下部分に今さっき出した『アルファード』という固有名詞も書き、残りの2案を考える。

「まあこうなったら多分、固有名詞で縛った方が一貫性出るよね
 変に具体的な方が面白いし」

「統一感優先で、もうネットで車種調べちゃっていいかもですねー」

「みんなが知ってそうなのを心がけてね
 あ、あとね、治安以外に共通点が見つかったらメモしておいて!
 あればだけど、あったらラッキーって感じ!
 そのときは台本に組み込むから!」

 そして、作家陣の協力のもと書かれた3枚のカードが揃った。

『アルファード』
『ヴェルファイア』
『ランドクルーザー』

「やばっ、なんかジワジワきませんか」

「わかる……!」

 いずれも街中で見かけたことのある厳めしいデザインの車だ。こうして名詞が集まったはいいが、正直なところ詳しい知識も興味もストレートな面白要素も感じられない。机上でワードを弄ぶ方法論に対してモヤついた疑問が湧く。

(…………
 ん?
 なんだろう
 今、心に何か引っかかった)

「ねえ
 これ、もう思い出とか関係なくなってきてない?」

(なんだろう、この引っかかり
 ……この感覚……)

 複数のセクションを並列してパッケージとすることは理解できた。ただこのように外部的な情報を引っ張ってきたり、わざわざ紙に書き付けることで曖昧な記憶の紐帯を途切らせる処理をするとなると、あえて私たちの思い出からワードを抽出した意味が薄らぐように感じた。どうせこういう回りくどいことをするなら、あらかじめ修辞的に結びついた語彙の連なりを、記憶だの関係なくどこかから拾った方が話が早いはずだ。面白い言葉や発想なんてどこにでもある。

「……そうかもね!
 思い出要素、ちょこっとしか残らないかも……
 ただ、意味はあるはずだよ
 乗りたくない車を想像するとき、
 円香ちゃんは自分や周りの子たちを思い浮かべたはず」

「……それは」

 詭弁でしょ。反論しかけて口を噤む。

(…………
 いや、ダメだ)

「思い出のカケラは、ひらめきやモチベーションために大事
 その人たちじゃないとできない漫才にするために大事」

「…………」

「でも忘れちゃいけないのがね
 どんな思い出でも、調理しなきゃ漫才にならないってこと
 だから……
 みんなが美味しくいただけるように加工しなきゃ」

「…………っ」

 うっすら思っていた、痛い部分を突かれる。

(言語化できない)

 ──曖昧さ。不確かさ。非言語。私たちは芸能活動において、幸いにしてある潮目からそれを許されてきた。アイドル・ノクチルという市場的なパッケージには既に、あるがままの幼なじみの空気感が織り込まれている。私たちを含めた皆々がそれをよしとする。スタッフも、ファンも、嘘がないそのままの在り方に訓練されてきたといっていい。悪くいえば私たちはその環境に胡座をかいてきた。


 しかし、漫才は決してそれを許さない。

 漫才ネタとは『饒舌な嘘』である。
 チュートリアル徳井はチリンチリンの喪失で精神崩壊していない。
 ナイツ塙は普段のトークで固有名詞をわざわざ言い間違えない。
 パンクブーブー佐藤はコンビニで万引きを目撃していない。
 メイプル超合金カズレーザーにWi-Fiを視認する能力はない。
 ミルクボーイ駒場の母親は好きな朝食の名前を忘れていない。
 さや香石井は免許を返納していない。

 カフェの店員やってみたいねんけど。ドライバーって憧れるよな。こないだ引越ししてん。野球選手ってかっこええやん。バイトしてたらこんな客来てさ。彼女欲しいなー思いますね。こんなコーチいたんですよ。営業先でこんなこと言われたんすわ。キャンプなんてどうですか。やっぱり心霊物件らしいねん。帰るとき道歩いてたらさ。どんな歌詞だったっけ。豪華客船当たったわ。ほなら練習してみよ思て。こんな客居てますよね。めっちゃ好きなアニメあって。縁日の屋台なんて楽しいですよね。うちの学校の七不思議ってさ。時代劇の世界来てもうたら。ペット飼ってみたくて。スピーチ頼まれてるんですよ。あれもう一回やってみたいねん。こんな遊びに今ハマってるんですよ。未来の世界って気になるよね。アイドルって大変そうですよね。

