銀河鉄道を追いかけて ♯5


5th stop さまよう銀色の少女

 真吾がしばらく歩いているうちに、草原の向こうに、白くて大きな砦が見えてきました。

「真吾くん。あれが、少女の砦ですよ」

 よだかがくちばしでそれを指しながら言いました。真吾も、それを真っ直ぐに見据えます。砦は、青く暗い空を背中に、月の光のようにぼんやりとしてうつくしい光と、そのなかにところどころ細かく砕いた水晶を散りばめたような透き通った光を放っているのでした。

「ありがとう。行ってくるよ」

 真吾がそう言うと、よだかは心配そうに4度ほど真吾の頭の上を飛んで回り、真吾の決意に満ちた顔を見おろしました。

「ぼくは近くにいますから、どうか気をつけて行っていらっしゃい」

 よだかはそう言うと、きしきしきしきしと鳴いて、翼で空を切りながら、高く飛び上がりました。銀河の輝くもやを鋭く切り裂くようにして小さくなっていくその姿を見ながら、真吾はまた呟きました。

「よだか、どうしてかな。やっぱりお前は、マサに似てるよ」

 

 真吾は、地面に敷かれたサファイアやトパーズやルビーを踏みしめながら、砦に向かって歩いて行きました。正人と一緒に河原でみたものと違って、どれも冷たく、ひやりとしているようでした。砦の入り口では、白い木と金具でできた大きな重い扉が、開け放たれて固定されています。真吾は少し息を吸って、吐いて、両手を固く握りながら、そのなかに一歩、足を踏み入れました。

「そんな風にびしょ濡れの格好で、私のお城に入ってこないで」

 上の方から、かわいらしい声が降ってきました。姿は見えませんが、それは間違いなくラムネ売りの少女の声でした。真吾は立ち止まりました。真吾の頭のなかに、正人が少女に胸を刺された場面がよみがえりました。真吾は上を見上げ、声のした方を睨みました。

「おい、マサをどうしたんだよ! どこへやったんだ!」

 真吾は激しい調子で叫びました。虚ろに広い空間に、真吾の声は不自然なほどに反響しました。

「さあ、このお城のどこかに居るんじゃないかしら。好きに探したら?」

 少女の冷ややかな声がしました。真吾は、こみ上げてくる怒りを、どうにか拳のなかに収めました。正人のところへ辿り着くのが先か、少女を見つけて問い詰めるのが先か、分かりませんでしたが、真吾はとにかくこの砦のなかを探すことにしました。

 建物のなかの床や壁も、どこもかしこも真っ白でした。靴に当たる感触は硬く、真吾が足を踏み出すごとに、甲高い靴音が立ちました。

「マサ! マサ、どこだよ!」

 真吾は大声で叫びましたが、正人の声は返ってきません。銀色の少女も、あれきり何も言ってこないようでした。真吾は走り出しました。長い距離を全速力で走っているときのように、呼吸が荒くなっています。天井が高く空洞のような一階の円い広間から螺旋階段を上って二階へ行くと、扉のないアーチ型の入り口が三つ、建物の形に沿って円を描くように並んでいました。廊下の先に階段はもうありません。真吾は今上ってきた階段の一番近くにある部屋に飛び込みました。

「うわっ、なんだ?」

 一歩足を踏み入れた瞬間に、真吾は、かーんという大きな音に驚きました。真っ白で、傷も曇りもひとつもない大理石の壁と床が響かせた音でした。部屋のなかには、銀の象嵌細工の施された白い陶器の花瓶がいくつも並び、花が活けられていました。それらの花瓶は白く塗られた脚の細い机の上に置かれていて、まるで迷路のようにこの部屋を飾っているのでした。野ばらや、りんごや、ひな菊や、ユリや、ランなど、いろいろな花が活けられていました。どういうわけか、花々の香りが、まるで香水のようにあまりに強くむせ返るように部屋を満たされていて、真吾は顔をしかめました。

「なんなんだ、これ……」

 真吾は、そっと野ばらの枝の一本に触れました。すると、白い花びらは、まるで薄い氷でできていたかのように、ぱりんと割れて散ってしまいました。

 

