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推しの効用

 幼い頃、フリフリのドレスで歌い踊るアイドルに憧れて「アタシも歌手になりた〜い」と笑いかけた時、明治生まれの祖母が真顔で返した言葉は衝撃的だった。

「河原乞食になんてなるもんじゃない」

 当時、その意味を理解していたわけではないが、”河原乞食”かわらこじきと言う言葉が放つ、明らかな侮蔑の臭いを今でも鮮明に覚えている。その昔、芸事を見せて金銭を乞う芸能人は、士農工商の更に下の身分として蔑まれていたそうだ。

 芸能人に憧れ、ヘタすりゃ”神”と崇める現代では考えられないような時代だ。

厳しい批評との真剣勝負

 昭和には「お客様は神様です」という流行語があった。元ネタは大御所歌手”故・三波春夫”のライブMCだ。これをお笑い芸人がパロってお茶の間に拡散し、客の理不尽なクレームや要求にも媚びへつらうフレーズと誤解されたまま大流行した。

 真意は「神様である客に完璧な芸を見せる!」と言うプロの矜恃だが、紛れもなく”神”は客の方だった。

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五輪や万博のテーマソング歌うほどの国民的歌手だった

 当時、耳の肥えた客は、芸の出来が悪ければたとえ公演中であろうと野次や退席は当たり前だったという。

芸がまずければ「下手くそ! 聴いてられないぞ!」と、お客様が舞台に上がって来てサッサと幕を引いてしまわれるような、目や耳の肥えたお客様ばかりでした。(略)舞台に立つ時は常にお客様との真剣勝負でした。

三波春夫公式HPより

 欧米では今でもそうかもしれない。容赦ないブーイングや酷評がある代わりに、素晴らしいパフォーマンスには惜しみない喝采が待っている。生温い忖度のない、プロの演者と批評的な視点をもった客の”ガチンコ勝負”が芸を鍛えあげてきた。

 かのエミネムでさえ初ライブはトラウマになるほどのブーイングを食らったと語っているし、オペラやクラシックコンサートではわざと靴音を立てて席を立つなどもよくある話らしい。

推しとファンの立ち位置

 今ではネットやサブスクの普及で大衆のパワーは分散し、時代を象徴するような大スターも生まれづらい。だが、規模の大小こそあれ常に”ファン”という存在がエンタメやカルチャーを支えているのは確かだ。

 推しがアイドルやミュージシャンの場合、曲に聴き惚れ写真に見惚れ、SNS投稿に漏れなく絡み、ライブやイベントにも通い、カラオケで歌い、カバー動画をあげ、CD、DVD、写真集、グッズを買い、関連情報をせっせと拡散。

 さらに、髪型やファッションを真似たり、ファンアート、聖地巡礼、誕生日や記念日の一斉お祝い投稿などをも欠かさない。新作発表に沸き、熱愛・結婚報道に沈む。

 こういったいわゆる”推し活”はたから見ると、主従関係において”主”である”推し”に、”従”であるファンが盲目的に翻弄されているかのよう見えるが、果たして本当にそうだろうか?

 実は老いも若きも、”推し”と言うツールを使った無邪気なお遊びを楽しんでいるだけだと思う。つまり主体はファンの方にもあり、飽きたらすぐやめられ、推し変も推し増しもファン次第。そこにはなんの制約も、また誓約もない。

 もちろん、生きがいと言えるほど没頭している人も多いだろう。だがそれは、読書、ゲーム、スポーツなどと同じく”夢中になれる趣味”の範疇なのではないか?人生を豊かに彩る大切な”遊び”だ。

 ”推し活”を楽しむ”ファン”、そして、その応援を糧とする”推し”。そこからまた新しいカルチャーやトレンドが生まれるのかもしれない。

 仕事や学業や生活を圧迫しない”適度な距離をキープ”できていれば、この推しとの「対等」な関係性はとても健全で、平和で、そして自由だと思う。

度を超えた崇拝と盲信

 ところが、”推しへの愛”の暴走を時々見かけることがある。「恋は盲目」状態に陥り、”推し”から発信されるすべてを脊椎反射で受け入れ、盲信し、貢ぎ、無闇に布教しまくる姿は、カルトやマルチの信者を見るようだ。

 最悪なのは、マナー違反や不正行為、プライベートの詮索、また、頼まれもしないのにそれらを始終監視し叩く者…。この軋轢が生むファン同士の罵り合い。ブクブクと膨張した愛やら正義やらが腐敗臭を撒き散らす。

 先日、ニューズウィークが報じたハンガリーの学術調査結果は非常に興味深いものだった。*元の調査報告書はこちら

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教育水準や所得水準などの違いを考慮しても「セレブ崇拝の高さと認知能力の低さのダイレクトな相関は、弱いが一貫して見られる」という。

ニューズウィークより

 この研究では推しへの崇拝度を3段階に分けている。

1:エンターテイメントソーシャル(ES)
 「推しは今何してるのかな?」と考えたり、ファン同士で推しについて語り合うのが好きというレベルのライトなファン。

2:インテンスパーソナル(IP)
 寝ても覚めても推しが頭から離れず、推しのことを考えたくない時でもつい考えてしまう熱狂的なファン。

3:ボーダーラインパソロジカル(PB)
 境界病理学的、つまり病的なまでに心酔してしまっている状態。推しに頼まれたら犯罪に手を染めるかもしれないレベル盲信者だ。

 「病的?自分は大丈夫さ!」と思っていても、例えば、クラブで大好きな”推し”に遭遇し、一緒に飲んだり踊ったりできたとする。嬉しすぎて舞い上がってる時に「もっと楽しもうよ!」とドラッグを勧められたら断れるか?

