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とおまど、M-1に出る。 最終決戦編

総目次

前話(決勝編) あらすじ
遂にM-1グランプリ2023決勝ファーストに臨む浅倉と樋口。新たなるスター誕生の機運で最高潮の盛り上がりを見せる大会にて、互いの絆を確かめ合った両者はアイドルとしての『思い出』を軸としたネタで勝負をかける。そして臨界に達したネタはステージ上で『爆発』する──


──────㉑ 振り返り


「────イエー」

「ふふ」

「んー
 いい感じ、めっちゃ」

 ネタを終えて上手側セット裏にハケた私たちは、互いの顔を見合わせてだらしなく笑った。絢爛な投光を遮る大道具の裏側はベニヤと垂木が剥き出しの無骨な設えとなっていて、なんだか途端に気持ちが緩む。
 しかし芸人としての私たちが試されるのは漫才においてだけではない。この後に続く平場での対応こそが力量の試金石となるのだ。ステージの声に耳をそば立てながら、再び緒を締め直す。

上戸『吉本にいましたよ、先輩
   先輩?』
今田『いやすいません
   吉本のことあんな風に思てたんすね、今の子』
上戸『あははは』
今田『さぁ〜面白かったですねえ〜』
上戸『はーい面白かったーもう大盛り上がり
   ……号泣! めっちゃ泣いてるー』
今田『ちょっとハマってしまいましたね
   あれ誰なんでしょうね吉本の社員ね
   いやー彩ちゃんどうでした?』
上戸『レベルが高い!』
今田『ねー!
   いや展開がこんなふうになるとは!』

 サインが出てステージに歩み出る。セット裏の暗がりから一転して、真昼のように眩い環境光が再び飛び込んできた。
 第二の、戦場。

樋口「……どうも」
浅倉「あーしたー」
今田『お疲れ様でした!
   さあ初めての、結成半年で!
   このM-1の決勝の舞台
   いやすごい漫才でしたねー』
樋口「ミスター・プロデューサーもね
   見てくれてると思うんで」
浅倉「うん 届けーって、プロデューサーに」
今田『いやいやいやいや
   大物司会者の立ち方!!』
樋口「肘置くな」
浅倉「イメージしてて 『行列』を」
樋口「やんなそんなこと」
浅倉「ふふっ、ごめん
   疲れちゃった」
今田『ラストになった気持ちはどうでした』
浅倉「してて 来る気が
   ラストでさ、リハの時も」
樋口「そうなんですよ」
浅倉「だから……
   ヤラセかな──って」
樋口「そんなわけない」
今田『ちゃんと回ってる、
   マジでそういうこと一言言うたらそうなるから!』
浅倉「ふふっ、ごめん」
今田『あと! もうちょっと離れて!!』

 普段通りの透が場を掻き回す。タメ口と無遠慮がこの短いやりとりで印象付けられたのは一種の『勝ち』だ。キャラクターの空気感を前提にトークプランを組み立てていける。それを共有する隙なんて当然ないが、透は、必ず、ついてくる。

今田『さあいかがでしたか』
樋口「その、始まる前にツカミを
   『届いてる? トキメキ電波』にするとか
   『ドキドキプロバイダ、浅倉透
   無限のトキメキ、定額制でお届けします』にするとか
   変なこといっぱい言い出したんで」
今田『え、直前に!?』
樋口「すごく怖かったんですけど」
今田『緊張感がより出てしまったと思うんですけども
   透くん、いかがでした』
浅倉「言ってないよ」
樋口「私が悪いみたいに
   私が変みたいにしないで
   あんたでしょ絶対」
浅倉「ネタ合わせしよ、しか言ってないよ 私」
樋口「一言も言わなかった
   ネタ合わせからめちゃめちゃ逃げてきたんで」
今田『ネタ合わせあんましないんだやっぱ二人』
樋口「嫌いみたいで」
上戸『へーー』
今田『嫌いなんやネタ合わせ』
浅倉「うん あんま良くないから、仲が」
樋口「は?」
浅倉「ふふっ、冗談」
樋口「こいつの言うこと全部信じなくていいです」
山田「円香ちゃん大変でしょいつも!」
樋口「ほんとですよもう
   全部無視してほしいですこいつの言うこと」

 こんな会話、いつまででも無限にできる。
 私たちの会話。私たちの日常。
 いつまででも──

今田『仲悪い漫才には見えないですねー』
上戸『そうですねー、よかったです
   それでは審査員の皆さん、点数をお願いします!』
今田『はい!』

 しかし採点という核心へ移りたくない物怖じに似た気持ちとは裏腹、司会者は潔く会話を切り上げてみせた。

────(JUDGE!!)────
────(♪The World Is Not Enough / David Arnold)────

今田『さあ! 果たしてとおまどが最終決戦に進めるか!?
   どうなんでしょうか!? 審査員の皆さんの点数は!!』

浅倉「…………」
樋口「…………」

(ああ)

 ──血の冷える感じがする。

 私たちの面白さを、価値を、点数という一元的な尺度に当て嵌め測る悍ましさ。売り物を等級に分けて判別する残虐ショー。
 ──ああ、芸能界とは、こういう場所だった。

 ただ忘れてはならないのは、私たち自身が戦うことを選択し、その戦場の中で勝ち上がろうともがいてきたということ。肚の底でどんな憤懣を抱えていたとしても、私たちが『ここ』に在る以上は平等な品評を免れ得ないし、それどころか8541組の一員として、強大な影響力を誇る賞レースコンテンツの権威性を補強する。そうした構造に何か一家言を投じるためには、結局のところ『一番上に立つ』しかない。

 採点を待つ沈黙で蘇った初心。私の原動力。
 それは、怒りだ。
 ──激情だ。

<KUNIKO YAMADA>
今田『97点!!!』
観客「────!!??」

<DAIKICHI HAKATA>
今田『93点!!』
観客「──……!!」

<TAKESHI TOMIZAWA>
今田『94点!!』
観客「────!!」

<NOBUYUKI HANAWA>
今田『94点!!』
観客「────!!」

<TOMOKO UNABARA>
今田『97点!!!』
観客「────!!!!!」

<REIJI NAKAGAWA>
今田『96点!!』
観客「────!!!!」

<HITOSHI MATSUMOTO>
今田『95点!!!!』
観客「!!!!!!!!」

今田『合計は!?
   666点!!!』
上戸『順位の方は!
   第1位です!!』
今田『ということは! ラストで出ましたとおまどが
   最終決戦進出決定ですおめでとうございます!!』
上戸『史上最年少コンビ!!』
今田『……え?!』
上戸『初の女性進出者です!!』
今田『ええ!!
   最終決戦、M-1史上最年少、史上初の女性漫才師が出ました!!』
観客「────────!!!!!!!!!」