(だから、私は考える必要がある
 私のものにはならないこのネタを
 誰かのものであるこのネタを、
 ……ステージの上でどう演じるのか)

 そもそも、漫才師は手ぶらのままなんの準備もない状態を装って、さも『いま』、『この場で』言葉を編み出しているかのように振る舞う。考えに考えたネタ作りや反復練習といった、水面下での猛然たる努力を隠してだ。そのこと自体もまた漫才という芸が抱える大きな『嘘』の一つだ。

(考えないと)

「────…………
 チョコレートってね、
 全重量の35%以上がカカオ分じゃなきゃいけないんだって
 ──ただ、99%がカカオだと、みんなにとって苦すぎるよね
 まあ、ダイエットには効くらしいんだけど!」

「…………」

「砂糖を混ぜて、乳成分を混ぜて、香料を混ぜて、テンパリングして……
 そうやってみんなにとって親しみの持てる味に近づけていく
 これってずばり、ネタの中のフィクションと構成だよね
 それは、カカオ──『人間性』の風味を引き立てる
 そして、味わったみんなを笑顔にする!」

「…………!」
 
 ──真実。
 嘘の中に真実があるとすれば、それは『人を笑わせようとする意思』だ。
ネタが嘘であることを忘れさせる、その人本人の眼前性だ。

(私は
 誰かのために、演っていない……)

 智代子の笑顔。それはとても重くて、力強いものだった。
 クラスに一人はいるごく普通の女の子が、設定を作り込み常に演じ闘い続けること。そしてそのうちに真実に近づけていくこと。智代子の『闘争』を嘘だの虚飾だのと断ずるものは誰一人としていない。目の前のこの子は万人にとって紛うことなきエンターテイナーなのだ。チョコアイドルをチョコアイドルたらしめているのは、その事実性というより、重く力強い『意思』だ。

「……園田さんは案外アタッカーですよね」

「?
 どういう意味?」

「そういうのハッキリ言える人って少ないでしょ?
 でもチョコは、普通にできるから」

「えー?
 そんなこと言ったらみんなもじゃない?
 ……そういえば
 弟にも『姉さんって結構パワータイプだよね』って言われたことある……」

 さすがに笑みが溢れる。空気が緩む。
 意思──いや
 ああ、やっぱり天性なのかもしれない、この子は。真似できない。

「えへへ、いけないいけない
 気を取り直して、次の段階いってみよう!
 出てきた固有名詞について────」

 この業界にいる人って、アイドルも、スタッフも、ファンも──
みんなエネルギッシュですよね。 


──────⑪ とおまど、3回戦に出る。


* * *

○ON STAGE 00:00:00
────(Rock Jingle!!)────
●ON STAGE 00:00:01

両者「「どうも〜〜」」

 11月06日、KANDA SQUARE HALL午後公演、グループF。私たちはM-1予選3回戦の舞台に立った。

浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
両者「「とおまどです、よろしくお願いします」」

 ここまで駒が進むと減った人数分だけ過密が解消してくる。377組──2回戦に勝利しこの階層にまで到達したコンビの総数だ。初期エントリー総数8541組からの倍率でいうと22倍にも達する。
 3回戦日程の東京会場は昼公演と夕方公演の2部制となり、1公演あたりの出場組数は概ね40組程度で、全体のリストをざっと流し読んだだけでもテレビで露出のある見知ったプロがほとんど。1回戦でプロと5分を張っていたアマチュアコンビの頭数も3回戦においてはガクッと減り、1公演中3〜4組を指折るのみだ。
 ここを越えると準々決勝。プロの世界。空気が変わってくる正念場だ。

 余談ながら、受付を同じくしたグループFでは奇しくもエキセントリックな芸風で知られるクレイジーなユニットが固まり、彼らと鉢合わせる状況は理由もなく私を恐怖せしめた。
 物怖じを知らない透が『よろしくお願いしまーす』と出番前の彼らへ無遠慮に声をかけるので、『浅倉透を、ころします!』と宣言され血を見ることにならないか身構えたが、幸いそんな惨事は訪れず、人気芸人としての余裕ある応対に胸を撫で下ろした。


