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【短編】差出人のない手紙 1

 差出人のない手紙を拾った。
 宛名はあるし、住所もきっちり書いてある。けっこう綺麗めな、斜め右上がりの字。中学二年生の俺・一条省吾でも読める字ばかり。住所は隣の市だから、配達途中に飛ばされたのだろうか。それとも、路上のポストに投函しようとした誰かが落とした?
 周囲を見渡すも、早めの夜空が広がる住宅街には誰もいないし、郵便バイクも走らない時間帯だ。俺はしばらく悩んだのち、それを家に持ち帰った。
親の部屋にこっそり入って、古びた分厚い道路地図を広げる。紙の地図なんて小学校以来だけど、前に助手席で地図広げて壊れたカーナビ代わりをしたことがあるし、地理の成績はまあよかった方だから多分大丈夫。

「さ……佐山市、杉……すぎ……あ、あった。ここか」

 自宅からの距離はよくわからないけれど、郵便物の宛先は地図上の同じページにあった。自宅が市境い近くにあるせいか、一直線で結ぶと人差し指一本分。ぐねぐねしてる国道を通っても、指二本といったところか。これなら冬休みを使えば自転車で行けるかもしれない。どうせ正月は餅ばっか食ってないで運動しろって先生に言われているし。

「おっしゃ。俺はこの冬休み、『郵便屋』になるっ」

 そう、これは十四歳の俺が自ら挑んだ、愛と冒険の物語だ。


 両親には「自転車で日帰り旅行してみる」と言って、郵便物のことは黙っておいた。バレても怒られないだろうけど、なんとなくこの大役を大人に横取られそうな気がして言えなかった。

「水筒と、おにぎりと、タオルと手袋。あと上着があればええか」
「万が一の時のために、スマホは持って行ってや」
「ん。あー、モバイルバッテリー貸して」
「自転車で旅行とか言って、ホンマはそのへんでずっとゲームするんとちゃうん? 省吾はいっつも引きこもってゲームか動画しか見ないインドア男だし」
「えーっ、外ではゲーム禁止よ」
「うっせえ。わかってっし、ゲームなんかするわけねえよ、バカ姉!」

 日頃の行いだなどと、思い当たる節がないこともない。だが人の事情も知らずに適当なことを言われるのは不愉快だ。さっさと出発するに限る。
 一応地図はスマホで撮ってみたけれど、分厚い本のノド部分は影が映り込んで見にくい。隠れてこっそり写したからか、肝心の目的地も途切れかけている。まあかろうじて見えているからこれでいいだろう。現地についたら、表札をみて一軒一軒しらみつぶしに探せばいい。なんなら、地元の人に聞いてみようと思う。
 いつも通学で使う大きめのリュックにタオルと地図、それから水筒とおにぎりを雑に詰める。最後に手紙をこっそり放り込んで、ファスナーを閉じ背中にかける。毎日背負う教科書より断然軽い。

「行ってきます!」
「はいはい、気を付けて。暗くなる前に帰ってね」



 天気は快晴。気温は五度。肌に触れる空気はキンと冷たいが、よく当たる日光が温もりを同時提供してくれる。まずは校区を抜けて、駅前へ。ここまではいつもの通学路。
 この先は走ったことのない国道に入る。校外学習のバスや親の送迎で何度か通った道だから見覚えはあるけれど、いざ自分の運転で走ってみると少し視界が違う。
 田んぼと山に囲まれた自然豊かな街並み。田舎臭い地元の風景。いつもと変わらないのに、なぜか新鮮な気持ちで見つめながら軽快に走る。
 やがて大きな十字路交差点に差し掛かると、宛先と同じ地名『佐山』が青い道路標識に載っていた。ここまでのルートは間違ってない――だが思わず足を止め、看板をじっと見つめた。

「上に書いてあるってことは……このまままっすぐってことか?」

 地図で何度もシミュレーションしてきたが、ここでは左に曲がると思っていた。赤信号で止まっているものの、俺はいきなり詰んだ気分だ。

「うそやろ、出発早々……」

 俯きどうするか悩んでいると、漆黒のしなやかな身体が突如自転車の前タイヤを横切った。

「……!」

 真っ黒なボディから目だけがぎょろっと浮き出て見える。黒猫だ。猫は好きだけど、一瞬不気味な物体に見えて慄いてしまった。奴は素知らぬ顔を決め込んで、俺が行こうとしていた左側道をしゃなりと歩いていく。

「止まってるからって自転車の前に飛び出すなや。あっぶねえ」

 思わず独り言で愚痴を吐いたら、まるで返事でもするかのように「にゃあ」と小さい声が聴こえてきた。何だそれ、反省してるってことか。それとも。

「……こっちで合ってる、って言ってんのかな」

 青信号と先を進む黒猫。再度見比べてから、俺は都合よく解釈して自転車のハンドルを左に切った。


 どれくらい進んだのかわからないが、見渡す限り田んぼだらけで、標識も全く出てこなくなった。車の通りも少ない。寂れすぎて誰もいないせいか、キコキコと鳴るペダルの音が無駄に大きく聞こえてくる。
 猫に釣られて進んだ俺が悪かったのか。

(そういえば黒猫に横切られたらなんて意味やっけ……?)