浅倉「イエー」
樋口「…………」

 ──空々しい。あまりにも空々しい。
 私は冷淡な目で審査モニターを眺めた。

今田「聞いてみましょう、礼二くん 高得点です」
礼二「もうほんっとにしゃべくり いいしゃべくり
   心地いいテンポと、あとボケの数
   このM-1にはよく合ったネタだなっていうのとね
   まあちょっと中盤ぐらいあんまりガッとこう
   笑いが来えへんかったとこもあったんですけど
   最後盛り返して
   やっぱあのねー、透くんの、なんちゅうんすかね
   ボケの度胸というか
   そのすぐ空気を自分の空気にしてしまうという
   なんともいえない才能
   ま、ちょっ高いかなと思ったんですけど
   でもまあこれぐらいつけなあかんやろなって僕は思いました」
今田『確かに──』
浅倉「…………」
今田『……あの全体的に偉そう!!』
浅倉「うん……
   すごい、お兄ちゃん
   いいこと言う」
樋口「当たり前でしょそんなの
   お兄ちゃん言うな
   お兄ちゃん剛さんの方だから」
今田『上沼さあーーん!!』
樋口「言いつけないでください」

今田『さあ邦子さん! いかがでした』
山田「私? あのー……え??」
今田『他にはいないはずなんですが』
山田「え? いやだからねーこのトリで緊張したんですよ
   ええ、どんな人が来んのかなぁと思って」
今田『邦子さんが緊張した』
山田「そうそう
   そしたらこの全部の中で一番若いお二人でね
   ほんとに若さ爆発 すごく面白かった
   プロデューサー……誰なんだろうっはは
   私ねー段々透くんが大好きになってきたねー」
浅倉「あざーす
   届いてる? トキメキ電波」
山田「あはははは」
樋口「すごいなそのやり取り」
山田「すごい面白かったです」
今田『じゃ、邦子さんのYouTube、出てください』
浅倉「イエス」
樋口「決定した」

今田『さあ大吉くん! いかがでした』
大吉「もう最初からめちゃくちゃ面白くて
   どんどんどんどん展開があって
   後半も逆転というか裏切りがあって
   今年はオリジナリティとか新しさとかを審査対象にしてるので
   やっぱこのネタはこの二人にしかできないと思うし
   新しい感じがしてよかったんですけど
   最後の吉牛がちょっともったいないかなぁと
   漫才の畳み方というか うーんそこが
   うーん、ちょっと……かなぁと思って
   この点数にさしてもらいました
   めちゃくちゃ面白かったです」

今田『だけど高得点でした!
   富澤くんは!』
富澤「いや最後で、爆発してましたね
   そうですねツッコミの樋口さんは声張ってなくても
   全部ちゃんと聞こえますし
   そのー浅倉さんも喋ってない時でも演技がすごく上手くて
   すごい面白かったです
   ほんとにツカミからこう熱の上げ方がもんのすごく上手くて
   純粋にもう一本見たいなっと思いました
   よかったです」

今田『なるほど塙くんはどうでしょう!』
塙 「礼二さんと同じで、自分の空気感にすぐ
   やっぱねツカミと、あと脱線と暴走と
   なんか全部こううまいこと入ってたなって思いましたね
   漫才はもうめちゃくちゃうまいし
   もうめちゃくちゃ面白いなと思うんですけど
   やっぱちょっと芸能事務所っていう
   僕自身がピンとこない題材だったので ま、
   事務所からあんなによく展開できるなっていうとこが
   だんだん面白くなってきて
   まあ最後94点にさせていただきました」

今田『ともこ! どうでしたか』
海原「はい、アイドルやのにもうアイドルってこと忘れるぐらい
   もう会場巻き込んでたので で、あのー
   あんまりなんか動かなさそうな人がめちゃくちゃ動いてたから
   もっと怖い感じかなと思ったんですけど」
樋口「…………」
海原「やっぱりこうなんか透くんが動けば動くほどやけど
   今回は円香ちゃんもなったので
   ちょっと……いいなって思いましたね
   なんか勢いがあって私はあの、好みだなぁと
   顔もですよ
   一つの話なのにやっぱりずっと展開があるのと
   で、そのあたしもやっぱり283の従業員数聞いてびっくりしたんで
今田『漫才の世界に入ってた?』
海原「だからなんか中に入りたかったです
   一緒におしゃべりしたかったです」
今田『おしゃべり一緒にしたかった』
海原「はい」

今田『松本さん!いかがでしたか本日最高点です』
松本「こうなんか心地のいい笑いの上がっていき方ですよね
   なんかこう、気持ちいいなーっていう感じで聞けましたね
   ただ、283プロは大体ほんとに3人くらいだと思ってたんで」
浅倉「え うん
   バレてた?」
今田『ほんとですか!?
   みんな10人ぐらいと思ってませんでした?』
松本「いやいや俺は そうやろなーって思ってしまった」
浅倉「さすが松本人志 わかってくれてるじゃん」
今田『じゃ……じゃんはダメだね
   じゃんはダメだな、うん』

今田『さあ! 審査員の皆さんのお話聞いていかがでしたか』
浅倉「もっかいおねしゃす、ともこさん」
樋口「いやもう一回とかない」
浅倉「すごい好きなんで」
今田『あ、やっぱり漫才師として』
浅倉「憧れてて、めっちゃ
   だからコンビ名も『海原とおる・まどか』にして」
今田『か、関係な……全然ちゃう!
   とおまどですから』
浅倉「ふふっ
   こうなるんだ、適当にしゃべると」
樋口「よくないですね」
海原「あははははは」
今田『さあ円香ちゃん』
樋口「はい」
今田『どうでしたか』
樋口「あの
   皆さんがいろんなところを面白がっていただいたんで
   大変光栄でした、ありがとうございます」

(私は
 なんで『とおまど』なんだっけ
 浅倉がおかしな芸能界に騙されないため?
 もういいでしょ
 そういうのは
 理由がない
 もう『とおまど』を続ける理由がない
 私は)

今田『さあ! ここでファーストラウンド終了いたしました!   
   この後! いよいよ19代目チャンピオンが決まる最終決戦です』
上戸『最終決戦のネタ順は
   ファーストラウンド1位のコンビから決めることができます
   この後4組がどんな順番を選択するかも注目です』
今田『これはもう今までで史上最多です
   8541組の戦い、いよいよ佳境となりました』
上戸『19代目王者となるのは、どのコンビなのでしょうか!』


