#7 ひつじと空の魚
空の魚は落ちていく。
薄れゆく意識の中、光が現れ自分を呼んだ気がした。
雨上がりの昼下がり、ひつじは木の枝で作られたバリケードを見つけた。
食後の運動にと散歩をしていた時のことだった。厳重なバリケードはまるで要塞でも築かんとする勢いで、中を覗き込んでみると水たまりがあった。そこには何かが隠されているかもしれないという自らの嗅覚を頼りに、ひつじはしげしげと観察をする。
「ああ、完結するまでにそこまで動き回ってはいけません」
ふと、水たまりから弱々しく光るものがたりが姿を現わした。ひつじは手に提げていたあかりのないランタンの口を開くと、そっとものがたりをなかに迎え入れる。中心の台座に落ち着いたところをたしかめてから、顔を近づけ眺めていると、ランタンにはものがたりが映し出された。
ビーバーの子供がいた。川辺から離れて森を歩いているところを見ると、探検でもして迷ってしまったか、あたりを見回しては不安そうに何かを探しているようだった。
よくよく眺めていると、ビーバーの子供は両手を前に差し出している。
ものがたりはひつじが目を見張ったときに合わせ、投影を一時停止した。「ありがとう」とひつじは口にし、もういちどよくたしかめてみると、手には薄水色の細長い魚が乗っている。
「ここなら大丈夫。あとでくるからね。空に帰る方法はわからないけれど、きっと大丈夫」
子供は魚にそう語り掛け、足元の水たまりにそっと浮かべてやるのだった。
その後、ゆっくりと日にちをかけながらも水たまりの周りには子供の手によってバリケードが作られていく。献身的に面倒を見る相手にこたえようと、水たまりを抜けて空を飛ぼうと羽ばたく。しかし、少し身をあげたばかりでトプンと水たまりに落ちてしまい、子供に悲しい顔をさせた。
その後まもなくひつじが現れると、ものがたりはそこで終わった。
「これならわたしの持ち合わせでどうにかなるかもしれません」
ひつじはそう言うと、「海に映った空と空に映った海」のものがたりを水たまりに向けて放り込んだ。
海の音がする。
たゆたう波のさざめく音。
荒っぽい風が吹きすさぶ音。
それは空にもある音だった。ちょうど鏡写しの海と空。空の波は海にもあり、ものがたりはどちらもあわせもっていた。
まもなく空の魚は水たまりの中をゆうゆうと泳ぎはじめる。水をかけば、下腹部で手を合わせているような独特のヒレの動きによって、水たまりには瞬く間に土煙が舞った。
「わたしの役割はここまでのようです。では、お大事に」
ひつじはランタンからものがたりを取り出すと、水たまりへと返してやった。満足したのか、下手な鼻歌を歌いながらひつじは森に姿を消した。
ご清覧ありがとうございます。
前回のお話はこちらです。
ひつじとものがたりのお話はこちらにまとめてあります。
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