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二世帯住宅が完成しない #2 都落ち
私は今、深夜の静寂の中で かっぱえびせん を食べている。手が止まらない。さすが、「やめられない、とまらない」ロングセラー。バリバリという激しい咀嚼音に私は支配される。
これ、家中に響き渡ってるんじゃ…うちってば、二世帯住宅なのに…でも
「安心してください、両親は住んでいませんよ。」
とにかく明るい私は、仁王立ちになり、両手で下を指さす。
両親が住む予定だった1階に、両親は住んでいない。おかげさまで、こんな寒い一発ギャグが完成した。
1年半前、二世帯住宅は予定通り、引き渡された。
私たちは引越しをした。ただ両親は引っ越してこなかった。そのまま現在に至る。少しずつ経緯を紐解いていきたい。
私の実家は賃貸だった。昔はマンションを所有していたが、母がご近所トラブルに遭い、賃貸に避難した。
場所は、比較的治安が良く、教育に力を入れる家庭が多かった。クラスメイトの半分は中学受験。しばらくすると、近くに大型百貨店もできた。最寄り駅の利便性と民度の高さから、避難先は、気が付けば「住みたいまちランキング」殿堂入りエリアとなった。
住んで20年の間に、地価はどんどん上がり、家賃も上がっていった。「こんなことなら、購入しておけばよかった」投資好きの母は嘆く。
地域のセレブに囲まれ、母はすっかりマダムと化した。コッテコテな下町育ちなのに。母は、頻繁に近所の百貨店に通い、「こんなん誰が巻くねん」というような派手なスカーフを買うようになった。
かくいう私も、この「住みたいまち」に愛着と誇りを持っていた。結婚時は夫を説得して、実家の近所に住むことにした。家賃は1LDKで月13万円した。プライドは、ときに人の判断を狂わせる。
でも所詮、賃貸。家賃が高い限り、ここに住み続けることは難しい。
ひょんなことから、私たちは二世帯住宅を建てることとなった。いや、実際は「ひょん」ではなく、色々な紆余が曲折したが、今回は割愛。
場所は、母の実家。祖母が亡くなり、空き家になっていた。最寄り駅から近く、都心部にも出やすいが、なんせコッテコテなお土地柄。人口の半分は歩きタバコ民。母の故郷だが、「住みたいまち」に住む我らからすると、治安が終わってる。
場所は微妙だが、背に腹は代えられないので、とりあえず住宅展示場の見学から始まった。家を建てるって大変だ。ファーストプランの依頼、メーカー選定、契約、そして度重なる打ち合わせ…。夫婦2人でも意思決定が大変なのに、二世帯となると、関係者が多く、とりまとめも大変だ。必然的に私が調整委員会の代表となっていた。
当初、「趣味の自転車を、置くスペースだけあればいい」と言っていた父は、ふたを開けると一番要望が多かった。でも全員の意思をくみ取るのが私の役目だ。真摯に向き合った。
完成が近づくにつれ、新生活に胸を膨らませていた。しかし、それと同時に「このまちとお別れか…」という寂しい思いもあり、複雑だった。
言っちゃ悪いが、「都落ち」の気分。しかし、いたしかたない。私は覚悟していた。もちろん、母親もだと思っていた。
だが、違った。
「新居が完成しても、しばらくはここに住もうと思うの。」母は言った。
新居にかかる親の負担は2,000万円。各世帯が占有する床面積で費用を按分した。それに加えて、バカたけぇ家賃を払い続けることにすると…?
正気じゃないと思った。父なんてあんなに新居の仕様にこだわっていたのに。父は昔から強気でヒステリックな母にかなわず、母の意見は絶対だった。
母が、「住みたいまち」に愛着があったのは知っていた。でも、定年も近く、ずっと住むことは難しい。それに20年以上経った賃貸の家の設備は古く、トイレもすっかり臭いが染みついている。新居が建つと、諦めると思っていた。
ただ、私は母をわかっていなかった。全員の足並み揃えて、新築の話を進めたつもりだが、母は「今すぐ建てなくても…」と小さく言うこともあった。「ワテらは賃貸やし、家を建てるなら早い方がよい」という合理的な考えを共有していると思っていたが、母は全く心の準備ができていなかったのだ。
母の気持ちを考えず、私は強引に話を進めてしまったのかもしれない…。少し後悔した。QOLを上げることはできても、QOLを下げることは難しい。いくら新居の中が、新しいキッチンなどで快適であっても、都落ちする自分が受け入れられない母。
プライドが高いと思う。しかし、「みんなが羨む『住みたいまち』に住んでいる。」という陶酔が、母の原動力、生きる力となっているのだ。母はこのまちで生き生きしている。確かに、新天地では、残念ながらあの派手なスカーフは映えない。
家を建てるということは、たくさんの人とお金が動く。二世帯住宅だと規模も大きい。時間もかけて進み、後に引き返しにくい中、母が出した結論だ。父も納得しているのであれば、尊重しなくてはいけないと思う。
時は経ち、建物は無事に完成した。しかし両親は住まず、本当の意味での二世帯住宅は完成していない。
通勤が遠くなるのに、親からの子育ての支援がなく、正直きつい。でも、完全分離型とはいえ、親がいたら、マスオさん(夫)は気を遣うし、しばらくは単世帯を満喫しよう。と思うようにした。
気を取り直して、こだわりを詰めたマイホームに住む。
新居への引っ越し日。私は満面の苦笑いをしていた。
目の前で、兄嫁が荷ほどきしていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考えるエッセイにするつもりです。スキをいただけたら、連載したいと思います。応援よろしくお願いします!
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