──────㉒ とおまど、最終決戦に出る。


────(M-1 Grand Prix the FINAL)────

今田『漫才頂上決戦M-1グランプリ2023
   遂に、王者が決まる最終決戦です』
上戸『最終決戦からは、審査の方法が変わります
   審査員の皆さんには4組のネタが終了したあと
   一番王者に相応しいと思った1組に
   投票していただきます』
今田『はい!
   さあ、それではですねえ
   ここであと4つのネタを残すのみとなりました』
小田『今田さーーん!!』
今田『はい! 陣……あ、小田くん!』
小田「陣言うてる!
   えー今CM中にファーストラウンドの得点順に
   順番を決めまして、順番決まりました!」
今田『順番が決まった!』
小田「トップバッター『令和ロマン』!
   さあそして2番『ヤーレンズ』!
   そして3番は『さや香』!
   最後は『とおまど』!!」
今田『はい!」
小田「ファイナルステージこの4組で
   この順番でお送りします!」
今田『さあいよいよ最終決戦です
   さあ! 松本さん
   この1組最後は選ぶという』
松本「そうねだから〜……
   えー『とおまど』が色々史上初になっちゃって
   すごいねー」
今田『女性コンビでここまで残るっていうのはあんまり多分』
松本「過去に女性でおっきい賞取った人っていたっけ」
今田『えー「海原やすよ・ともこ」ですね』
海原「…………! ……」
今田『ともこ どうですか』
海原「いやいやいや、うん
   この4組、ちょっとどうなるかわかんないですね」
今田『ちょっとわからないですね』
海原「わからないです、全く」
今田『ネタもどういうパターンなのか
   同じなのかガラッと変えてくるのか!
   楽しみです!
   さあそれでは19代目チャンピオンになるのは
   一体、誰なのか!
   それでは、参りましょう
   最終決戦、1組目は────

* * *

「どうする? 2本目」

「……決めたでしょ、準々のやつやるって」

 決勝ファーストで演ったネタは、私たちのいわゆる『勝負ネタ』。最終決戦のために最高のネタを温存しておいたとしても、もう1本が弱ければ通過することもできないから、大抵ファイナリストはファーストに一番出来がいいものをぶつける。最終決戦では誰が残るか予測できないため組別紹介映像などの賑やかしもなく、番組構成的にもテンションがピークアウトする感じがある。
 私たちも傾向に倣い、数あるネタの中から──と戦略を組めるだけ余裕があればよかったのだが、そもそも私たちにはもうネタがなかった。予選進出毎に新ネタを1本ずつ捻り出してきた自転車操業的な道程の末、残り1本きりのネタをファーストに賭けざるを得なかったのだ。次の大一番に準々のネタをぶつけるのはそういった消極的な理由による。

 かつ、私はこの大会というものに対して急速に興味を失いつつあった。
 娯楽のための見世物として一方的にジャッジされる構造への怒り、そして易々と構造に絡め取られる軽薄な私自身への怒りが、この場において再び擡げ始めていた。

(笑えない)

 あんな反社みたいなお笑い権力機構を自明のものとして崇めて、ヒエラルキーの頂点に位置する権威に媚び諂って、一体どれだけの芽が咲かずに萎れてきただろう。どれだけの人が虐げられて泣いてきただろう。

 人倫に悖る傲慢な振る舞いも、誰々がウケたからそれは『面白い』ことだって。
 切実でセンシティブな痛みも、誰々が嘲ったからそれは『笑える』ことだって。
 権威が『お笑い』を決め、矮小な子分や蒙昧な大衆が追従し、社会が形作られる。
 ──漫才師って何? 社会の荒廃を媒介する伝道者?

 笑っておけばなんとかなる──
 ……漫才師って楽な商売──────

「んー……
 ねぇ」

「ん」

「演りたい?
 準々のやつ
 めっ……ちゃ」

 理不尽な怒りに取り憑かれる私を振り向かせ、目を見て透は言った。いいね、透は。マイペースで楽しめて。
けれども激情の泡沫に波立つ心が透の平静に釣られてなんとなく凪いできて、投げやりになりかけていた気分が危ういところで戻った。透がそばにいると、こういうことがある。

「……………………
 ……まあ
 別に……
 めっちゃってほどじゃない」

 ルミネにおける準々決勝は、私たち──特に透──の予選戦歴におけるベストアクトといえたし、地上波全国放送の難局に耐えて余りあろうウケの手応えがあった。この舞台に向けた再演のための調整もした。だから次に準々ネタを選ぶことは、必ずしもなおざりな臨戦態度の帰結というわけではない。

「じゃ
 変えていい?」

「いやおかしいでしょ」

「えー」

 はぁ……またなんか言い出した……

「浅倉は変えたいの?」

「え? うん
 めっ……ちゃ」

 だったら準決勝ネタをやろうとでも? あれはシステム漫才の文脈操作を見誤った拙いネタ。決勝審査員の鑑賞眼からすると台本の強引さは粗として引っかかるだろう。それをカバーするため結局猛然としたアドリブが必要となるわけだし、目に見えたウィークポイントのあるネタを引っ提げるくらいなら丸腰で挑む方が幾分マシだ。

「ふーん
 じゃ、そのネタはどこにあるわけ?」

「え?
 あー……
 あるじゃん、あれ」

「…………!」

「見たんだ
 樋口のネタ帳」

 ──あ……
 ある。
 確かにある。

 システムからの脱却を試み、『あるべきかたち』を追求する過程で生まれた、決勝ファーストとの対をなすネタ。
 ファーストネタが『陽』なら、このネタは『陰』。
 私の怒り、苦しみ、虚しさ、諦め、絶望、愛憎を注ぎ込んでごちゃ混ぜた坩堝のようなネタ。
 ポップさのカケラもない、一般大衆がドン引きするであろう、渾身の没ネタ。

「……勝手に」

「ちらっとだよ」

「ちらっとならダメでしょ
 しっかり読んどけ」

「でも覚えてるよ、なんとなく」

「なんとなくじゃダメなんだってば
 そもそもあれ没ネタだからね
 題材がリスキーすぎるし、運営に提出もしてない」

「面白かった、あれ
 めっ……ちゃ」

「…………」

 どうせ読んでなんかないだろうと、そう思っていた。互いの部屋には特に考えもなく頻繁に出入りしていたけど、透はネタ執筆に我関せずだったから、全く興味がないのだと思って自室の机に放りっぱなしにしていた。