 一つ目の部屋でそれ以上のものを見つけることはできなかったので、真吾はそこを出て、隣の部屋に入りました。入ってすぐの場所に、白熊のような牙の大きな動物の毛皮が置かれていました。この部屋の壁や床は、石灰石でできていました。部屋のなかを見回すと、青や水色や紫のなめらかな絹のクッションや、やわらかそうな毛織物の幾何学模様のタペストリー、細やかに花の模様が彫り込まれた飾り棚などがあります。ふしぎな青っぽい木製の飾り棚のなかには、いくつか金の小箱があって、中身を見せるように蓋を開けて置かれていました。丸い虹を霧のなかに閉じ込めたようなオパール、くっきりとこちらをにらむ模様の浮かんだキャッツアイ、血潮のように赤いガーネット、涙を凍らせたトルマリン、紅色のバラ輝石、夕暮れの空を捕らえたようなアメジスト、森の木々の緑のようなヒスイ、夜色のラピスラズリなど、たくさんの宝石と、指輪と、首飾りがあふれていました。ごちゃごちゃと一所に集められた宝石たちは、かえってその美しさを互いにかすませて、少しも魅力的には見えませんでした。真吾は、青いオニキスの腕輪をそっと持ち上げて、なんだか寂しい気持ちになりました。

「ほんとうは、どれもきれいなもののはずなのにな」

 真吾がそっと腕輪を箱に戻し、顔を上げると、向こうの壁にいくつも鏡が掛かっているのが見えました。大きな鏡や、小さな鏡、いろいろな形の鏡があります。なかでもひときわ大きな鏡を見ると、ひびが入って割れていて、鋭く尖ったかけらがいくつも落ちていました。近づくと、なんとなくひんやりとした空気を感じます。真吾はすぐに、これが、少女が正人を刺したものだと気づきました。この部屋にも、これ以上のものはありませんでした。真吾は奥歯を噛みしめて、急いできびすを返し、部屋を飛び出しました。

 

 三つ目の部屋に飛び込んで、真吾は、その寒さに驚きました。その部屋は、壁も床も氷でできていました。真吾が滑ったりしなかったのは、氷が解けないくらいに、この部屋が寒いからなのでした。入ってすぐの壁には窓があり、その下には寝椅子が置かれていました。その椅子の上に、人の姿がありました。背もたれによりかかり、投げるように体を預けていたのは、正人でした。

「マサ!」

 真吾は喉を詰まらせそうになりながら駆け寄りました。正人はゆっくりと顔を上げて、黙って真吾の方を見ました。暗くて冷たい、無表情な、氷のような視線でした。真吾は必死になって、正人の肩を掴みました。

「どうしたんだよ、マサ! 怪我はないのか?あいつは、どこなんだ?」

 正人は真吾の問いには答えずに、無言のまま、ふいと視線だけを落としてしまいました。真吾が見た限りでは、傷は見当たりません。刺されたはずの胸を見ても、服すら破れておらず、わずかな血もついていないのです。正人があの少女に何をされたのか、どうしてこんな風になってしまったのかはわかりませんでした。正人には、聞いているものも、見ているものも、何も届かないようでした。

「マサ、お前はここにいろよ」

 真吾はさらに部屋の奥を見ました。ここから先はきらきら光るビーズを繋げて垂れ下げたようなカーテンで仕切られていました。真吾は乱暴にそれを掻き分けて、なかに飛び込みました。ちゃらちゃらとビーズ同士がぶつかり合う音がしました。とても冷たく、真吾はすぐにそれも氷でできているのだと気づきました。

 入った先に真吾が見たのは、やはりあの時のラムネ売りの少女、銀色の少女でした。銀色の長い髪、銀色の瞳、透き通るように白い肌、すそのひらひらした素朴なスカート。見た目には、無邪気で純粋そうな少女にしか見えません。少女のそばには白い鳥かごがあって、銀色のような青いような、うつくしい鳥がいました。鳥は止まり木の上で、鈴のような音を鳴らして羽を震わせています。少女はその鳥を見ながら、口元に笑みを浮かべて、かごをゆらゆら揺らしていました。その笑顔は、最初に会った時の愛らしい微笑みではなく、とても冷たい笑みでした。少女は、レリーフのように壁に彫られた椅子に、脚を組んで腰かけています。