浅倉「ね 優勝するじゃんか、私たち」
樋口「ガッツはいいね、いいよそのガッツ大事」
浅倉「どうしようかな、賞金」
樋口「賞金の1000万円ね」
浅倉「樋口はどうする? 400万」
樋口「おっと、なんか6:4にされてますね
   友情がこんな形で終わるとはね」
浅倉「え? 5:5じゃん」
樋口「…………
   ……あ、源泉徴収されてる?」
浅倉「納めなきゃ、血税」
樋口「意外に国民意識育ってますね」
浅倉「納税意思のある方と」
樋口「納税意思のない方で
   じゃ、ないから 相当国庫に納めてきてるから
   国民ナメないでいただきたいんですけど
   あと血税ってあんま納める側が言わない」

 この漫才は3つのセクションからなるパッケージを内蔵する。それを今展開したツカミと最後のオチのセットで挟み込む。オチは漫才全体を意味的に包括する理由付けになっている。
 その構造を簡易的なチャートにしてみる。

・ツカミ『納税』(オチと対応関係)
・セクション1『車(ヤン車):アルファード』
・セクション2『車(ヤン車):ヴェルファイア』
・セクション3『車(ヤン車):ランドクルーザー』
・オチ『納税』(ツカミと対応関係)

 このようになる。一見しただけでもかなり堅牢なように思えるし、3回戦にきて賞レース向きのネタが出来上がったと言えるだろう。
 ここからはパッケージに移っていく。

浅倉「ふふ、そっか
   でさ、使い道なんだけど」
樋口「どうすんの」
浅倉「買おう
   うちらの車」
樋口「いいね、みんなで海とか行けるしね
   どんな車にするの」

 セクション1。

浅倉「えっとね
   アルファードの新車」
樋口「はいヤンキー」
浅倉「え?」
樋口「あれはドヤンキーの車だから
   ノクチルの治安が疑われるから」
浅倉「ドヤンキーて」

●ON STAGE 00:01:00

樋口「あんな荒廃した世紀末の鉄仮面みたいなフロントグリルしてる車に乗りたがるのは砂漠の悪党だけでしょ」

 過剰に長いセンテンスを一息で捲し立てる。
 ワークショップにおいて各セクションに使う固有名詞が出揃った後に要求されたのは、そこまで熱を込めて言わなくてもいいというような偏見を長文で出力することだった。


 フリの固有名詞はボケとして成立するほど真っ直ぐ面白いものではなく、ごくありふれた語彙である。しかも万人が必ず知っているというよりは、うっすらどこかで見聞きしたことがあるかもしれない程度のもの。そこに具体性を帯びた長々しいツッコミによる情報付加を行い、おかしみを完成させる。
 つまりワンワードの大喜利力というよりはしつこい過剰さ。取るに足らない提案に対してツッコミが明らかに勝ち過ぎているというギャップを突くおかしみ。最近の賞レース史では銀シャリ橋本、ミルクボーイ内海、ウエストランド井口など、傾向のばらつきこそあれ枚挙にいとまが無い。
 一聴してわかる通り、そういったコンビのバランスはかなり偏っている。データを採るとツッコミ:ボケのセリフ量比率が7:3から8:2となっているそうだ。私たちの前回予選ではそうした偏りを是正する配分があったが、今回においても私のマシンガン後に透が発話するターンが設けられており、比率は実質6:4といったところか。

浅倉「ああ、顔がね、車の」
樋口「顔?」
浅倉「こう、車の、ここ
   あのアミアミみたいになってるとこ」
樋口「あれやっぱ顔なんだ」
浅倉「ふふ、顔」
樋口「顔がね、イカついからダメ
   他のなんかないの」