 でも、読んでたんだ。
 ──読んでたんだ。

 ていうかあんた、ネタの感想言ってくれるの、私の記憶が正しければ初めてでしょ。

「あのネタ
 ……『思い出』だからさ、私たちの
 …………──
 全然覚えてる 浮かんでくる、景色が
 だから、できるよ
 絶対」

「………………っ」

「そして、勝つ」

 眼窩の奥が軋むような感覚がした。
 なんか、……なんか、こみ上げるようなものがあったけど、ぐっと堪えて押し込んだ。
 そっか。
 透の目に映る景色に、私もいたんだ。

「……合わせもしてない」

「うん」

「……本ネタじゃないし
 私だって一言一句覚えてるわけじゃない」

「うん、それでも」

「…………」

(透は)

「ふふっ
 ほんとはそうでしょ、樋口も
 演りたかったネタ めっ……ちゃ」

(私と)

「…………
 いい、もう」

「え」

「演る」

「おー
 神
 あざーす」

* * *

今田『さあ面白かったですねえ』
上戸『面白かった〜 大盛り上がり』
今田『これもトップバッターで大盛り上がりでした』
上戸『ねー』
今田『さあ、どうなったんでしょうか
   さ、これで終わりか あ、こっちには来ないんですね』
上戸『そうですよ
   もうトントントンと進んでいきますから〜』
今田『もうほんとに皆さんに話聞きたいくらい
   さあ60秒後です』
上戸『はい、60秒後に登場するのは────』

* * *

「1組目、ネタが終わった
 あと2組、CMと短評込みでだいたい合計10分
 全部合わせてらんないから
 大まかな構造とコンビネーションだけ共有する
 欲しいセリフはぶっつけでその都度私が誘導するから」

「オッケー」

 待機室に居合わせている他のファイナリストが何か恐ろしいものを見るような目で戦慄している。そりゃそうでしょ、合わせたこともないうろ覚えの初おろしネタを、この取り返しもつかない大舞台で演るなんて私だって怖い。

「ツカミは任せた、20秒以内で手短に
 ファーストの時みたいな三段でなんか考えといて」

「まかしといて」

「構成はきっかり前後半
 前半が『花火』、後半が『ケーキ』
 内容がほぼ対称になるから前半の流れを覚えといて
 それを基に後半でカブせてきて」

「うぃー」

「私の長めのターンがいくつかあるけど
 私もうろ覚えだから全部その場の思いつきで喋る
 きっと『言い過ぎてる』か、『何かがズレてる』から
 それを一言程度で諌めて、リズムを切らないように」

「合わせるよ」

 本当にわかってんの? と言いたいところだが、なんか、なぜか、今の透なら、今の透となら、全てが出来てしまう気がする。
 確信に満ちた表情で頷く透の目には一片の曇りもないどころか、期待に輝く爛々とした光が宿っていた。

* * *

上戸『ありがとうございましたー』
今田『さすが、最終決戦ですね』
上戸『ほんとにー
   二つ目のネタが見れて嬉しかったです』
今田『ねー!
   しかもボケ数もめちゃくちゃ多かったですね
   どっからでも取り返す感じがしました』
上戸『はい』

* * *

「擬似的なコントインが前後半2箇所ずつあって
 それは浅倉きっかけだけど全然唐突でいい
 タイミングは任せる
 そのクダリのユニゾンは私の方で呼吸を合わせる」

「花火じゃなくて──」

「「こっち見ろー」」

「──のやつか
 ふふっ」

「そう
 あとは連続マイムだけど……
 まぁ適当にやってて、私が無理矢理辻褄合わせるから
 そのあと共通してキャッチコピーのユニゾン」

「「さよなら、透明だった僕たち」」

「そう
 それについては2回目が変わるけど、覚えてる?」

「バッチリ」

* * *

今田『これで3組のネタが終わりました!
   さあ、残すところあと1組です』
上戸『60秒後に登場するのは、「とおまど」です』

* * *

「……『本当最悪』──」

「大丈夫、支えるからさ」

「……『本当最低』──」

「悲しみも分けっこだよ」

「──……よし
 …………
 かっとばしてこう──」

「しゃー
 いくか
 丸腰で」

* * *

今田『漫才頂上決戦M-1グランプリ2023
   最終決戦も残すところあと1組です』
上戸『間もなく王者が決まります
   最後の1組は
   エントリーナンバーX283、「とおまど」です』
両者『『どうぞ!!』』

○ON AIR 00:00:00
────(♪Orchestra Sound / M-1 Grand Prix)────
●ON AIR 00:00:01

両者「「どうも〜〜」」
浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
浅倉「海原とおる・まどかです」
樋口「違いますんで
   媚びがあるわ、特定の審査員への媚びが」
浅倉「トモコ・ウナバーラ」
樋口「やめろ」
浅倉「エミコ・カミヌーマ」
樋口「本っ当に怒られるから」
浅倉「キヨタカ・ナンバーラ」
樋口「んふっ……いやいつのM-1よ
   とおまどです」
両者「よろしくお願いしまーす」
浅倉「うぇーい」

(私は、わかる
 透が何を見てるのか
 私は、知ってる
 透が何を秘めてるのか)

樋口「えー、ね
   最終決戦ですからね頑張っていきましょう」
浅倉「見られてるね、めっちゃ」
樋口「干されてた頃とはえらい違いですよ」
浅倉「あー あの頃ね
   思い出すわ、花火大会のステージ」
樋口「地域の営業でね」
浅倉「こんばんはー ノクチルです」
樋口「こうステージに立って」
浅倉「ひゅ〜」
樋口「歓声のお出迎え」
浅倉「ど〜〜〜ん!」
樋口「と思いきや花火かいって」
浅倉「花火じゃなくて」
両者「「こっち見ろー!」」
浅倉「花火……」
両者「「ばかやろー!」」
樋口「みたいなね
   あれですか今日の皆さんも
   実際見てるのは私たちじゃなくてセットの電飾ですか
   きらきら光ってあら綺麗って ふざけないでください」
浅倉「ふふっ 見られてるから、ちゃんと」

●ON AIR 00:01:00

(透は、わかる
 私が何を見てるのか
 透は、知ってる
 私が何を秘めてるのか)

樋口「それとも何ですか、私たち自体が儚い花火だとでも?
   イヴに咲く季節外れの徒花はさぞ見ものでしょうね
   水を入れたバケツは用意しましたか」
浅倉「手持ち花火のやつじゃん、それ」
樋口「そんなとこが関の山でしょ」
浅倉「だったらあれ好きだわ
   花火セットのさ、なんか厚紙のやつ 持ち手が」
樋口「聞いてないから別に」
浅倉「火付けたら出るの 時間差で
   バシューーって
   ふふっ めっちゃびびる
   あれわかんないよね、どう持ったらいいか
   あとめっちゃ剥がしづらい、セロテープ
   ビリってなる」
樋口「話うっっす エンゼルスの外野守備くらい薄いわ
   大谷がかわいそうでしょ」

 透は透、私は私のままだ。いつも通りの延長だ。しかしこの至上のグルーヴは何だろう。
 それには揺るぎようのない一つの確信があった──今、私たちこそが、お互いのダイナミズムに棹さし合う最高のコンビだということ。

 私たちの伸びやかな飛跳。私が透を煽って、透が私を煽って、お互いに乗っかり合って、お互いに拍車をかけて。
 なんだって出来る、一人じゃないから!

