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明日の種をまく 064_20231113

親の記憶と子どもの記憶

両親との旅行も終わった。
現在、帰路の途中。家に着くのは23時過ぎ。
大丈夫だろうか。道中少しは休めるといいのだが。
長旅、お疲れさま。

両親と前回会ったのは8月の盆前だったから、ちょうど3ヵ月ぶりだったのにも関わらず、やっぱり75歳の3ヵ月は早い。
父も母も歳をとっていたように見えた。

本当はもっと頻繁に会いたいのだが、距離が・・・
今年はこれで3度目。めっちゃ会ってる!と自分でも思う。

とおちゃん、かあちゃん、待ってろよ。
これからいっぱい稼いで、1ヵ月に1回のペースで会いに帰ってやるからな~なんて今は思っているが、実際、事業を始めたら、顧客へのサービスが優先され、困っている子どもを放っておけず、きっとますます会いに行けなくなっちゃうんだろうなぁ(今から仕事を優先させて忙しくしている自分を想像してしまう)。

今日は我が家(夫の実家)に来てもらい、両親と義母と4人(夫は仕事)でただただ話をして過ごした。

特に母親の娘の自慢話が止まらず、母の愛情を感じずにはいられなかった。

だけど「あれやってやった、これやってやった」という類の話には、ほとんど???となる。
私は両親から受けた愛情について、極端に記憶喪失である。

「お前は何してやったって、覚えとらん!」

とよく怒られるのだが、自分が誰かにしてあげたこと(能動)と自分が誰かにしてもらったこと(受身)では、明らかにしてあげた方(能動)が覚えているに違いないと思うのだ。

能動と受身の行動に関して、どっちが覚えているかということについては、善意は能動、悪意は受身のような気がする。

ただし私は善意も悪意もどっちもあまり覚えていない。

よって私の小さい時の思い出話は、両親と私とで記憶に大きな差がある。

これだけ差があれば、いくら両親に感謝をしようとも「感謝の量」が圧倒的に足りないんだろうなと思う。

子どもの方は具体的な事例は覚えておらずとも「ここまで大きく育ててくれてありがとう」と現在の自分の成長ぶりに漠然と感謝するほか手段がないのだ。

しかし親の方は自分が親になってからの出来事として、一つ一つの具体的な出来事について鮮明に記憶があり、それを伝えようとするのだが、こちとら申し訳ないが、そんな小さい頃の記憶はほとんどないのである。

ただ、そんな昔の話を聞くのは楽しいものである。
両親が楽しそうに、自分たちの思い出として語っている。その対象が娘である私であるということだ。覚えておらずとも、両親が幸せだったことは伝わってくる。私も当然、愛情をたくさん注いでもらい幸せだったことだろう。

そんなちぐはぐな思い出話をひたすら聞かされる義母。
時々、負けじと夫との思い出話を語ろうとするも、うちの母の勢いに押されて、また口を引っ込めてしまう。
お義母さん、すんません。どうか、この何日かだけはうちの母に花を持たせてやっておくんなまし。

空港で義母と私がガラス越しに搭乗間近の両親を見送る。

あー私はこっちの人間なんだなぁ~と思う。
自分と肩を並べて立っているこっちの人(義母)と私は生きていくんだなぁ~となんだか第三者的な気持ちになって、眺めてみる。

両親はもう二度とこの地に降り立つことはないだろう。
束の間の旅行だったな。
今度は義母を連れて、我が故郷を旅するか。

車いすに乗った母を後ろから父が押し、改札へ向かった。
我が子を他人の母に奪われたかのように、ガラス越しに涙を流して別れを惜しむ、小さな小さな母の姿が忘れられない。

やっぱり親不孝なことをしているんだな、私・・・

最後は思いっきり感傷に浸ってしまったが、たくさん買い物をした土産の整理で忙しく、段ボール5箱に土産や野菜や果物らを慌てて梱包して郵便局にもっていくところまでが今日の私の仕事。

明日からは通常運行だが、今日の夜はなんか変な夢を見そうな気がする。


タイトル画像は、仲良くさせていただいているnoterさん温水温(ぬくみず ゆたか)さんの作品です。


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