 トピックの面でいうと、ヤンキー御用達カーの具体名がナチュラル女子高生から飛び出るコントラストの面白みがある。絶対に車に詳しかろうはずがないからだ。透にはそれぞれどんな車なのか写真だけ見せておいた。だからこんな風に漠然としたことしか言わないわけだが、結果的に気が抜けていて良い。
 そしてセクション2。

浅倉「えー
   ヴェルファイアの新車」
樋口「はいヤンキー」
浅倉「これもかー」

 ボケが発する短い固有名詞の提示によって次のセクションに移行する。その固有名詞をツッコミが勝手に膨らませながら粒立たせる。それを繰り返す。中盤はこういうベーシックなシステムで漫才が駆動していく。パッケージだけを見るとハライチのそれにも近いかもしれない。漫才の長さをセクションの個数で調整できるので、システム漫才はなるほど時間管理の易化に大きく寄与する。ネタ配置の入れ替え──ワークショップに準えていうなら、カードのシャッフル──も簡単なので、展開における笑いのグラフをコントロールすることも容易い。
このように実践的な方法論を披露した智代子。なかなかのファシリテーターぶりだ。彼女はこの方法を、グルメバラエティなどで製品を誉めそやす正のツッコミを導出するために用いてきたらしい。努力と研鑽に頭が下がる。

樋口「あんなEXILEの曲みたいなオラついた名前の車に乗りたがるのは色黒細マッチョだけでしょ」
浅倉「そうかなー」
樋口「ヴェルファイア」
浅倉「えー?」
樋口「言って、せーの」
両者「「ヴェルファイア」」
樋口「それにあの車のキャッチコピー知ってる?」
浅倉「うん」
両者「「圧倒するか、圧倒されるか」」
樋口「絶対ヤンキー」

 途中変則的に、なすなかにしやマシンガンズのようなユニゾンで、二人の一体感を演出するちょっとしたテクニックも織り込む。二人してマイクに迫り出す動きは、棒立ち漫談に目が慣れた観客にとって大きなメリハリとなる。羅列的なシステムに抑揚をつけることにもなり、こなれた玄人感も出る。


 ワークショップで余談的に仕込まれた小技の数々は、過去のM-1などといった諸大会にみられるトレンドを網羅的に取り入れた、戦略性を感じさせるものだった。
 理論化、あるいはスポーツ化された競技漫才の中で、一定以上の期待値を狙える方法は確かに存在する。傾向と対策を読み込んでいるバラエティの先輩方が示したこのシステム理論も、それに限りなく近いものだといえるだろう。私はいわば巨人の肩に乗っている状態だ。

浅倉「ふふ、ヤンキーかも」
樋口「ほらね」
浅倉「あと、目もこんなだし」
樋口「目」
浅倉「車の、この、ここ」
樋口「目だね
   目つきが良くないんだわ、他の車にして」

 そんな中、ツカミ、オチ、固有名詞の提示以外の透の台本は空欄となっている。つまり次のセクションを要求する私の合図までの間、部分的に透が裁量を預かり自由に話を展開させることができる仕組みだ。適度な制御とはこのこと。
 ジェスチャーを交えて顔だの目だの言い出すクダリは、少しばかり泳がせて正解。動きもあるし、漠然とした抽象的なおかしみが私のセンテンスとの対比になっていて好都合だ。まあ、まだ全然弱いしグダついているが、期待の余地はある。
 続いて、セクション3。

浅倉「わかった
   ランドクルーザーの新車」
樋口「ヤンキー」
浅倉「早っ ダメかー」

●ON STAGE 00:02:00

樋口「あんな『人を轢きます』ってガタイした車から透明感が売りのアイドルが降りてきちゃダメでしょ」
浅倉「うそ、してないよ、ふふっ」
樋口「私たちのキャッチコピー言ってみて」
両者「「さよなら、透明だった僕たち」」
樋口「意味変わってきちゃうから」
浅倉「やばいね」
樋口「皆さん知ってますか、こうアメフトの防具みたいなボディ
   タックルしに来てる、道ゆくもの薙ぎ倒しにかかってる
   明らかに衝突を前提としてるデザインとしか思えない」
浅倉「もうなに言ってんの」

