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私を盗撮した男の話



性犯罪。許しがたい事象だ。

世界中で起きているし日本でも起きている。そしてその存在のほとんどが闇に葬られている。平成24年度の法務省の調査には、性暴力に遭っても被害を届け出る女性はわずか18.5%というデータがある(法務総合研究所「第4回犯罪被害実態(暗数)調査」※最新のものはまだ調査中)。

私はこの分野の専門家でも何でもないので一般的なデータや定義の話はここまでにしておく。この先に私が書こうと思っているのは、あくまでも個人としての体験だ。

そう、性被害(+性被害のようなもの)には何度も遭った。何度も何度も遭った。みなさんお馴染みの電車内痴漢から夜道の背後痴漢、複数人での暴行、単独での暴行、まだ自分の中で未消化なままのディープなものまでバラエティに富んでいる。その多くは記憶の奥深くに沈殿していてまだうまく言語化できない。時間が必要なんだと思う。でもきっと、最期まで語られない出来事だってあるだろう。

きっと世界中の多くの女性がそうやって、誰にも言えないまま未解決の被害を抱え込んで沈黙しているんだと思う。

自分の行動にも原因があると自覚しているけれど、私は控えめに言って平均的な日本人女性の3倍くらいは性犯罪に遭っていると思う。でも第三者に向かって助けを求め、「あなたのしたことは犯罪です、罪を償ってください」と声をあげたのはたった一度きりだ。その時のことを書こうと思っている。


それまで声をあげなかったのはなぜか?

今冷静になって振り返ってみれば、どう考えても私に落ち度が全くないものだってあった。痴漢だってそうだ。私のせいじゃない。でも、声をあげる前に「ちょっと待てこれは本当に痴漢?ただ偶然に当たってるだけじゃない?」としばらく考えたり、相手の人生の崩壊について考えたり、「誰がお前みたいなブスを」と周囲に思われるのが怖かったり、ただ単に遅刻しそうで面倒なことに巻き込まれたくなかったりして、『まあしょうがないよな…』で済ませていた。そして声をあげなかった自分を恥じ、何だか汚いもののように思ったりした。

例えばアジアの一人旅で、ホテルの従業員に鍵を壊され侵入されて暴行を受けたことがあった。私はフロントにすぐ電話をかけるべきだったのだと今なら分かる。でもその時は動けなかった。

深夜で真っ暗な中、どこかでコンコンと木材を叩くような音がした。私はすぐに覚醒したが、何かの間違いだろうと思っていたのだ。誰かが部屋を間違えてノックしたのだろうと。でもそれは執拗に続いた。そして一瞬の静寂があり、カチャカチャという鈍い金属音に切り替わった。ネジか金具かがゴトッと落ちる音を聞いた時やっと『間違いなんかじゃない。誰かが鍵を壊して、ここに入ってこようとしてる』と確信した。

古いホテルだったからボロいドアなんかすぐ開いてしまう。恐怖で1ミリも動けなかった。強盗だと思ったが、言葉もロクに通じないし、日本人の女1人が声をあげたところで誰が助けに来てくれるのか全く予想がつかなかった。電話に手を伸ばすことすらできなかったし、そもそも音を立てることすらできなかった。私が動いた瞬間男が入ってきて私を殺すかもしれない、フロント係ともグルかもしれない、とにかく頭が混乱していた。武器になるものを探したかったが犯人は既に侵入を終えてドアの内側に立っていた。

「シーッ!」と思い切り眉を寄せたその男には見覚えがあった。それは、昼間私がホテル前の浜辺で会話を交わした従業員だったのだ。私たちは数時間前、笑顔でカニを捕まえて笑い合っていた。たどたどしい英語で。さらなる混乱。彼は素早くドアを閉め、ベッドで固まっている私の上に息荒く覆いかぶさってきた。「こうやって死ぬのか」と思った。その可能性だって大いにあっただろう。でも彼は私の首を絞める代わりに唇に人差し指を当て、私の目の前に何か四角い紙片のようなものを差し出して「OK?OK?」と聞いた。それは避妊具だった。避妊してやるから騒ぐな、というわけだ。私は黙って頷いた。それ自体は5分もかからずに終わった。私は呻き声すらあげなかった。彼は私から離れるとすぐにそれをティッシュに丸めて自分のズボンのポケットに入れ、ドアを素早く修理して去っていった。

翌日私はその街を離れた。ホテルをチェックアウトしてバスに乗り込んだ後、ふと窓の外を見るとその男が立っていた。ホテルの制服を着て私を見上げていた。外気が絶えず入り込む蒸し暑いバスの中で、私は全身に鳥肌を立てた。

バスに揺られながら、私は自分に起こった出来事をもう一度整理しようとした。そもそも女1人でこんな危ないところを旅しているのが悪いのではないか?もちろんイエス。昼間、浜辺でその男に話しかけられた時、私は喜んでいたんじゃないか?イエス。現地の人と仲良く会話できたことが間違いなく嬉しかった。だからとても優しく彼に接した。でもそれが彼の誤解を招いたんじゃないのか?メイビー。私の乏しい英語が何かを勘違いさせたのではないか?メイビー

彼は私の名前を聞き、いつまで滞在するかを聞いた。私はそれも話した。警戒心が足りなかったんじゃないか?イエス。彼が侵入してきた時だって、それを止める手段はいくつもあったように思えた。大声で叫べばよかったのだ。ただHELPと。そんな簡単なことができなかった。何故?そして彼の問いかけに対して頷いた。それは同意と取られたに違いない。というかそれは同意に他ならなかった。私は彼と取引したのだ。被害を最小限に抑えるために。「殺されるくらいなら体を差し出して大人しく黙っていよう」と。

痴漢を見過ごした時と同じだった。それは自分の選択の結果であり、恥ずべきは自分自身で、何かとんでもなく汚らしいことをしてしまったような後味の悪さが残った。本当に清純な女子なら、殺されてでも叫んで貞操を守ったんじゃないだろうか?でも生き残って訴えたところで、世の中が私を信じてくれる保証なんかどこにもない。私ってどちらかというと汚れてるし、こういうの初めてじゃないし、何ならもっと酷いこと山ほどあったし。しかも実際、平気っぽいし。


そんなことが何度かあって、私は“自分の落ち度だった”“とにかく忘れよう”“授業料だ”などと考えるようになっていった。どこかで“そういう扱いをされても文句の言えない女”であるという認識があったんだと思う。

とても哀しいことだ。


だからその事件が起こった時、そんな行動に出たのは自分でも意外だった。

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