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私の13歳(1989〜1990)

自分の子供が13歳になって、異性の友達から映画に誘われたそうだ。

「親と行けばいいじゃん、俺一人で映画とか普通に行くから、わざわざ友達と行かなくてもってつい思っちゃうんだよね」

そのように言う息子に

「趣味が合う友達といかないと楽しめない娯楽もあるんだよ」

と伝えたのだが、行く場所によって友達を選んでいたのはもう少し大きくなってからだったので、中学生だとどうなんだろうなあ。

単純に、この映画好きそうだから誘った、なのか、学校のイベントを一緒にやり遂げる中で芽生えた感情からなのか。

私、男の人と二人で映画行くなんて、中学生の時にあっただろうか、と思い出していた。

……あった。


一回だけ、地元の映画館に映画を見に行った。
誘ってくれたのは演劇部のOBの先輩だ。

地元にあったテアトル西友で、確か最初は「レインマン」が見たいと言っていた先輩だが、いろいろあって「稲村ジェーン」になった。
加勢大周にもサザンにも、さほど思い入れのない私たちだった。
母は映画館の入り口まで着いてきて、金髪の先輩に挨拶をしていた。


高校にはいかなかった金髪の先輩は、私たちの練習につきあい、賞が絡まない舞台では特別出演することもあった。

金髪の先輩は1年生の中で特に私によく話しかけていた。その様子を、2年生や3年生たちがヒソヒソと喋りながら見ていた。

休みの日に誘われて、初めてマクドナルドに行った。
私の家からはかなり遠い店舗だったけど、学校の最寄駅だったから、金髪は目立つし、誰かに見られたらとハラハラしていた。

金髪の先輩と、荒川の土手に行った。夏休み、花火大会の場所取りだった。
自転車にうまく乗れない私は、数日前に転んで、膝を擦りむいていたが、その日も一度自転車を倒す程度の転び方をした。

二人で河原に寝転がり、取り止めもない話をした。金髪の先輩は、昔付き合っていた彼女が死んだと言った。

私のいた中学の演劇部は、OBの人たちもよく見にきて、面倒をみてくれるのだった。
金髪の先輩は、学校に行っていたら高1だったのだけど、そのさらに2つ上の先輩も、夏休みになるとたまに部活に顔を出していた。

高3の先輩は野球をやっていた。
金髪の先輩はその助っ人に行くのに私を連れていった。

炎天下の夏、今よりは涼しかったけど、それなりに暑かった夏。
近所の大きな都立公園にある野球場のベンチに座って、草野球を見ていた。

金髪の先輩は、ある日私の家に訪ねてきた。
夕飯を食べ、なぜか家に帰らず、そのまま泊まっていった。
一旦自宅に戻った金髪の先輩は、また我が家にやってきた。
そういうことが、7日ほど続いた。

金髪の先輩は、夜、リビングでオールナイトニッポンを聴いていた。
聖飢魔IIのファンだった金髪の先輩は、そのラジオをとても楽しみにしていた。
私は少しだけ、聖飢魔II用語に詳しくなった

金髪の先輩は、私に
「妹っていうには重荷だな」
と言った。

どういう意味だか、真意を読み取れなかったのだけど、おそらく好意だったのではと思っている。
遠回りすぎて、13歳の私にはあまり届いていなかった。

うちは平屋の戸建てだったので、茶の間の大きな窓は、網戸を閉めない限り、外から丸見えだった。
3年生の先輩が、うちに金髪の先輩がいるのを見ていた。
部活の時に、その3年の先輩から事情を聞かれた。
「先輩が、うちに泊まりにきて帰らない」。

ちょっと大ごとになってしまった。
言わなきゃよかったんだけど、聞かれた以上、言わないわけにもいかなかったのだ。

周りからいろいろ言われるから、私は金髪の先輩の存在が重荷になっていた。
帰って、とも言いにくい。

しばらくして、母が倒れた。

救急車に乗る時、私に向かって言った。

「あんたのせいよ!」

金髪の先輩には、家の事情を話してしばらく会えないと告げた。
母は大きな病気をしていた。
数か月入院して、手術もして、退院しても、元のようには元気に動けなかった。

あんたのせいよ、というセリフが、その後何年も私の中には残っていて、母と不仲だった時期もある。
でも親になった今は「そんなの責められて当たり前じゃん」という気にもなる。

金髪の先輩は、その後あまり部活に顔を出すことはなくなり、すっかり疎遠になっていた。


その7年後、私は金髪の先輩が住んでいたエリアに引っ越すことになった。映画館のあった、野球場のある、あの街だ。

土地勘はあるとはいえ、住むとなると景色も違うし、と、駅ビルの辺りを散歩してみた。
ビルの前にはたくさんのベンチが置いてあり、憩いの場になっている。

ベンチに座っている、黒づくめの男性が気になった。
金髪で、全身黒づくめ、なかなかのインパクトである。近くまで来て、一瞬顔を見た。

おそらく、金髪の先輩だった。
かなりふっくらしているし、目つきも悪かったのだけど、たぶん、間違いなかった。

向こうは私のことに気づいただろうか。

そのまま私は通り過ぎ、駅ビルの中に入った。

それ以来、金髪の先輩は近所で見かけなかった。

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