『自分を殺す』 達人の酒造りに見る真の個性の生まれ方
ドキュメンタリーシリーズ第2回は杜氏の石川達也さんです。
石川さんは第一回で取材させて頂いたパン職人の田村陽至さんのご紹介。そのご縁あって今回ありがたく茨城県大洗町の月の井酒造店で、石川さんと蔵の方々をおよそ10日間に渡って密着取材させていただきました。
杜氏(とうじ)とは、酒造りにおける監督であり総責任者。石川さんはその杜氏として史上初めて文化庁から賞を受けるなど、酒造業界において知らない人はいない程の重要人物。
酒造りだけでなく伝統文化や文化人類学などにもとても造詣が深く、業界の垣根を超えて様々なメディアで自身の哲学を発信されていらっしゃいます。
今回その石川杜氏や蔵人の皆さんと生活を共にしながら垣間見えた日々の生活と、酒造りへの情熱をぜひ皆さんにも体験して頂きたいと思い動画を製作しました。
見どころや感じ方は人それぞれだと思います。月の井酒造店での酒造りや蔵の生活に興味を抱く方もいるでしょう。また石川杜氏の酒造りの哲学を自身の生き方と掛け合わせて、いろんな意味を見出す方々もいらっしゃるかもしれません。
その様に人によって味わい方が変わるような懐の深い動画になったことを願ってます。ぜひ蔵見学するつもりで一度ご覧いただきお楽しみください。月の井酒造店、酒蔵の世界へようこそ!
こちら1分30秒の予告編になります。
個の時代?
昨今、個の時代とよく目にも耳にもするようになりました。
自身の事柄を自由に発信でき、人それぞれの生き方や働き方が尊重される世の中になったこと、また企業などにおいても全体的なブランドイメージで他社との差別化を図るなど独自性にさらに重点が置かれるように、何かと個性というものが重要になってくる世の傾向を指しているのでしょうか。
そのような風潮が加速する中、相対的に自らの個性を見出そうと焦りや不安を感じる人々も多いのではないでしょうか。僕も1人の人間として、また映像を創るクリエイターとして追い求める『自分らしさ』は正直ずっと課題や悩みでもあります。それは個人的に突き詰めれば、誰もが人生で一度は思う根元的な問いもに繋がるかもしれません。
自分とは一体何者なんだろうか、自分の価値とは何だろうか
さて月の井酒造店は今季から石川杜氏を迎え入れ、新しい酒造りを始めました。石川杜氏の醸すお酒は業界からも常に期待され、その味も誰もがハっとする豊かで唯一無二のものです。
しかし興味深いのは『狙うと外れる』という彼の人生訓を体現するかのように酒質をほとんど設計しないこと。それどころか酒造りにおいては己を出すどころか消すという真逆のことをしているという点。
結果を狙わない彼の信念から唯一無二のお酒が一体どうやって生まれるのか、そもそも個性とは何なのか。あくまでも僕の主観的な考察になりますが、そのことを第一のテーマに彼の酒造りにいろんなヒントを見出していきたいと思います。
蔵人の輪、 蔵の和
多少予習はしていたものの日本酒や酒造りに関する知識がほぼゼロの僕にとって最初は戸惑いの連続だった。
蔵の1日のスケジュール、飛び交う酒造用語、蔵人たちが淡々とこなす作業内容。全てがチンプンカンプンでまるで異国の地に来たような感覚でただ呆然と眺めるしかなかった。
だが3日ほど経つと何となく酒造りの流れと蔵の共同生活に馴染み、蔵人達の実直さ、信頼関係、酒や蔵に対する情熱や思いの共有という強い一体感の中に吸収され心地良さを感じるようになった。
『いい蔵にすると結果としての酒は自ずとついてくる』と話す石川杜氏の言葉のように、彼はまず蔵としての環境を確立することを一番大事にしている。作物が育つ上では健全な土壌が命であるように、酒造りのやり方以前に蔵そして蔵人としてのあり方を重視しているようだ。
お互いを尊重し、協力し合い、積極的にコミュニケーションをとる。同じ目標に向かうための調和が何よりも大切であるならば、まず捨てるべきものは自分一人のエゴやワガママ。
蔵という一見大昔から受け注がれる伝統的な世界なのだけれども、現代の組織としても基本であり当たり前にあるべき姿を見せられている気がした。
その中で酒造りにおける監督であり最高の職人、管理者でもありムードメーカーでもある杜氏という職の偉大さ、またそのトップの座にいても決して独り善がりにならず皆の和を大切にする石川杜氏の凄さを感じた。
自分を殺す
石川杜氏を観察しているとそのギャップに驚かされる。通称 - 酒ゴジラと呼ばれる迫力のある容姿からは想像できない緻密で徹底した几帳面さは彼の手に触れた形跡を辿っていくと容易に想像することができる。
新聞のたたみ方、洗濯物の干し方、ご飯の盛り方、道具の配置、全てのものがまるで見本やお手本のように綺麗に整理整頓されている。
また1日4回の小まめなミーティング、詳細まで決められた酒造りのスケジュールなど、彼の徹底した管理能力から酒造りにおいても醗酵の状態をコントロールし望むお酒を造り出すことを普通やるのではと思ってしまう、、、が彼はやらない。