 ジェスチャーすら交えた過剰さによってボケ化するツッコミ。2回戦での『まどか』に難色を示した私に与えられたこのキャラは、しかし比較的地に足がついているように思える。
 辛辣な言葉を捲し立てるスタイルにさほど違和感を覚えずに入っていけたのは、普段気軽に罵声を浴びせる対象がいるからだろうか。誰とは言いませんが。
 こうした過剰な偏見的罵倒を作文する工程は、自分でも驚くほどにスラスラと筆が進んだものだった。応用と発展の可能性という確かな感触を得た私は、技術的な意味でようやく漫才の体裁が整う、と安堵の息をついたのだった。
 ──技術がもたらす面白さ。ここにはそれがある。

樋口「そんなガタイしてるから」
浅倉「あー 肩ね
   イカってるよね、肩」
樋口「肩て」
浅倉「車の、こう、ここ」
樋口「それ顔じゃなかった?」
浅倉「ふふ、顔は、こう」
樋口「?? 違いがわからんけど
   とにかく真面目な車選んでください生徒会長みたいな」

 まだ荒削りだ。だが、この向こう側に正解に近い何かがありそうな気がする。
 システムによって緩やかに管理された進行上の安心感。それはいわば私たちにとっての『陸』のようなものだ。川を出て、海に出て、遠くに流れ出てしまいそうになった時に引き戻してくれる強制力。離岸流の斥力。


 ──しかし、正解が陸にあるとしてだ。
 汽水域を抜けて、限界まで海の果てを泳いで行ったその先。そこにはどんな景色が広がっているのだろう。狭い生簀から解き放たれた自由な透が連れ出してくれる、まだ見ぬその先……

浅倉「じゃあ、どの新車にしよ」
樋口「あと新車乗りたがるのもヤンキーだからね」
浅倉「八方塞がりじゃん」

 お笑い界という大海原。それは飢えた芸人たちによる過酷な生存競争が繰り広げられる、血生臭い壮絶な戦場だ。私たちが手にした方法論は、しかしまだ頼りない。私たちは武器を研ぐ間もなくその戦場へと上がらなければならない。
 ──これからの審査は、より熾烈を極める。

樋口「……ていうかちょっと待って、こいつ……
   さっきから600万くらいの車しか挙げてなくない……!?」

●ON STAGE 00:03:00

浅倉「…………
   ……ごめん、やっぱ8:2に分けよ、賞金」
樋口「なに更に持ってこうとしてんの」
浅倉「……え、するから 納税」
樋口「いや国民意識」
両者「「どうも、あーしたー」」

●ON STAGE 00:03:09
○ON STAGE 00:03:10
──終了。


《車、買おう》

《……ためてもいいけど
 でも、どこりょこう行くの?》

《う、うん……!
 とおるちゃん、どこ行くの……?
 遠いとこ……?》

《ひなな、すっごく楽しいとこがいい〜!》

《どこ、行くの────》

《えーっと……
 海にしよう》


 私たちが『車』を手に入れても、行けるのは海岸までだ。
 せいぜい、波打ち際のギリギリまで。


(────…………
 どこ行くの
 私たち────)


《────ほら、このカード
 何か新しいことを始めたい……
 ……たとえば、転機、挑戦、誕生、将来
 この位置関係だと、そういう隠れた意識が見えてきそう
 ────いいことか悪いことかっていうのは
 他のカードと……
 あなたの心に聞いてみたいことね》

《そのふたつは
 ひっくり返る》


 タロットの『戦車(チャリオット)』に込められた前向きな示唆だって、逆位置にひっくり返せば行き詰まりでしかない。

(世界
 の限界)

 それにだいいち、私は──

 ──海へ出るつもりじゃなかったし。


──────● ピックアップコンテンツ(3)


【とおまど】
M-1予選3回戦ネタ
タイトル: 『caaaar』
ネタ時間: 03:10
開催日程: 2023/11/06
開演時間: 17:00
開催会場: KANDA SQUARE HALL(東京)
グループ: F

