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一番星が見えなくなっても。Part.1

赤点をとってしまった。
高2の中間テスト。物理Ⅰ。
100点満点で29点。屈辱の追試験は、1週間後だ。

点数よりもショックなのは、理系の適性がないこと。
薄々は感じてたけど、とうとう証明されてしまった。
もう、認めるしかない。

保育園の頃から、パイロットになりたかったのに。
物理で赤点を取るようでは、航空大学校には入れない。

物理だけじゃない。
最近は、数学の授業も、苦痛になってきたんだ。
インテグラル(∫)に小さい数字が付く数式を黒板に書いていく先生。
この人の頭の中、どうなってんだ。
後頭部を見ながらそんなことを思うのは、授業について行けてない証拠だ。
数ⅡBに苦戦するようでは、数Ⅲはもっと無理。
高3からのクラスは理系を選択したけど、やっぱ文系に変えた方がいいな。
パイロットになりたいなんて子供みたいな夢はもう、諦めるんだ。
諦めて、普通の大学へ行けばいい。

でも、それでいいのか。俺。

急に真っ白な霧に包まれたように、未来が見えなくなった。
自分の橋だけが、川底に落ちてしまったようだ。
目指していた星を失って、どこへも進めない、僕がいた。

あと数年で、社会人。
仕事をしてお金をもらうとは、何かのプロになること。
野球でお金をもらうのはすごく大変。理容師だってそうだ。
早く決めなきゃ、間に合わない。
何になるか早く決めて、それを学べる大学へ行くんだ。

大人は、自分の仕事、どうやって決めたのかな。
訊いてみよう。

どうして今の仕事を選んだんですか?

「鉄工所の長男だから。継ぐしかなかったよ。」
「実家が、梨園だからね。」
「爺ちゃんも親父も警察官だったからさ。」
「子供の頃から、学校の先生になるのよ。って育てられたから、かな。」

みんな、そんな理由なんだ。

僕は床屋の長男だけど、理容師にはならないよ。
家を出たいから。

死んだ父さんは、農家の3男に生まれた。
身体が弱かったから、電器店を辞めて床屋になったんだ。
母さんは農家の次女。床屋を選んだのは、男と同じ金額を貰えるから。
僕が店を継ぐのは望んでない。
進学して、自分がなりたい仕事に就けって、言うんだ。
本心は、わからないけどね。

高校から自転車で帰る途中で、雨が降って来た。
どんどん強くなる。
こりゃ、土砂降りになるぞ。
スポーツ用品店の屋根下に逃げ込んだ。雨足が弱くなるのを待ってたら、
「濡れるぞ。中へ入んな。」
おじさんが、店へ入れてくれた。

グローブ、バット、スパイク、サッカーボール。
おじさんはきっと、スポーツが好きだからこの仕事を選んだんだな。
好きなことでお金を稼げるって、いいよな。
そうだ。この人にも、訊いてみよう。

どうしてスポーツ用品屋さんになったんですか?

「兄ちゃん、少年野球やってたかい?」

はい。6年生まで。ファーストでした。

「子供はさ、毎年大きくなるからさ、合うグローブも変わってくんだよ。
だから、ポジションとか、体格とか、握力とかを見てあげてさ、一番合うグローブを教えるとか、してあげたいと思ったんだな。」

じゃあ、夢が実現したんですね。良かったですね。

「まあな。でも、あんまり楽しくないな。最近は。」

どうしてですか?

「子供がさ、『○○○のグローブ下さい。』って言うんだよ。野球始めたばっかりだし、握力もないから、革が柔らかいグローブ勧めてもさ、『○○○がいい。』って言うんだわ。
親御さんも子供が欲しい物を買ってあげたいから、手の大きさだけで選ぶ。でもさ、それじゃあ、俺じゃなくていいんだよな。お客が欲しがる物を売るだけなら、うちの嫁さんでもできる。それだと、面白くないよな。」

どうして、そうなっちゃったんですか? 

「コマーシャルだろうな。テレビの。スター選手が『僕も使ってます。』なんて言うんだから、欲しくなるのはわかるよ。革が固くて、子供には向かないけどな。」

雨が上がった。
スポーツ用品店のおじさんに御礼を言って、自転車で走り出す。
なりたかった仕事でも、面白くなくなるって、あるんだな。

家に帰ると、テレビにコマーシャルが流れていた。
そっか。これのせいか。
子供の頃、光線銃がすごく欲しかったのを思い出した。あれも、CMだな。

その日から僕は、CMを真剣に観るようになった。
そしてだんだん、面白くなってきたんだ。

たった15秒の動画に、購買意欲を掻き立てる工夫が詰まっている。
売りたい商品によって、出てる人も違う。
アイドル、動物、赤ちゃん、野球選手。そのイメージを植え付ける。
歌で商品名を覚えさせる。
最後に会社のマークを出して、ブランドも覚えてもらう。
店にはCMと同じポスターを貼って、
「あっ、これ知ってる。テレビで観た。」
CMを思い出す。
こうして、子供が「〇〇〇のグローブを下さい。」と言うようになるんだな。面白いな。

そうか、それなら、テレビコマーシャルを作る人になろう。
なんか、ワクワクしてきた。

高校2年の夏、僕の夢は、パイロットから、CMクリエイターに変わった。
クリエイティブなんて言葉は、まだ知らない。
白い霧が晴れて、違う星に照らされた新しい道が、見えた気がした。

(1981年。17歳。)


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