浅倉「──樋口円香花火、点火」
樋口「ちょ、何突然」
浅倉「……バシューー……」
樋口「いや時間差」
浅倉「あはは──」
樋口「振り回すな」
浅倉「あははっ──」
樋口「こっち向けんな」
浅倉「はぁ──……」
樋口「急に飽きんな」
浅倉「……ふふっ」
樋口「地面のアリ焼くな」
浅倉「──ジュッ」
樋口「うん最後はちゃんと水につけて って、おい
   誰が時間差で火がついて振り回されて向かないことして飽きられて虫ケラ扱いされて水風呂に沈められて終わりよ」
両者「「さよなら、透明だった僕たち」」

(そこには透と私がいた
 そこで、はじめて、私たちは見合った
 何を、と問われると難しい
 アイドルではない、漫才師でもない──
 ──目に見える何かではない何かを見た)

●ON AIR 00:02:00

樋口「本当最悪 芸能界なんてそんなもんですよ」
浅倉「大丈夫 支えてくからさ、私が」
樋口「浅倉……」
浅倉「……??……?
   あれ、わかんないや持つとこ」
樋口「いや持ち手厚紙のやつ」

(知ってる
 わかってる
 私だけは
 浅倉透を)

浅倉「ふふ、剥がしづらいんだよね、これ……」
樋口「何して……いらんことすな
   ネクタイはセロテープじゃないから」
浅倉「わかんないといえばさ
   次の朝、なんかめっちゃ赤くなってるよね、バケツの水
   ……あれなに?」
樋口「血の涙でしょ私たち花火の
   てかいいのよ花火とかはどうでも
   売れる前の話をしてます」

(透だけは
 樋口円香を)

浅倉「あー、じゃーほらあれ
   前のクリスマスのやつ」
樋口「お店の営業でね」
浅倉「こんばんはー ノクチルです」
樋口「こうケーキ売場に立って」
浅倉「どうぞお立ち寄りくださーい」
樋口「握手会の待機列」
浅倉「……あ、すみません
   かまぼこは一緒にお会計できないので店内でお願いします」
樋口「と思いきやレジやらされんのかいって」

浅倉「書きまくったわ、伝票」
樋口「戦場ですよケーキ売場は
   戦場のメリークリスマスですよ
   何アイドルを前線に放り込んでんの弊社プロデューサーは」
浅倉「メリークリスマス……」
両者「「ミスター・ローレンス!」」
樋口「みたいなね みたいなねじゃないのよ」
浅倉「あははっ」

(……どこに行くのか、知らないけど
 ────くるくると
 走る
 私たちは
 走り出した、から)

●ON AIR 00:03:00

樋口「あれですか今日の皆さんも
   実際お目当ては私たちじゃなく上戸彩先輩というケーキですか
   スイートな笑顔があら素敵って いい加減にしてください」
浅倉「ふふっ 取り立てないと、べっぴん料」
樋口「それとも何ですか
   私たちは賑やかしのロウソクですか
   いただきますの前に取り除かれる食えないやつらですみませんね
   フッと吹き消す準備はできましたか」
浅倉「お誕生日のやつじゃん、それ」
樋口「ロウソクじゃなきゃブッ刺さってるヒイラギの葉っぱよ
   こんなトゲトゲのやつプラッチックの」
浅倉「言い方おばあちゃんだなー、プラッチック」
樋口「もしくはサンタのカッチカチ砂糖菓子」
浅倉「あー あれ一番好きだわ」
樋口「そんなやつ存在しないのよ
   あれ読売巨人の内野守備くらい固いんだから
   どうなってんのあの固さは」

(────笑いが爆ぜる
 客席が揺れる)

浅倉「あとあれも好き、セロハンについてる生クリーム
   んべぇ〜〜〜って」
樋口「かっとばしてんな
   アイドルのお召し上がり方じゃないんだわ
   セロハンはケーキの外野、いやフェンスですから
   柵越え狙──」
浅倉「──樋口円香ケーキ、入刀」
樋口「話聞け」
浅倉「振りかぶって」
樋口「構えんなバットみたいに」
浅倉「カキーン!」
樋口「かっとばすな」
浅倉「だだだだだ──」
樋口「一塁に走んな」
浅倉「だだだだだ──」
樋口「二塁に走んな」
浅倉「──ズザーッ!」
樋口「滑り込むな」
浅倉「……アウトー!」

●ON AIR 00:04:00

樋口「おい誰が力一杯フルスイングでヒット決めたあと右往左往の大滑りでアウトチェンジさよならゲームセットよ」
両者「「さよなら、盗塁バッター凡退」」

(────パチパチと
 爆ぜる拍手
 夢うつつで、走っていく)

樋口「言わすな『透明だった僕たち』みたいに
   本当最低 客席の乾いた笑い
   円香ケーキもカッピカピですよ」
浅倉「大丈夫 悲しみも分けっこだよ、私と」
樋口「浅倉……」
浅倉「……??……?
   あれ、どうやって等分にすんだろ」
樋口「いやケーキの切れない非行少年」
浅倉「そうだ、まず剥がさなきゃ」
樋口「は!? ……スーツ脱がそうとしないで!
   セロハンじゃないっつってるでしょ!」
浅倉「あははっ」

(夢)

樋口「全っ然ダメ、デビューからまるで進歩ない
   こんなんじゃアイドルやってらんない」
浅倉「ううん、成長したよ、私」
樋口「何が」
浅倉「バッセンでかっとばせるようになった」
樋口「いやアイドル関係ないんかい もういいわ」
両者「「どうも、あーしたー」」

●ON AIR 00:04:39
○ON AIR 00:04:40
──終了。

(違う
 これは夢じゃない
 だって透は)

(私の隣にいる)