○ON STAGE 00:00:00

両者「「どうも〜〜」」
浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
両者「「とおまどです、よろしくお願いします」」
浅倉「ね 優勝するじゃんか、私たち」
樋口「ガッツはいいね、いいよそのガッツ大事」
浅倉「どうしようかな、賞金」
樋口「賞金の1000万円ね」
浅倉「樋口はどうする? 400万」
樋口「おっと、なんか6:4にされてますね
   友情がこんな形で終わるとはね」
浅倉「え? 5:5じゃん」
樋口「…………
   ……あ、源泉徴収されてる?」
浅倉「納めなきゃ、血税」
樋口「意外に国民意識育ってますね」
浅倉「納税意思のある方と」
樋口「納税意思のない方で
   じゃ、ないから 相当国庫に納めてきてるから
   国民ナメないでいただきたいんですけど
   あと血税ってあんま納める側が言わない」
浅倉「ふふ、そっか
   でさ、使い道なんだけど」
樋口「どうすんの」
浅倉「買おう
   うちらの車」
樋口「いいね、みんなで海とか行けるしね
   どんな車にするの」
浅倉「えっとね
   アルファードの新車」
樋口「はいヤンキー」
浅倉「え?」
樋口「あれはドヤンキーの車だから
   ノクチルの治安が疑われるから」
浅倉「ドヤンキーて」
樋口「あんな荒廃した世紀末の鉄仮面みたいなフロントグリルしてる車に乗りたがるのは砂漠の悪党だけでしょ」
浅倉「ああ、顔がね、車の」
樋口「顔?」
浅倉「こう、車の、ここ
   あのアミアミみたいになってるとこ」
樋口「あれやっぱ顔なんだ」
浅倉「ふふ、顔」
樋口「顔がね、イカついからダメ
   他のなんかないの」
浅倉「えー
   ヴェルファイアの新車」
樋口「はいヤンキー」
浅倉「これもかー」
樋口「あんなEXILEの曲みたいなオラついた名前の車に乗りたがるのは色黒細マッチョだけでしょ」
浅倉「そうかなー」
樋口「ヴェルファイア」
浅倉「えー?」
樋口「言って、せーの」
両者「「ヴェルファイア」」
樋口「それにあの車のキャッチコピー知ってる?」
浅倉「うん」
両者「「圧倒するか、圧倒されるか」」
樋口「絶対ヤンキー」
浅倉「ふふ、ヤンキーかも」
樋口「ほらね」
浅倉「あと、目もこんなだし」
樋口「目」
浅倉「車の、この、ここ」
樋口「目だね
   目つきが良くないんだわ、他の車にして」
浅倉「わかった
   ランドクルーザーの新車」
樋口「ヤンキー」
浅倉「早っ ダメかー」
樋口「あんな『人を轢きます』ってガタイした車から透明感が売りのアイドルが降りてきちゃダメでしょ」
浅倉「うそ、してないよ、ふふっ」
樋口「私たちのキャッチコピー言ってみて」
両者「「さよなら、透明だった僕たち」」
樋口「意味変わってきちゃうから」
浅倉「やばいね」
樋口「皆さん知ってますか、こうアメフトの防具みたいなボディ
   タックルしに来てる、道ゆくもの薙ぎ倒しにかかってる
   明らかに衝突を前提としてるデザインとしか思えない」
浅倉「もうなに言ってんの」
樋口「そんなガタイしてるから」
浅倉「あー 肩ね
   イカってるよね、肩」
樋口「肩て」
浅倉「車の、こう、ここ」
樋口「それ顔じゃなかった?」
浅倉「ふふ、顔は、こう」
樋口「?? 違いがわからんけど
   とにかく真面目な車選んでください生徒会長みたいな」
浅倉「じゃあ、どの新車にしよ」
樋口「あと新車乗りたがるのもヤンキーだからね」
浅倉「八方塞がりじゃん」
樋口「……ていうかちょっと待って、こいつ……
   さっきから600万くらいの車しか挙げてなくない……!?」
浅倉「…………
   ……ごめん、やっぱ8:2に分けよ、賞金」
樋口「なに更に持ってこうとしてんの」
浅倉「……え、するから 納税」
樋口「いや国民意識」
両者「「どうも、あーしたー」」

○ON STAGE 00:03:10

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