 犯罪まで行かなくても、CDを大量に買い込んで山に廃棄する、あるいは組織票を表立って煽動するなどの行為を”愛”と勘違いするようになるとかなりヤバい。

 やめたいのにやめられない中毒の恍惚感、それはそれで当人にとっては幸せな沼落ちかもしれない。先の調査でも過剰な推し活が知能低下の明確な原因だとは結論づけていない。だが、研究者はこう注意喚起している。

It suggests that it might be wise to carefully monitor feelings for one’s favorite celebrity, keeping in mind that most celebrities are human beings who have some flaws just like average persons have.
ほとんどの芸能人が一般人と同じように欠点もある普通の人間であることを忘れず、”推し”に対する自分の気持ちを注意深く見守ることが懸命かもしれませんね。

心理学および神経科学のニュースサイト
PsyPostより

 楽しい推し活もオーバードースに陥れば、アルコールやギャンブルなどの依存症と似たような道を辿るのかもしれない。

ファンの語源は狂信者

 そもそも、ファンという言葉の語源はFanatic、つまり”狂信者”と言う意味

 例えば、米津玄師はファンと言う言葉をほとんど使わない。わざわざ「俺のことを好きでいてくれる人」と表現。「神にもカリスマにもなりたくない」と発言する真意はそこにあるのかもしれない。

 また、プリンスはライブMCで「I am here. Where are you?(俺はここにいる。お前はどこにいるんだ?)」と問いかけた。その意味を「プリンスの言葉」の著者である二重作拓也はこう解説している。

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それってプリンスからのメッセージで、
「お前らもそんな群衆に埋もれてないで、
もっと影響を与える側の人間になれ」

って煽っている。

ほぼ日刊イトイ新聞より

 プリンスはどんなときも、「俺は自分の自由を愛するし、同じようにあなたの自由も愛する」というスタンスだったと言う。(二重作拓也:談)

 彼は熱狂的に追いかけ回し、ただ求めるだけの人をファン=狂信者と呼び、プリンスのスピリットや哲学を理解し、自分の道を自分の足で歩もうとする人を「ファム」と呼んだそうだ。

ファムとはファミリーという意味だ。

推しの有効活用

 「街中で推しに遭遇するかもしれないからいつもキレイにしてる」と言うツイートを目にしたことがある。推しが美容やオシャレのモチベーションになっているのだ。これは、推しを通じて自分を磨くと言う1歩進んだ”推しの効用”だと思う。

 もし、この人が実際に推しに会え、サインをもらい、一緒に写真でも撮れたら「召される・・・」ほどに嬉しいだろう。夢にまで見た瞬間だ。

ただ、どうせならもうちょっと欲張ってもいいんじゃないか?

 特に若い世代は、これから推しに影響を与える側になれる可能性が大いにある。

 プリンスの「お前はどこにいるんだ?」も、米津玄師の「もっと俺に歩み寄ってきてくれ」と言うMCも、俺をもっと推してくれと言う意味ではない。あなたの夢、やりたいことのモチベーションアップに「俺を使え」と促しているように聞こえる。「あなたの人生の主役はあなただ」と。

 推しに求めるだけではなく、求められ何かを与える存在になるために、「芸能界やメディアや広告など、推しに会えそうなギョーカイに入らねば!」なんて、直接的じゃなくてもいい。

 とにかく自分の得意なこと、好きなことをただひたすらにやればいいと思う。そして、その世界で一目おかれる存在になればいいのだ。推しに気付かれ、興味を持たれるほどに。

 ”推し”も普通の生活者、生身の人間だ。ご飯も食べれば、病気や怪我もする。服やら何やらいろいろ買うし美容院やジムにも行く。様々な趣味だってあるだろう。

 顧客にセレブが名を連ねるマッサージ師やトレーナー、美容師、フローリスト、パティシエ・・・。著名人御用達のショップ、クリニック、飲食店・・・。あらゆる職業でご指名が入る。

 今、この瞬間もあなたの推しが”アポを取っている誰か”がいるかもしれない。

 最近では、福島在住の19歳のデジタルアーティストが、SNS投稿をきっかけに、USトップラッパーのアルバムを手掛けるまでになり、HipHop界で大注目を浴びている。

 もはや世界でさえ、こんなに狭い。国内スターなど目と鼻の先ではないか?多くの時間や労力やお金をかけて一生懸命に”推す”力を、誰よりも自分自身に向けることが、案外、”推し”に通じる最短距離かもしれない。 


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