「ああ、来たの。好きに座ったら?」

 少女は真吾をちらりと見て、言いました。真吾は表情を硬くして、少女を睨みつけながら言いました。

「お前、マサに何をしたんだよ。あのラムネ……毒でも入れていたのか?」

 少女は、真吾を見据えて、小馬鹿にしたような表情を浮かべました。

「ねえ、知らない人と話したり、ものをもらったりしちゃいけないって、お母さんに言われなかった?」

 真吾がかっと頭に血が上って、言い返そうとすると、少女はするりとそれをすり抜けるようにして、言いました。

「見て」

 少女は、自分の座っている椅子の後ろの方から、何やら取り出しました。ガラス細工の塊のような、鉱石の結晶のようなもののなかで、ふしぎな光が、ふわふわ、ちかちかと、様々な色を放っていました。それは、少女の手のひらの上で、磁石のおもちゃのように浮かんでいました。

「きれいでしょう」

 それは、ほんとうにうつくしいものでした。真吾は、今まで見てきた部屋にあったものを思い出しました。少女はこんなふうに、うつくしいものばかりを集めているのでしょう。

「ふふっ、これはね、あの子の心臓なの」

 少女はにっこりと笑いながら、真吾にガラスの塊を差し出しました。真吾は少女の言った意味がわかりませんでした。それから、あの時、正人が鋭いナイフのような鏡のかけらで胸を刺されたのを思い出し、青ざめました。

「どういう意味なんだ」

 真吾が聞き返すと、少女は、ビーズのカーテンの向こうへ呼びかけました。正人が、靴音も立てずに、静かに現れました。正人は、真吾の方を見ることもなく、少女の方を見るのでもなく、歩いてくると、少女の目の前で立ち止まりました。そのまま正人は、棒のようにただ、立ち続けました。

「彼にはね、もう、心臓がないの。ここにあるから」

 少女は、手のひらの上のガラスを見ながら笑いました。正人はぴくりとも反応しません。少女は新しい銀色の鳥かごを取り出して、きらきら光る正人の心臓を、収めました。真吾の胸に、また、ふつふつと怒りが沸いて来ました。

「マサを返せ。なんでこんなことするんだ」

 少女は黙って、真吾の顔を見ました。そして少しだけ、唇を噛みました。

「関係ないでしょう。そのうち、この空っぽのお人形も、そこの石炭袋に捨てちゃうから。欲しいなら、持って帰ったら?」

 少女は窓の外の暗黒星雲を指してつまらなさそうに言い、それから鳥かごに入れたガラスの塊に目をやりました。

「私が欲しかったのは、こっち。教えてあげましょうか?」

 真吾は何も言わずに、ただ少女を睨みつけました。少女はそんな真吾の様子を見て、おかしそうに笑いました。その笑顔が、ラムネを売っていたときの、あの純真な少女の姿と重なって、真吾は頭がくらくらしました。

「普通ね、心臓を取り出そうとしたら、体から出した瞬間にとけて消えてしまうの。ずいぶん前に、北極星に聞いたのよ。でもね、こうしているうちに、見つけたの。この子みたいに、自分で上手に外側に殻をつくっている心臓があるでしょう。それだったら、こんな風に取り出しても、とけたりしないのよ」

 少女は、かごの目越しにガラスをつつきました。正人の心臓だというそれは、つつかれたのに合わせて、ふわりと動きました。それから、風船よりも軽い動きでかつんと壁にぶつかって、また元のように鳥かごの真ん中あたりへ戻ってきて、浮かんでいるのでした。

「人間の心臓って、とてもうつくしいの。人によってそれぞれ、まったく違う色や輝きの移ろいを持っていて。この世で一番きれいなものなのよ。ねえ、見せてあげる」

 少女はそう言って真吾の手を取ると、少女が座っていた椅子から左に壁沿いに進み、奥にある小さな青い扉まで、引っ張っていきました。少女の手はまるで温かさがなく、けれども冷たくもなく、その感触に、真吾は思わずぞっとしました。

