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二世帯住宅が完成しない #6 段取り
「こっちには、段取りがあるねん。」
急な兄の言葉に、私は虚を突かれた。
消費者金融のCMで「そこに 愛はあるんか?」と不意打ちされる今野の顔に、私はなる。大地真央が67歳だなんて、何かの間違いだ。
兄が怒った経緯を説明する。
1年半前、新居は引き渡されたが、コロナによるコンテナ不足や半導体不足により、納入が遅れた製品があった。
「後日、残工事の日程調整をさせてください。」引渡時に工務店から言われ、親の代わりにしばらく住むことになった兄家族に、都合を確認した。お互い仕事があるので休日で調整した。
そして休日。工務店の人が残工事にやってきた。両親も立ち会った。ガンガン!ウィーン!と2時間ほど作業してもらったが、この日にも納品が間に合わない商品があり、「また日を改めて工事させてください。」と。
工務店の人が帰った後、私は再度、日程調整の話を兄にもちかけた。そこでだ。兄は怒って、その場にいた両親に言った。
「俺らがこの家に住む話になったとき、何度も残工事があるなんて聞いてなかったけど?」
私は、しばし言葉を失った。コロナで世の中は混沌としていた。引渡までに間に合わない製品があるなんて、誰も予測できなかった。そんな中でも、工務店は給湯器などの生活必需品は、なんとか間に合わせてくれた。
兄は続けた。
「休日はな、こっちには段取りがあるねん。工事で時間がとられるのは、迷惑。残工事したいんやったら、平日の俺が在宅勤務しているときにして。」
場はヒヤッとした。兄嫁も何もフォローなし。兄の顔は両親に向かっているが、見えないベクトルが私をしっかり突き刺す。
「あら、そう…。そっちは平日でいける?」母は私に尋ねる。とっさの質問に「えーと、私はあまり在宅勤務できなくて…。夫くんは在宅勤務できる日ある?」「…日によってはできるかな」夫も答える。ということで、夫と兄が在宅勤務できる日で調整した。
両親は、兄の傲慢な態度をたしなめることはなかった。兄が親に、よほど高い家賃を納めているのであれば言い分もわかる。ただ、兄が払う家賃はたったの月3万円だった。
最新鋭の設備が揃うこだわりの新居なのに…。ちなみに私はこの家を建てるとき、親から1円も多く払ってもらっていない。
甘さがドデカミン並みの両親と、それにあぐらをかく兄家族に対して、私と夫は全会一致で「違和感」をもった。
後日、平日に残工事をしてもらうことになった。住み始めると、クロスの汚れが見つかったり、品番が違う設備が設置されていたりと、工事内容も追加があった。業者や納品の都合で、結局5回ほどの残工事が開催された。
その都度、日程調整する私。兄上にお伺いをたて、夫にも確認し、可能であれば自分も有給をとって、工事を見守る。
とある日程調整のとき、兄が在宅勤務ができない時期があった。候補日が全くなく、さすがに休日を打診した。しかし、一つ覚えのように「段取りがあるから」と、兄は取り合ってくれなかった。
そのぶん工事は遅れる。このことについては、両親へも苦言したが、何もフォローはなかった。
残工事とは別で、月1ほど、休日に両親が孫見たさにこの家にやってくる。私と兄には、それぞれ同い年の娘がいる。
毎回、なぜか当たり前のように私達のスペースに集まった。
親が来ると、「親きた?そっちに行くわ」と兄から連絡があり、「お邪魔しまーす」と入ってくる兄家族。人数分のお茶をだしたり、気を遣う。そして、わりと長居する。段取りはどうした。
この一連の所業に私は腑に落ちないが、兄の考えていることはわかる。
残工事は嫁が不在である平日にする。両親が来るときは、妹の場所に集まるようにする。全ては兄嫁に負担をかけないためだ。
兄は、自分が築いた家族を最優先にする。猪突猛進が 猪之助 並みで、妹のことは何も見えていない。ただ、そこに愛はある。知らんけど。
両親も、「きょうだい仲良く住んでほしい!」とよく言い、理想的なきょうだい愛を私たちに押し付ける。実際は、兄家族に気を遣い、しわ寄せは私で解決するという、はりぼてだが、そこにも愛はある。
愛が いちばん。といっても、愛というベクトルにも、どちらの向きに長さを取るかで方向が偏る。向かってこない側からすると、不満が生じる。
家族に対する違和感に悶々とする。そんな腐ってしまいそうな私にとって、夫はよい防腐剤だった。
私のことを不憫だと言って「早く兄家族が出ていきますように」と内扉に向かってよく放屁する。映画「FUKUSHIMA50」で、当時の政府が国民へのパフォーマンス目的でヘリから放水させ、原子炉を冷却しようとする様子を、現場の最前線に立つ吉田所長が「セミの小便だな」と虚しくつぶやくシーンを思い出す。
何が言いたいって、彼の屁の音は兄家族には聞こえていないし、無意味だ。しかし、この夫のアホみたいな行動が嬉しかった。夫と結婚してよかった。吊り橋効果な気もするが、ここにも信じられる愛はある。
みんな愛をもって生きている。私たちは、かみ合っていないだけだ。
兄家族も狭い家だし、姪の進学のことも考えると、すぐ引っ越すだろう。遠くに住むようになると、この違和感もそのうち忘れるはず…。
はやく距離を置きたいなと思っていたら、ある日親が言った。
「お父さん達がこの家に住んで、将来死んだらな、お兄ちゃん達には、またこの家に戻って、ここを終の棲家にしてほしいねん。」
私はまた、虚を突かれた今野の顔になった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!
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