一番星が見えなくなっても。Part.2
「広告表現論」のゼミナール。
田舎の山頂のキャンパスに通って2年。
教養課程の単位は取れそうだ。
春からは都心のキャンパスへ移れる。
やっとだよ。長かったな。
ゼミナールの選抜が始まった。
「広告表現論」のゼミは一番人気。
経済学部と経営学部の学生が、高い倍率に挑む。
「どうせ無理だから、入れそうなとこにするわ。」
受けずに諦めるヤツもいたけど、挑戦するしかない。
このゼミに入るために、この大学を選んだんだから。
選抜会場は、入りきれない学生で溢れていた。
予想より多いな。
長い待ち時間。
10人づつ呼ばれて、別室に入っていく。
僕らの順番が来た。
教授を中心に、一列に座る先輩たち。
裁判所みたいだな。
「何でもいいので、1分で自分を表現してください。」
右端の学生から1人づつ、自己アピールが始まった。
出身地。志望動機。特技。いま打ち込んでいること。
英語でスピーチする学生もいる。
普通に話すだけでは、埋もれるな。
「じゃあ、次の人。」
僕の番だ。
椅子から立ち上がって、先輩たちに伝えた。
このゼミで広告を勉強したくて、この大学を選びました。踊ります。
即興のストリートダンスに、拍手と歓声が上がる。
ウケてもしょうがないけど、覚えてもらえたかな。
合格者は8名。
最初の顔合わせで、4年生に声をかけられた。
「ブレイクダンス踊った子だよね。Sさんが教授に強く推したから選ばれたんだぜ。感謝しろよ。」
Sさん。
面接で教授の隣に座っていた4年生の女性だ。一番優秀な人らしい。
あの、ありがとうございました。
「この子は絶対入れなきゃダメって思ったから、教授に言っただけ。
私にそう思わせた、あなたの力よ。自信もって。自分らしくね。」
あんな面接でも、伝わる人には伝わるのかな。
よくわからないけど、入れてよかった。
好きだけど、好きになれない。
高2でパイロットを諦めて、CMクリエイターになるって決めてから、テレビは、CMを中心に観てきた。
あれから5年。やっと勉強できる。
広告の研究にハマった。
面白い。
商品コンセプト。市場調査。ターゲット設定。他社商品との差別化するためのイメージ戦略。イベントプロモーション。テレビCM。
15秒で「欲しい」と思わせる手法、こんなにあるんだ。
いつしか、広告作品の全てから、制作者の意図が読み取れるようになった。
テレビCMはもちろん、電車の中吊り広告からビルの看板まで、一瞬でわかる。
さすがだな。でももっと良くできそう。どうすれば、もっと良くなるかな。
採点して、改善点を考える。
通学の電車で、バイトに向かう街中でも、いつもやってた。
やり過ぎたのかも知れない。
ある日突然、限界を超えてしまった。
気持ち悪い。
目に見える全てのモノから作り手の「念」が飛んで来る。
逃げられない。
テレビCMの女性タレントも、かわいい動物も、広告代理店がクライアントにプレゼンしたんだ。
ライバル会社の商品より多く売って、より多くの利益を得るために。
マーケティング資料やグラフまで見えてしまって、その商業的すぎるエネルギーにやられてしまう。
そんなこと、初めからわかってたじゃないか。
地元のスポーツ用品店の店主の話を聞いてCMクリエイターを目指した時から、わかってたよな。
いまさら何言ってんだ。しっかりしろ。
心の奥の正直な僕が、小さい声で何か言ってる。
広告は好きだけど、広告代理店の人間を好きになれない。
あの雰囲気が苦手。好きになれないんだ。
自分の本心だった。
じゃあ、しょうがない。
木造の風呂無しアパートの畳に転がって、茶色い天井を見上げる。
そろそろ就職活動はじめなきゃいけないのに、また、先が見えなくなった。
留年したら奨学金が止まって退学だから、もう決めなきゃな。
バイトとダンスと広告の研究ばかりやってたから、成績は卒業ギリギリだ。
広告しかアピールポイントがないのに、代理店には就職したくない。
どうすればいい?
進む道が見えなくなった。
冷静になって考えろ。何かあるはずだ。
壁に当たった時は、基本に戻ればいい。
俯瞰して、客観的に。
レベルは全然違うけど、そういえば、
司法試験に受かったヤツの進路って、弁護士だけじゃないよな。
検事とか、裁判官にもなれるはず。
広告マンって、代理店と制作会社だけじゃないよな。
そうか。クライアントだ。
広告を発注する側になればいいんだ。
一番好きなメーカーに就職して、宣伝部員になろう。
また、光が見えた。
(1987年。23歳。)
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