──────㉓ 伝説の一瞬


今田『いや攻めたな〜〜……
   この最終決戦の2本目で
   全く違うもん持ってきたんで
   こ……れは審査員の皆さん、どういう風にとるか
   ──面白いですねぇー…………』
上戸『皆さんが吸い込まれましたね今』
今田『うん何でしょうね
   いやー……面白いモンを見ました
   さあ……これは最終決戦!
   4組全てのネタが終わりました!
   日本一の漫才師の称号を手に入れるのは
   果たして誰なんでしょうか!』
上戸『最終審査は、この後すぐです!』

────(M-1 Grand Prix)────

────(M-1 Grand Prix the FINAL JUDGEMENT)────

今田『さあ、遂にこの時がやってきました
   M-1グランプリ2023、いよいよ19代目の王者が決まります』
上戸『はい』
今田『さあ、頂点に輝くのはどの漫才師なんでしょうか
   さあ審査員の皆さん、もうお決まりでしょうか
   松本さん、いかがでしたか最終決戦ご覧になって』
松本「ハッハッハッハッ
   ……あのね〜〜
   …………4組とも
   俺は結構見事だったと思いますね」
今田『はい、そうですねえ』
松本「はい」
今田『いやあ最終決戦に相応しい4ネタでしたねえ』
松本「そうでっすね〜
   す〜ご〜いと思いますよ」
今田『はい
   さあ皆さんがもう毎年恒例ですけども
   かなり天を仰いで』
上戸『そうですね〜』
今田『どの1組に決めようかな〜という空気でした!
   さあ礼二くん! いかがでした最終決戦終わって』
礼二「いや〜、いやまあ面白かったですやっぱり
   さすがファイナルで」
今田『ね』
礼二「その〜、わかんないですね、ちょっとね
   どうしよっかな思てます」
今田『まだ、決めきれてない』
礼二「はい」
今田『いやいやいや』
松本「……すっげ目ぇ合わしてくんのよ」
礼二「ね」
今田『皆さん正面をお願いします』
浅倉「話してるんだから
   目上の人が」
樋口「見るでしょ」
松本「そういう目ぇじゃないねんな、なんかな
   逆セクハラ」
樋口「うわ…………」
今田『はい、はい
   4組とも、正面見てください正面
   手元とか見ない!
   さあともこ、初めての審査員いかがですか』
海原「はい、なんか〜
   審査員の方が『あ〜』ってなってたりするのとかを見てて
   そんななんのかな〜っと思ったんですけど
   そんななるんやなって思いました」
今田『あテレビで見てた時は』
海原「はい」
今田『そうなんですそうなるんです
   それでは! M-1グランプリ2023
   王者になるのは
   「令和ロマン」か
   「ヤーレンズ」か
   「さや香」か
   それとも「とおまど」か
   それでは審査員の皆さん
   一番面白かったと思う1組のボタンを押してください』

────(FINAL JUDGE)────
────(♪The World Is Not Enough / David Arnold)────

今田『………………
   ……さあ、皆さん
   ボタンを押されたようです
   そして! 結果が、出たようです!
   ──……
   それでは、M-1グランプリ2023
   日本一の漫才師の称号を手にする、19代目王者は!!』
上戸『それは!
   今年も!』
今田『んん!!』
上戸『CMの後です!!!!』
今田『ああぁぁ〜〜〜…………』

* * *

 結果を待つ私たちには最早緊張などなく、ただ漫才をやりきった余韻という二人の絆の証に浸りきるのみで、あれだけ鮮烈に網膜を焦がしたセットの輝きも酩酊したようにぼやけて映った。
 勝つだの負けるだのそんなことはもうどうでもよくて、この上なく満たされた感覚に体を預けながら上の空で立っていたら、透が左肩で軽く私の半身をどついた。こいつ、と思って私も右肩で透の半身を押す。
 CM明けが間近になり、だらけきった立ち振る舞いを流石に切り上げて姿勢を正したが、なんだかどうしても神妙さを維持できなくて透と肩を揺らした。

────(Who’s That the Vertex of 8541 Combatants)────
────(It’s Time Now for the FINAL JUDGEMENT)────

今田『さあ、この4組の誰かが
   今度こそ
   M-1グランプリ2023
   19代目王者なんです』
上戸『はい、すでに7名の審査員の皆さんは
   一番面白かった組への投票を終えています
   あとは開票を残すだけです』
今田『それでは
   参りましょう!
   緊張の一瞬です!
   最終審査結果の、発表です!!』

────(FINAL JUDGE)────

「「「「……………………」」」」

今田『さあ19代目の王者に輝くのは4組のうちの誰なのか!』

今田『とおまど!!』
観客「────!!」

今田『とおまど!!!』
観客「──……!!」

今田『とおまど!!!!!』
観客「────!!!!????」

え。

浅倉「…………」
樋口「…………」

今田『──……とおまど、
   とおまど、とおまど──』

観客「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

今田『──とおまど!!!!!』

今田『ということで、M-1グランプリ2023優勝は!!
とおまど!!!!』

(……え? ちょっと待って
 …………ライト、眩し…………)

上戸『おめでとうございます!!
   どうぞ、前の方へ! 前の方へどうぞー!』
今田『さあ松本さんステージの方へお越しください!』
松本「や〜〜〜っば!!」
上戸『それでは早速表彰式の方に移りたいと思います!
   まずは優勝トロフィーの授与です!』

松本「や〜〜〜っば、おめでとう!」
樋口「ありがとうございます」
浅倉「あざーす
   重っ」

 ……ああ────
 勝っちゃったんだ。

 他人事みたいに呆然とする私たちは、互いに放心した顔を見合った。

上戸『続いて、優勝賞金1000万円の授与です!』
礼二「おめでとう、おめでとう!」
樋口「ありがとうございます」
浅倉「あざまーす」
今田『いや〜〜〜〜、いいモン見たね〜〜〜』
広報『更に副賞として
   Cygamesより、ドライブイン鳥 とりセット1年分 佐賀ご招待
   サントリーより、王者の証 ストゼロ兜
   セブンイレブンジャパンより、金のシリーズ5種を各100個ずつ
   そして日清食品からは、年越しどん兵衛100年分が贈られます』
今田『いやいやいやいや、さあ!
   こ〜れ〜はやばい
   痺れたねぇ……
   さあ優勝者インタビューに移りましょう
   改めて、おめでとうございます
   さあ今の心境いかがでしょうか』

浅倉「……
   なんか、簡単だね
   てっぺん来るの」
樋口「いや、スーツ破れないかひやひやしたけど
   まぁ、そうだね
   こんな呆気なかったかなって、思うよね」
浅倉「……ふふ
   ……うん。だし、全然ある
   てっぺんより上」
樋口「……」