 少女は、首飾りのように紐に通して服の内側にきちんとしまっていた鍵を取り出すと、青い扉を開きました。それからまた、真吾の手を持つと、なかへ引っ張り込みました。

「ほら、ごらんなさい」

 真吾は、息を吞みました。そこは森の匂いに満ちた部屋で、暗い天井からとめどなく何か白いものが降っていました。真吾は一歩踏み出して、足を滑らせて、転びました。

「うわっ!」

「あら、何をしているの」

 少女は真吾の手を持って真っすぐに立ったままで、真吾を見下ろして言いました。真吾は、床を濡らす冷たいものを触って、呆然としながら言いました。

「なんだ、これは……」

「見てわからないの。みぞれよ。雪だって降るわ。何がふしぎなの」

 ぐいと強く引っ張って少女に立たされ、真吾はやっと、この部屋いっぱいに飾られているものに目を向けました。

 それは、いくつものガラスの塊でした。大きなもの、小さなもの、角ばった柱のようなもの、丸いもの、赤い光を放つもの、緑の光を放つもの、黄色いもの、青いもの、いくつものガラスの塊が、浮かんでいました。それらがめいめい、ぺかぺかと光を強めたり弱めたりを繰り返しているのでした。上から降ってくるみぞれが、それより前に積もったのだろう雪を濡らし、雫が流れて落ちていました。真吾は何気なく、すぐそばのガラスの塊に被さっている雪を、手で払いのけようとしました。

「触らないでちょうだい!」

 突然、少女が真吾の手を叩いて、激しい口調で言いました。

「どうなるか、わかっていないのね」

 真吾は黙って手を引っ込め、再び部屋中を見渡しました。いくつも、いくつも、少女はこれだけの人々の心臓を抉り出してきたというのでしょうか。怒りに震えている真吾を見て、少女は肩をすくめました。

「気に入らないようね。じゃあ、あっちの部屋に戻りましょう」

 少女はまた丁寧に、扉に鍵をかけました。そして元の部屋に戻ると、真吾の方へ向き直って、言いました。

「これで、気は済んだでしょう」

「待てよ」

 真吾は少女にそう言いながら、正人の目を見ました。視線は合っているのに、その目は真吾を見ていませんでした。真吾は泣きそうな気持ちになりながら、少女に言いました。

「俺は、マサを返してくれって言ってるんだ」

 少女は肘掛けに頬杖をつきながら、ふしぎそうな顔をしました。真吾は銀色のかごを見ながら、もう一度言いました。

「マサを返せって、言ってるんだ。どうしてお前の勝手で、マサや色んな人たちが、心臓を取られないといけないんだ!」

 真吾が叫ぶと、白いかごの銀色の青い鳥が、ひと声だけ高く鳴きました。少女が、おどろいた顔をして、そちらを見ます。かちゃりと小さな音がして、正人の心臓が入った銀色のかごの小さな扉が開きました。真吾は迷わず大股でぐんぐん駆け寄ると、かごを奪って抱え込み、きらきら光るガラスを掴み出しました。

「あっ!」

 次の瞬間、冷たいガラスは、真吾の手のなかで、しゅっと音を立てて、とけて消えてしまいました。ガラスの内側にあった光があふれて、ぱあっと目まぐるしく光を放ち、それもあっという間に消えてしまいました。そしてもう、真吾の手のなかには、ひとかけらのガラスも、光も、残っていませんでした。すべては一瞬のできごとでした。

「そんな!」

 真吾が叫ぶと、少女は椅子から立ち上がりました。そして、ひどく乱暴に真吾の手を掴んで言うのでした。

「なんてことをしたの! あなたがとかしたのよ! あなたが! あなたが! ああ、そうやって後悔なさい! はじめから何もかも、あなたのせいなんだから!」

 少女は投げるようにして、真吾の手を放しました。そして駆けるように部屋を出ていきました。

 真吾はひとり部屋に残ったまま、頭が真っ白になっていました。もう、取り返しがつきません。正人の心臓が消えてしまったのです。真吾はうつむいて、それから、泣きそうな顔で正人を見ました。ずっと、かかしのように立ち尽くしていた正人が、真吾の方を見ました。

「真吾……?」

 正人が、心配そうな様子で真吾を呼びました。どうしたことなのか、真吾がもう一度、その声を確かめようとしたときでした。

「もういい。こうなったら、あなたの心臓をもらうわ」

 少女が、ビーズのカーテンを掻き分けながら、戻ってきました。右手には、大きな鋭い鏡のかけらが握られていました。

「あなたのような心臓は、取り出してすぐに消えてしまうのだけれど。そのかわり、取り出した瞬間に見える光が、それは、とてもうつくしいのよ。どんな心臓よりも一番。ああ、はじめから、そうすればよかったんだわ!」

