寛容になる ~リーダーは ”ま” を取りあげよう~
前提の自己紹介(会社でD&I推進のリーダをしています)
どういう背景を持った人間が書いているのかを最初に知っていただいた上で読んでもらったほうがいいので、最初に簡単な自己紹介です。「知っているよ」という人は読み飛ばしてください。
上記のような人間が、会社のとある部署(全部で700人ぐらい)でのD&I推進のリーダーをしています。日頃から、D&I(DEI)について関心を持っていろいろと考えたり勉強したりしています。そんな人間が書いていると想像して記事をお読みください。
ダイバーシティについての基本的考え方
ダイバーシティとは「多様性」です。企業という文脈においては、働いている人それぞれが「ちがう」のが望ましいことを、経営・マネジメントが積極的に受け入れること、また、その望ましい状態になるように組織・企業を運営することです。
インクルージョンは「組織としてより大きな成果を出すために、ちがいを積極的に活かすこと、また活かしやすくすること」と考えています
ダイバーシティもインクルージョンも学術的、経験的にいろいろな定義や考えがあるので、上述のものについてご意見がある方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はそこは本論ではありませんのでまたの機会に。
大事なのは「ちがい」というポイントです。
「ちがい」に対する言語的認知
2022年6月に、以下の記事をNoteに投稿しました。
これは、日本語において「ちがい」という言葉が「まちがい」と認知されるケースが多いことを感じて書いた記事です。
英語で言うDifferentなのに、Wrongとして解釈されてしまうことがあるという主張です。 今回の記事に合わせて、少し抽象化して言えば、「中立的・客観的に”ちがい”を受け入れることが言語習慣的に難しい」です
いまこの記事の初稿は2023年11月に書いていますが、この認識は変わっていません。むしろ、偶然の発見によってますます認識が強くなっています。
ちがいに寛容であることがリーダに求められる
D&Iの推進には「ちがい」を積極的に受け入れることが大事である一方、言語習慣的に「ちがい」を中立的・客観的に認めることが難しい、というのがここまでのサマリです。
ちがいを中立的・客観的に認めることを日本語にすると「寛容」になるだろうと考えました。下は辞書的意味合いです。
いい感じですね。何がいいかというと、ここには「ちがい」と「まちがい」の2つが入っているからです。引用の中に意図的に改行を入れましたが、最初のパラグラフが「ちがい」を認めるさま、後半が「まちがい」を認めるさまを表しています。
「ちがい」の言語的特性に触れたので、「寛容」の言語的特性にも少し触れたいと思います。参考として、寛容を英語ではなんというのか見てみましょう。
英語で寛容はToleranceだそうです。形容詞ではTolerantです。僕は理系なので、Toleranceは「許容差」の意味で使います。許容差とは「基準からのズレとして認められる範囲」です。
(蛇足ですが、許容差と誤差は全く意味が違います。許容差は上述の通り”基準”との差で、誤差は”真値”との差です。誤差を語るときには真実があるのが前提です)
つまり、寛容さを語る上では以下の2つがポイントだということです
基準となる価値観があること(自認できていること)
基準からのズレの許容範囲を広くすること
言語的特性から寛容について考えてみましたが、わかったのは、まず自分を知らなければならないということです。自分の価値観無しには、寛容さは語れません。
では、許容範囲を広くするとはどういうことでしょうか?結果として最終的に表出された意見そのものを許容することは難しいかもしれませんが、意見の元にある個人の価値観・考えは許容できると思います。
つまり、許容範囲を広くするとは、相手の価値観を理解の対象にすることを意味します。よって、リーダーは相手の価値観に興味を持たなければなりません。結果として表出されたちがい(例えば、意見のちがい)に注目するのではなく、自分と相手のちがいは何から生まれるのか?という問いを立て、そこに興味と関心を向け、相手の価値観や、結果の表出までの過程への理解を深めなければなりません。
この行為が、お互いの存在を認め合うことになり、ダイバーシティを推進することになります。
では「まちがい」を認めるとはどういうことなのか?まちがいはまちがいなんだから認めちゃダメだろう、という意見もあるかと思います。ここを考えるヒントは、前項にすでに出ています。
「まちがい」は「正解」や「真実」があるから存在します。結果としてのまちがいは認めるわけにはいきませんが、その結果にいたる過程を認めることはできます。その過程には、単純な知識の不足、または正解に至る方法論の理解や実践に不足があります。
充足している人が、相手の不足を一緒に探す行為が「まちがいを認める」ということです。知識や方法論において組織のメンバ内で差があるのは当然のことです。この差を利用して、組織の中で最も高いレベルに全体が平準化させていく(高位平準化)ことで、組織がより高い成果を出せるようになります。
寛容になるために、”ま” を取りあげる
長くなりましたが、全体をサマリします。
D&Iを推進するためには、お互いの「ちがい」を認め合うことが重要
それはすなわち、リーダーが寛容になること
寛容になるためには、リーダーは ”ま” を取りあげることがコツ
”ま” を取りあげる(Remove) → 「まちがい」ではなく「ちがい」なのだと中立的・客観的に認識する、またそのように周りをリードする
”間” を取りあげる(Pick up) → 「ちがい」や「まちがい」に出会ったときには、相手がそこに至ったプロセス(相手と結果の”間”)を取り上げて、一緒に原因を探して高め合う
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