 優勝者の一言としてはあまりにも不遜だし、事実大変じゃなかったはずもない。でも、走る影絵みたいによぎった日々の光景はあまりにも目まぐるしくて、いつの間にかここへと帰着した短い絵物語について思うことがあるとすれば、やはりそれは簡単で呆気ないという間の抜けた感想に落ち着く。いいフィルムは、往々にして物足らなく感じられるものだ。

今田『…………!
   ……さあ審査員の皆さんにも感想伺って参りたいと思います
   松本さんいかがでしたか』
松本「あ〜のねやっぱりね
   とおまどは1本目より強いネタを残してたっていう
   感じが僕はして
   いやこう、だから根性勝ちだなぁって、思いましたね」
今田『やっぱり1本目で一番いいのを持ってきたいけど』
松本「持ってきてとにかく決勝行こうって
   すると思うんですけど
   2本目の方がやっぱりパワーあったんで
   これよう残してたなって思いました」
今田『いや〜〜〜すごいですねぇ
   さあ礼二くん、どうでしたか』
礼二「はい、もう決勝4組すごかったんですけど
   やっぱまあ、とおまどがね
   やっぱさっき松本さんも言うみたいに
   おっきいネタを持ってきたっていうので」
今田『持ってきました』
礼二「はい、えぇ
   まぁ、漫才続けてください」
樋口「ありがとうございます」
浅倉「あざーす」
今田『頼もしいですねぇ!
   というわけでM-1グランプリ2023頂点に輝いたのは
   とおまどでした〜〜〜!!!!
   ────……さあ最後10秒一言どうぞ!』

 大団円と駆け足なスタッフロールの後に許された、私たちによるポストクレジット。
 続編なんてものがあるのかは知ったことじゃないけど、このマスターピースを完全無欠にしたい私たちが放ちうる言明は自ずと決まっていた。
 透も同じこと考えてるでしょ、示し合わせるまでもなくね。
 重すぎるトロフィーに両手が塞がってさえいなかったら、きっと手だって繋いでたかもね…………


《────それじゃ、たとえばこれ
 このカードを見て、どんなことを感じる?
 それは素敵。これはね、あなたの今の状況を表しているの
 すべてを手にしているっていうカードよ
 そう、とても充実してるみたい
 どうかしら。毎日が楽しい?
 わあ、そんなふうに言えるのも素敵〜
 そう。こっちは過去のあなたを示すカードで────
 ────すべてが満ち足りてる
 あなたの世界はずっと、何もかもが調和してると言うこと
 ふふふ、ただね────
 もう一方から見ると、
 『やりきって満足してる』ってことでもあるの
 何かを達成して、もう最高のハッピーエンドを迎えてる》


●ON AIR time remaining:00:00:09

 フリを受け取るや否や、私たちは真正面のカメラ・レンズに向き直る!
 同時に番組終了までの秒読みが始まる。
 ──ふふ、ちょっと待って、私たちは何をしようとしている……?

●ON AIR time remaining:00:00:08

浅倉「突然ですが」

 事態が動くと直感した出演者たちは固唾を呑み成り行きを見守る。
 右隣に立つ元凶の片割れの、昂然たる立ち姿から放たれる体温を全身で感じ取る。

●ON AIR time remaining:00:00:07

 ただ、衝動のようなもの。
 飽和した場には冷や水を浴びせなければならない。お笑いはコントラストだ。全員、黙って見てろ。

樋口「……」

 スタジオを完全掌握している感覚。沈黙のなか注目を一身に浴びる、並みの神経では到底もたないヒリついたシチュエーション。そうした摩擦の真っ只中、透と私とでステージの中心を踏み締めている。その感覚は痺れるほど甘美で、私の胸中で燻る怒りにも似た感情を晴らしていく。
 どう見られるかとか、どう反応されるかなんて、私たちの知ったことではない、でしょ?

●ON AIR time remaining:00:00:06

 私とコンビやりたかったとかだって、特に何の考えもなしに言ってただけでしょ?
 でもどうしても透の相方は私でなくてはならなかったし、私の相方は透でなくてはならなかった。決して替えの効かない存在に対して、履歴書の志望欄みたいにわざわざ積極的な動機を用意するなんていう発想すらなかった、そうでしょ? 透が隣を許してくれたことは紛れもない真実であり、それを疑う意味なんてカケラほどもないんだから。

(永遠に一緒にいたいし)

 悪意に満ちたトラップとして待ち構えているであろう、隙あらば誰かを陥れて嘲笑わんとする人間の宿痾を煮詰めた消費構造だって、透となら──正面から飛び込んで、貫いて、突き抜けていける。その向こうに行ける。

(永遠みたいにしたい、今を)

 だから、だから透のそばにいたい。どんな世界でだって、私が隣で戦う。
 どんどん走っていって……危なっかしいから、着いていくのも大変だけど。
 この頼もしく狂おしいほど透明な存在と──同じ世界を、同じ空を見ていたい。
 だから、私たちは────

樋口「私たち『とおまど』は、
   ここで──────」

(一緒に)

●ON AIR time remaining:00:00:05

両者「「────解散しまーす!!」」

──【パーフェクトアピール】──

──【ラストアピール】──
──【ラストアピール】──
──【ラストアピール】──

──【伝説の一瞬】──
──【パーフェクトライブ】──
──【完全掌握】──

──【がっちりアピール】──
──【がっちりアピール】──
──【がっちりアピール】──

──【トップアピール】──
──【トップアピール】──
──【トップアピール】──

観客「────────!!!!????」

スタジオが揺れた。

●ON AIR time remaining:00:00:03

今田『ええ!!!???
   さあ本当にどうなんでしょうか果たして!!
   おめでとう────』

●ON AIR time remaining:00:00:01
────(Cut!!)────
○ON AIR time remaining:00:00:00

 透と私に、できないことはない。


──────● ピックアップコンテンツ(6-2)


【とおまど】
M-1最終決戦ネタ
タイトル: 『アイドルロード』
ネタ時間: 04:40
開催日程: 2023/12/24
開演時間: 18:30
開催会場: テレビ朝日本社 第一スタジオ
出番順 : 4