 真吾が抗う暇もなく、少女は真吾の左胸に鏡のかけらを刺し込みました。刺された瞬間、真吾は胸からいっぺんにいろいろなものが流れ込んでくるのを感じました。ちぎれそうなほど強く締め付けるような感覚、冷たく刺すような感覚、熱く焼かれるような感覚、すべてが麻痺したような虚ろな感覚、ずたずたに引き裂かれるような感覚、すべてを感じきることができずに、真吾ははち切れてしまいそうでした。

 少女は容赦なく、さらに深くぐぐぐとかけらを押し込んでいきます。真吾は呼吸の仕方を忘れそうでした。どうにか一つ、浅く息を吐いて、真吾はその場に倒れ込みました。けれども少女は、はひどく動揺して、呟きました。

「どうして……?」

 鏡のかけらが、とけてしまったのでした。ほんとうなら、鏡のかけらはさくりと胸のなかに入って行って、このまま心臓はきれいに取り出されるはずだったのに。

「ありえない……知らない……こんなこと」

 少女は目を丸くして、真吾を見ていました。今までに、鏡のかけらで心臓を取り出せなかった人間はいなかったのです。

 真吾は床に伏せて、自分の心臓に流れ込んできた感情のために、ぽろぽろと涙をこぼしていました。その様子を見て、正人がちょっと表情を動かしました。真吾は胸のあたりをぎゅっと押さえて、嗚咽を抑えながら、吐き出すように、言いました。

「ばかやろう。正人の、ばかやろう。こんなときだって、こんな風に苦しい時だって、なんでお前は、言ってくれないんだ。俺、そんなに頼りないかな。俺、何にもできないのかな」

 鏡に封じ込まれていた様々な心の痛みでいっぱいになって、真吾は苦しみ、うなだれ、頭を抱えて泣いていました。鏡のかけらをとかせないくらい硬い、鏡のかけらと同じ温度の正人の心臓のまわりのガラスの殻を思って、真吾は、自分がなにもできていないのだと思い、悔しくて、情けなくて、歯を食いしばりました。

「真吾」

 正人が、真吾の傍に歩み寄り、そっとしゃがみ込みました。真吾が驚いて顔を上げると、正人は、ぽんと真吾の肩に手をのせて言いました。

「ごめんな。ありがとう」

 正人も、真吾に泣くなよと言いながら、泣き出しそうな顔をしていました。少女は正人と真吾の様子を、呆気にとられたまま見ていました。そして、にわかに表情をゆがめて言います。

「どうして? どうして、心臓が戻ったの?」

「それは、きみが心臓と呼んでいるものは、人の身に、ただ一つしか宿らないものではないからですよ」

 どこかから、声がしました。正人と真吾は、はっと顔を上げました。真吾は、その声に聞き覚えがありました。少女は白い鳥かごを振り返って、驚きと怒りの混じった声を上げました。

「ああっ!」

 鳥かごの中にいた青い銀色の鳥が、ぶるぶるっと羽を震わせ、翼を広げました。すると鳥は、かるく30センチにはなりそうな大きさになったのです。その鳥が、きしきしきしきしっと高く叫ぶと、かごは砕け散ってしまいました。鳥はその場から飛び出すと、高く羽ばたきました。

「星を捕まえておくことなんて、できると思ったのですか」

「よだか!」

 真吾は叫びました。そのうつくしい小鳥は、よだかだったのです。正人は、驚いて、戸惑ったような顔をしています。真吾は、もう大丈夫だと正人にうなずいて見せました。

「ぼくは、ぼくの居るべき場所へ帰ります。そしてこの子たちも、居るべき場所へ帰してあげます。居るべき場所へ!」

 そう言うとよだかは、右足で正人を、左足で真吾を掴んで、高く飛び上がりました。よだかは、そのままぐんぐん高く上がると、部屋の天窓に突っ込みました。少女が何か叫びましたが、よだかはまったく気にも留めませんでした。真吾は、ひ弱そうなよだかの足が心配でした。

「なに、平気ですよ」

 そんな真吾の様子を悟って、よだかは笑いながら言います。そうして、まるで流星のように、銀河鉄道の路線を目指して、飛んで行ったのでした。

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