それは蔵の生活同様、酒造りにおいても自分のエゴは必要なく蔵人としてやるべきことは微生物達が最大限働いてくれるように環境を整えて育てることに尽きるという信念からだ。
酒とは米を醗酵させて造られるもの。醗酵は微生物の働きによるもの。ミクロな微生物の世界もマクロな宇宙と同じように深遠なる自然の叡智ということには変わりなく、それを操ろうとする人間の知恵というのはちっぽけなもの。
自然を相手にするというのではなく自然の一部として人事を尽くして天命を待つ、そんな石川杜氏と蔵人達の姿勢から蔵全体が1つの生態系として機能しているという印象を受けた。
お酒は授かりもの
石川杜氏は酒造りの過程をよく子供の誕生として例える。僕は子育てを経験したことはないので親としての気持ちを完全に理解することはできないが、そのように考えてみるとなるほど彼の酒造りに対する思いや考え方に納得がいく。
石川杜氏によると、酒造りをはじめ日本の伝統のものづくりにおいて『作る』ではなく『造る』という文字が使われるのは、その文字がもつ神に捧げるという語源の意味によるものらしい。言い換えれば本来酒とは神への祈りや感謝とともに慈しみながら育てる恵みであり授かりものであるということだ。
お腹の中に授かった子を設計したり、都合よく生まれる日を決める親はいないはずで、親としてまず願うことは元気で健やかな子が生まれてくることだと思う。そのために大切なのはまず何よりも母親の健康であり、その母親を取り巻く環境になるだろう。
仮に酒造りを子育てに見立てたとしても、決して放任主義でも過保護でも門限を決めて英才教育を施しているわけでもなく、その絶妙なバランスで育てているような印象だ。
子供の才能と個性を見極め、それを最大限伸ばすようにしている。そのためには常に目を離さず耳を傾け、必要最低限サポートしてあげて、あえて過酷な環境に身を置かせることもする。
その土地の気候風土や原料を最大限に生かし、愛と感謝を持って生まれた特別なお酒を世に送り出す蔵の方達の気持ち。それは期待や喜びだけでなく不安や寂しさといった、親として子を見守る気持ちに近いのではないだろうかと勝手に想像してしまう。
唯一無二
月の井の搾りたてのお酒を頂いたがそこには懐を感じた。芯があり豊かなだけでなく、どんな食べ物とも自身の体とも共鳴するそんな包み込み和むような感覚。とにかくこんなに強くて優しいお酒を飲むのは初めてで、言葉で言い表せる綺麗さではなく言葉を失う美しさのようなものを感じた。
自分を殺すという言葉。この石川杜氏の言葉を初めて聞いた時ドキッとしたしゾクッとした。年齢を重ねるごとに重く固まってしまった自身の心に受ける蘇生のための電気ショックのようだった。
自分を殺すとは自己否定のことを言ってるのではないはず。それは自我や自意識、他人や社会に知らず知らず刷り込まれた価値観、それらの分厚い殻の中に本来の自分が閉じこめられすぎてないか、、、という深い問いのようだ。
月の井酒造店での体験を通して痛感したことは、本来個性というものは作られ主張されるものではなく、自然と滲み出て醸されるものであるということ。それは一人一人一つ一つの命に既に宿っているもの。
その溢れるあるがままという生命力を見極め、受け入れ、育んでいくということ。それが個人においても組織においても真の個性を見出すことではないだろうか。
ただそれはそう容易いことではないし苦悩を伴うものでもあるだろう。仮に自分らしさや自然体を得たところで誰もが不安を抱くだろう。果たして世の中が受け入れてくれるだろうか、認めてくれるだろうか、孤立してしまわないだろうかと。
しかし自身の個性を認めてくれる心強い友や根強いファン達がいればそう悲観することではないだろう。たとえ理解してくれる人がいなくても、まず自分を信じ自分ならではの努力やアイデアや技術で少しずつ周りを幸せにしていく。その積み重ねがいずれ世の成り行きや流行に左右されない、不動のものとして続いていくのではないかと思う。
月の井酒造店の和で繋がる個性豊かな蔵人の方々、そこから生まれてくる大洗の唯一無二のお酒。毎日ドキドキワクワクし、生き生きと酒造りの喜びを分かち合う皆さんを眺めていてとても羨ましく思うと同時に、自分もこれからそのようにありたいとつくづく思った。
以上、石川杜氏の言葉を大分引用させていただき僕なりに感じたテーマで書かせていただきました。皆さんも一度動画を観ていただき皆さんなりの感想を抱いて欲しいと思っています。そして日本酒の素晴らしさを実感し、月の井酒造店の方達の思いが詰まったお酒も是非ご堪能ください!
皆様に元気と幸せを。最後までお読み頂きありがとうございました!
月の井酒造店 https://tsukinoi.co.jp
石川杜氏特集の本
日本酒特集の雑誌。月の井の記事も載ってます。
動画本編ぜひお楽しみください!
これからもっともっとワンダフルな人と世界を紹介していくつもりです!継続できるようサポートいただき心から感謝いたします!