○ON AIR 00:00:00

両者「「どうも〜〜」」
浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
浅倉「海原とおる・まどかです」
樋口「違いますんで
   媚びがあるわ、特定の審査員への媚びが」
浅倉「トモコ・ウナバーラ」
樋口「やめろ」
浅倉「エミコ・カミヌーマ」
樋口「本っ当に怒られるから」
浅倉「キヨタカ・ナンバーラ」
樋口「んふっ……いやいつのM-1よ
   とおまどです」
両者「よろしくお願いしまーす」
浅倉「うぇーい」
樋口「えー、ね
   最終決戦ですからね頑張っていきましょう」
浅倉「見られてるね、めっちゃ」
樋口「干されてた頃とはえらい違いですよ」
浅倉「あー あの頃ね
   思い出すわ、花火大会のステージ」
樋口「地域の営業でね」
浅倉「こんばんはー ノクチルです」
樋口「こうステージに立って」
浅倉「ひゅ〜」
樋口「歓声のお出迎え」
浅倉「ど〜〜〜ん!」
樋口「と思いきや花火かいって」
浅倉「花火じゃなくて」
両者「「こっち見ろー!」」
浅倉「花火……」
両者「「ばかやろー!」」
樋口「みたいなね
   あれですか今日の皆さんも
   実際見てるのは私たちじゃなくてセットの電飾ですか
   きらきら光ってあら綺麗って ふざけないでください」
浅倉「ふふっ 見られてるから、ちゃんと」
樋口「それとも何ですか、私たち自体が儚い花火だとでも?
   イヴに咲く季節外れの徒花はさぞ見ものでしょうね
   水を入れたバケツは用意しましたか」
浅倉「手持ち花火のやつじゃん、それ」
樋口「そんなとこが関の山でしょ」
浅倉「だったらあれ好きだわ
   花火セットのさ、なんか厚紙のやつ 持ち手が」
樋口「聞いてないから別に」
浅倉「火付けたら出るの 時間差で
   バシューーって
   ふふっ めっちゃびびる
   あれわかんないよね、どう持ったらいいか
   あとめっちゃ剥がしづらい、セロテープ
   ビリってなる」
樋口「話うっっす エンゼルスの外野守備くらい薄いわ
   大谷がかわいそうでしょ」
浅倉「──樋口円香花火、点火」
樋口「ちょ、何突然」
浅倉「……バシューー……」
樋口「いや時間差」
浅倉「あはは──」
樋口「振り回すな」
浅倉「あははっ──」
樋口「こっち向けんな」
浅倉「はぁ──……」
樋口「急に飽きんな」
浅倉「……ふふっ」
樋口「地面のアリ焼くな」
浅倉「──ジュッ」
樋口「うん最後はちゃんと水につけて って、おい
   誰が時間差で火がついて振り回されて向かないことして飽きられて虫ケラ扱いされて水風呂に沈められて終わりよ」
両者「「さよなら、透明だった僕たち」」
樋口「本当最悪 芸能界なんてそんなもんですよ」
浅倉「大丈夫 支えてくからさ、私が」
樋口「浅倉……」
浅倉「……??……?
   あれ、わかんないや持つとこ」
樋口「いや持ち手厚紙のやつ」
浅倉「ふふ、剥がしづらいんだよね、これ……」
樋口「何して……いらんことすな
   ネクタイはセロテープじゃないから」
浅倉「わかんないといえばさ
   次の朝、なんかめっちゃ赤くなってるよね、バケツの水
   ……あれなに?」
樋口「血の涙でしょ私たち花火の
   てかいいのよ花火とかはどうでも
   売れる前の話をしてます」
浅倉「あー、じゃーほらあれ
   前のクリスマスのやつ」
樋口「お店の営業でね」
浅倉「こんばんはー ノクチルです」
樋口「こうケーキ売場に立って」
浅倉「どうぞお立ち寄りくださーい」
樋口「握手会の待機列」
浅倉「……あ、すみません
   かまぼこは一緒にお会計できないので店内でお願いします」
樋口「と思いきやレジやらされんのかいって」
浅倉「書きまくったわ、伝票」
樋口「戦場ですよケーキ売場は
   戦場のメリークリスマスですよ
   何アイドルを前線に放り込んでんの弊社プロデューサーは」
浅倉「メリークリスマス……」
両者「「ミスター・ローレンス!」」
樋口「みたいなね みたいなねじゃないのよ」
浅倉「あははっ」
樋口「あれですか今日の皆さんも
   実際お目当ては私たちじゃなく上戸彩先輩というケーキですか
   スイートな笑顔があら素敵って いい加減にしてください」
浅倉「ふふっ 取り立てないと、べっぴん料」
樋口「それとも何ですか
   私たちは賑やかしのロウソクですか
   いただきますの前に取り除かれる食えないやつらですみませんね
   フッと吹き消す準備はできましたか」
浅倉「お誕生日のやつじゃん、それ」
樋口「ロウソクじゃなきゃブッ刺さってるヒイラギの葉っぱよ
   こんなトゲトゲのやつプラッチックの」
浅倉「言い方おばあちゃんだなー、プラッチック」
樋口「もしくはサンタのカッチカチ砂糖菓子」
浅倉「あー あれ一番好きだわ」
樋口「そんなやつ存在しないのよ
   あれ読売巨人の内野守備くらい固いんだから
   どうなってんのあの固さは」
浅倉「あとあれも好き、セロハンについてる生クリーム
   んべぇ〜〜〜って」
樋口「かっとばしてんな
   アイドルのお召し上がり方じゃないんだわ
   セロハンはケーキの外野、いやフェンスですから
   柵越え狙──」
浅倉「──樋口円香ケーキ、入刀」
樋口「話聞け」
浅倉「振りかぶって」
樋口「構えんなバットみたいに」
浅倉「カキーン!」
樋口「かっとばすな」
浅倉「だだだだだ──」
樋口「一塁に走んな」
浅倉「だだだだだ──」
樋口「二塁に走んな」
浅倉「──ズザーッ!」
樋口「滑り込むな」
浅倉「……アウトー!」
樋口「おい誰が力一杯フルスイングでヒット決めたあと右往左往の大滑りでアウトチェンジさよならゲームセットよ」
両者「「さよなら、盗塁バッター凡退」」
樋口「言わすな『透明だった僕たち』みたいに
   本当最低 客席の乾いた笑い
   円香ケーキもカッピカピですよ」
浅倉「大丈夫 悲しみも分けっこだよ、私と」
樋口「浅倉……」
浅倉「……??……?
   あれ、どうやって等分にすんだろ」
樋口「いやケーキの切れない非行少年」
浅倉「そうだ、まず剥がさなきゃ」
樋口「は!? ……スーツ脱がそうとしないで!
   セロハンじゃないっつってるでしょ!」
浅倉「あははっ」
樋口「全っ然ダメ、デビューからまるで進歩ない
   こんなんじゃアイドルやってらんない」
浅倉「ううん、成長したよ、私」
樋口「何が」
浅倉「バッセンでかっとばせるようになった」
樋口「いやアイドル関係ないんかい もういいわ」
両者「「どうも、あーしたー」」

○ON AIR 00:04:40

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