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仏教の「戒律」を考える

いま比叡山では、僧侶になる際に戒律を授かる「戒壇院(かいだんいん)」が、一般公開されている。12月12日まで。

大津市の天台宗総本山・比叡山延暦寺で、僧侶に戒律を授ける「戒壇院」(重要文化財)の内部が、827年の創建以来、初めて9~12月に一般公開されることになった。宗祖・最澄(伝教大師)の没後1200年の大遠忌だいおんきにあたる今年の記念行事という。最澄(822年没)は比叡山を拠点に天台宗を開き、天台僧育成のための戒壇設立を朝廷に訴え、死後、認められた。最初の堂は827年に建立され、法然や親鸞、道元など鎌倉新仏教の開祖がこの地で受戒。織田信長の焼き打ち(1571年)による焼失を経て、1678年に現在の堂が再建された。内部は石敷きで、釈迦、文殊、弥勒みろくの各仏像を安置。天台宗の戒律を授ける年1回の儀式の時だけ扉が開く。これまで一般公開されたことはなく、戒律を授かる僧侶にとっても中に入るのは一生に一度の聖域という。
2021/03/14 読売新聞オンライン

サラッとすごい事が書いてあるのがお気づきになるだろうか。

「827年の創建以来、初めて一般公開される」
「法然や親鸞、道元など鎌倉新仏教の開祖がこの地で受戒」
「僧侶にとっても中に入るのは一生に一度の聖域」

関心のある方にとってはまさに千載一遇の機会というわけだ。

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戒律とはそもそもなにか?

ブッダ在世当事、俗世を離れて出家者としてブッダとの集団生活に入ろうとする者は、戒律(具足戒)を授からねばならなかった。「故意に生き物を殺さない」「酒を飲まない」などといった代表的なものから細かなものまで、男性の修行者(比丘)は 250戒,女性(比丘尼)は 348戒にのぼる戒めである。

この戒律の考え方は時代や価値観とともに変化し、日本に至っては、天台宗の宗祖・最澄(伝教大師)が上記引用文内の「天台僧育成のための戒壇設立を朝廷に訴え」というエポックメイキングを起こす。極端な書き方をすれば「肉食妻帯でもOK」という日本仏教独特の戒律観はここに端を発する。

世界中を見渡しても仏教史の中でも特異点ともいえるのがこの最澄のはたらきであり、その象徴こそが、この戒壇院なのだ。

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堂内は撮影禁止、薄暗く床は石作りで、儀式時にはロウソクの灯のみの厳かな空間。筆者も20代のころ授戒会の際に一度だけ立ち入ったのみ。本尊は釈迦如来坐像(西村公朝氏作)、その前には向かい合うかたちで弥勒菩薩と文殊菩薩の坐像。この三尊を"授戒三聖"として、戒を授かる。

ここでは果たしてどんな戒を授かるのか。
僧侶になるとは?出家をするとは?俗世となにがどう違うのか?
私は授戒会でなにを授かり、なにを以って自らを僧侶と証するのか?

ちょうど参拝客が少なかった時間帯だったのか、貸しきり状態で、静粛なお堂の中、授戒三聖の前にしばらく佇み、瞑目した。そのうちに自らの悪癖に思い至り、今後の課題がおぼろげながら見えてきた。

戒律復興運動というのはいつの時代にもあるようだ。しかし今回の訪問は、個人的に、いま改めて「仏教における戒律とは何か」考えてみるきっかけとなった。

日本仏教のありようの基点に触れたい方、ご関心の方は、是非の訪問をオススメしたい。学習するだけでは実感できない、現地に身を置くことで体得する感覚というものがここにはある筈である。


Text by 中島光信(僧侶・ファシリテーター)


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