 ただの都市伝説かもしれないが、何か不吉な予感がして俺は再び自転車を漕ぐ足を緩めた。確か地図上では直線道なりだったから、曲がることなくこのままで合っているはずなのだが……。スマホで撮った地図の写真をもう一度眺めつつ、片手で自転車を操縦していると、急に「そこの自転車!」と大声で呼び止められる。
 ドキッとして振り返ると、隣にいつの間にか警察の白バイが並走していた。
 えっ、俺のことか? うん、俺しかいないわな。

「スマホ見ながら自転車を運転するのはあかんよ、止まりなさい」

 えええええ、今ちょっと見ただけなのに。タイミング最悪。もしかして俺、いきなり逮捕されるとか⁉ どうしよう。だが『スマホのながら運転』はだめだって怒られるのは間違いない。警官はバイクを速やかに止め、俺の自転車を逃げられないよう掴んできた。

「君、どこから来たの」
「名前は?」
「小学生か、中学生か。どこの学校や?」

 完全に補導モードだ。俺の心臓は、猫に出会った時以上にバクバク高鳴っていた。今どこを走っているのか調べたくて地図を見ていたと必死に言い訳するも、「そういう時は、止まってから見なあかん」「学校で習わんかったか?」の冷たい一言が返ってくるだけ。ああ……きっと黒猫に会ったのは、何か不吉なことが起きる警告だったんだ。
 本気でへこんでいると、「もし横から急にお年寄りが出てきたりして、気づかんと当たって怪我でもさせたら……」とくどい説教まで始まった。はあ、ついてない。このまま警察に連れて行かれるんだろうか。それとも家に電話されて親呼び出し?
 黙りこくってマイナス思考に陥っていたら、警官が「ところで」と話題を変えてきた。

「今どきの子はスマホのアプリで地図を見ながら走るのか。カーナビみたいな」
「えっ、いや……アプリは通信料かかるし親に怒られるんで、地図の写真撮ってきて」
「へえ、そんなとこはアナログなんやねえ」

懸命に考えた俺の作戦をがははと笑い飛ばす警官にムッとしかけたが、ここで反論したらほんとに逮捕されかねないので必死に我慢した。

「で、どこ行きたいって? 道わからんのなら案内しよか」
「……え、えっと。佐山市」
「自転車で? 随分遠くに行こうとしてるんやなあ」

 遠くっていうけど隣町じゃないか。写真にとった目的地の地図を見せると、警官はううんとスマホを前後させながら場所を把握したらしい。「この道をずっとまっすぐ走って、途中で大きい踏切を超えたら大きな国道に出る。そこからは車通りもそこそこあるし、歩行者用道路もないから、ここと違って危ないぞ」と教えてくれた。

「田んぼの畦道を通り抜ける方が安全だけど、遠回りで迷うからなあ」
「ここには初めて行くんか。山の中の日陰は凍結してるか、雪が残ってるぞ、水たまりとか通ったらあかんで」
「冬休みに自転車旅行か。おじさんも昔やったわあ、懐かしい」

 色々とこの先の道について教えてくれるのはいいのだが……だんだん世間話になってきた気が。ところで俺って、どうなるんだよ。いつまで足止め食らうんだ。

「誰かに会いに行くんか?」

 そわそわしているのがバレたのか、そう聞かれて俺は返答に詰まった。拾った郵便物、本当は落とし物だから警察に届けるべきなのかもしれない。本当のことを言うかどうするかで俺の思考は激しく葛藤した。
 だが俺の顔を見た警官は、うすら笑いを浮かべて肩をどんと叩いた。

「青春やな! じゃ、事故のないように気を付けて」
「えっ」

 警官は一方的に話を終えると、そのまま白バイに跨り立ち去って行った。
 俺はどうやら放免されたらしい。急展開すぎてしばし思考がついてこなかったけれど、解放されたとわかった途端、一気に疲労感がこみ上げてきた。

「よっ……よかったあ……」

つづく


2021年「差出人のない手紙」さくら怜音 著

合同誌「差出人のない贈り物」寄稿作
ライト文芸/青春/ブロマンス

7/28 文学フリマ香川1で頒布する新刊に収録予定です

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