その使い方を間違うこともなく 持った富に見合う生活をして 生き延びることに心配もせずに ただ、日々を 創作に費やして生きていたい。 生き延びる と 生きる は少し意味が違ってる。 そんな気もする。 生き延びる。って、 惰性な感じもするもんな。 僕は、人と騒音の中で これを書いてる 商いのための品がところ狭しと並んだフロアのベンチに腰かけて。 販促の為の放送が、ビデオが 人々の目が僕と合うことはない ふと、足下に目を落とすこともない 僕は、気だるげに さっ
「子供だと言われて、気にしてるところが子供の証なんだよ」なんて、 言われたこっちの気持ちも気にかけた様子もなく、 さらりと 喉から流すのだろう いいさ、それでも。 って思いながらも 納得いかない気持ちが、沸いて出るのを無視しきれない僕は やっぱりまだ 大人 なんて言えないんだろう 本当の意味なんて、わからない 潔く、去るもの追わずな姿を大人と呼んだりするんだろうか 酸いも甘いも、清濁合わせ呑み込んで、その積み重ねが 大人という大地になるのだろうか 大(人気取りの
体も使いたくない 考えることが面倒くさいってのは たぶん皆よくある。 献立考えたり、 何時に出なきゃ間に合わない、その為には何時には起きよう。とか、 お金の心配したり だからって、 じゃあチケット配りだとか、工事現場の誘導係とか そういう考えなくていい肉体労働しますか? なんて、言われようものなら いや、そこはちゃんと考えろや。と言ってやりたい なんにも考えず したいことしてたい。 呼吸するみたいに、やりたいことやれることしてたい。 してたい。 したい。
新たに、一歩を踏み出そうとするとき なんだか自分には何も誇れるものがないような、 自分に自信を持てない不安に苛まれる でも、元々何もない。 ゼロから、足していくしかないんだ。 そして最期にはまたゼロになる その道を、既に走っている人は何人も居て 今さら自分が走りだしたところで、って 何にもしないでいる事の方がまだマシに感じる ああ このままやり過ごそう そしたら 今 みたいに なんだかわからなくなった 夜の色を変えるほどの街明かりに疑問を投げ掛けても 真っ黒
「こんな日に限って」、って言葉は すごく都合が良さそうだ。 僕が時間を大事に大切に使えていないのは 今日に限ったことじゃない。 お仕事がやっときまって、 今週からは、いよいよ働きはじめる。 色々思うことはあるけれど そこはちゃんとやりきって、 自分の足で歩いてくんだー と思っている。 なのに、今日の僕はなんだろー 何にもやりたくないなー って気持ちで満たされている、 新月のせいにするのも 何かのせいにするようで嫌らしいけど 今日、大切な人が言ってくれた せ
と、今日も口ずさんでる。 沖縄に来て、もうすぐ2ヶ月が経ちます。 最近、やっとお仕事が決まりました(笑) やっと……! やっとこさーーもーーー長かったなー 時給1400円くらいだそうでふ。 マジか。がんばろ でももっと受けて、もっと苦労した人もいるだろうな お金ってさ 「無くても死なないよ」って言う人も沢山いるじゃないですか 「国が死なせない」とかさ、色々言うじゃないですか 確かにそうかもしれない そういう人は何人か見てきた 僕は、「お金なんてー」って、よく
大事かしら。 あんまり気張りすぎずに歩き出したいわね。 でも、本当は惹き付けるような ちょっとかっこいいものを書きたい気もするわね。 こういう風にものを書くのは初めてではないけれど、今まで書いたりやって来たことを、無かった事にする気持ちはまるでないけれど わざわざ拡げるつもりもなくて なんだか、少しの寂寥感と、新たな1歩の感覚を持って 紡いでいきたい。 僕の歴史はこれまでもずっと続いてきたけれど、 何もない。 でも、 僕という個人にとっては重要な歴史で