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二世帯住宅が完成しない #1 契約

私は手に汗を握っていた。目の前にはキレイに製本された本が3冊並んでいる。タイトルは「工事請負契約書」。中小の工務店でも、こんなキチっとした製本を作れるのか。緊張しつつ、ちょっと失礼な事を思った。

本を開くと、早速、契約書面が出てくる。

請負代金額 金60,000,000円

何度見ても、めまいと吐き気。うち消費税が500万円以上って…。高い。

これで私も立派な高額納税者の仲間入りである。いい国作ろう、菅幕府。もうすぐ岸田幕府になろうとしているときだった。

「ここまで長かったですね。」担当設計士は言った。真面目でいつも真摯に対応してくださる担当Sさんには、本当に感謝だ。やせ細った身体は、私たちの要求や度重なるトラブルにやつれてしまったのか、もとから華奢なタイプなのか。もうわからない。

「本当に皆さまのおかげです。」言葉を詰まらせながら、私と夫と、母と父が並んで言う。私たちは二世帯住宅を建てようと、1年以上前から設計事務所に設計を発注していた。「本当に建てられるのか、最後の最後まで不安でした。」緊張した顔を引きつらせて、笑顔を作った。

ちょうど1年前。設計事務所のファーストプランに納得し、工務店に概算見積書を作成してもらった。その時の金額は5,000万円。二世帯とはいえ、正直、高いと思った。

その後も設備など多少こだわったが、高くならないよう意識しながら、仕様を決定していった。

でも時代が悪かった。コロナから始まり、ウッドショック、半導体不足、物価高。あらゆる単価が爆上がりした。

そして気が付けば、1年で1000万も工事代金が上がってしまった。年収1,000万プレーヤーがアッパーミドル(上位10%)と称賛されるこの時代に。

さらに、事前に今回の契約書を確認したら、なんとまあ、小さな字で記載があった。
「予測を超える値上げにつきましては、最善策を打ち合わせの上、金額変更しますことをご了承ください。」

このときウッドショックで木材の値は右肩上がり。木材の価格チャートを見ると、鮭の川のぼりどころでない、滝を登っていた…。

契約後にも木材の高騰が予想されるために、このような文言を入れているそうだと、Sさんから聞いた。「あい、わかりました」とはならなかった。

なんのための見積なのか。施主側は阿鼻叫喚。1年で1,000万円増えて震えているのに、未来の増額をOKできるわけなかろう。

「このような内容では契約に至れません。工事は見送らせてもらおうかと検討しています。」

契約数日前に、工務店に伝えると、「そういう意味で記載したのではありません。」と返事があった。

いやいや「構造材が高騰した場合、追加費用が発生します」ともしっかり書いているのだが?消してくれ。とお願いすると、消えた。言ってみるもんだ。

そんなひと悶着もあり、中国の恒大グループが倒産寸前で世界恐慌が起きるというまことしやかな情報を耳にして、契約に二の足を踏む父を説得し、ようやく今日という日が来た。

人生には「まさか」という坂があるらしい。私はこの家を建てるにあたって、この坂に何度もぶち当たり、ジェットコースターのように、浮き沈み激しく進んできた。機会があればたくさん書かせてほしい。

私の両親との二世帯住宅。ここまで来るために、必然的に施主一団の中で私は不動のセンターとして踊り続けた。調整が大変すぎた。なんの、家族のためと思い、エンヤコラした。

ようやく着工に至る。感無量だ。半年後に二世帯住宅が完成し、憧れのマイホームが手に入る。快適な生活が待っている。そう思っていた。

人生で一番ハンコが重たく感じた、今日のことは忘れない。呼吸が浅くなる夫の背中をさすった。

あれから、2年。
いまだに二世帯住宅は完成していない。そんなまさか…。

物理的には、建物はすでに完成しています(笑) これは、二世帯住宅を通じて、「家族」について考えるエッセイにするつもりです。スキをいただけたら、シリーズにして書き続けたいと思います。応援よろしくお願いします!

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