米津玄師が歌う最も身体的な曲はコレ!
「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと」<第34章>
*<プロローグと第1章〜33章+番外編Vol.1〜3>は下記マガジンでご覧ください。↓
ボーカロイド界で名を馳せていた”ハチ”が、生身の人間”米津玄師”としてリリースした最初のアルバム「diorama」から今年で10年となる。
この10年間で”ミステリアスな孤高のアーティスト”から、確かな”身体性”を獲得し、音楽家としてだけでなく人間的にもリアルな存在感が増してきたように思う。
この記事では、「diorama」から最新シングル「M八七」までの全94曲の歌詞に含まれる身体部位、内蔵、体液や分泌物など肉体関連の言葉を抽出して分析してみた。
*”口をつく、背中合わせ”などの慣用句を含む。ただし、”手放す・手に入れる、背伸び・背丈、目の前”などは除いた。
身体関連の歌詞が入ってる曲が9割
全94曲中、ほとんどの曲に何かしらの身体関連ワードが入っている。全く使っていないのは以下の6曲のみ。
抄本
ディスコバルーン
懺悔の街
砂の惑星
でしょましょ
ETA
全体の9割を超える88曲にカラダ関連ワードが261回も登場する。
*同楽曲内の同語重複は除く
まず、全身を意味する「体(カラダ)/身」という言葉は16曲で17回使用。全身を覆う皮膚は「肌」と「皮」が各1回。臓器では「肺」「心臓」「胃」「脳(扁桃体等含む)」「静脈」が使われている。
体液は「血」と「涙」が多く「汗」はない
「髑髏」を1回使用しているものの「骨」はなく「肉」もない。また、体液・分泌物では「血(6曲)」や「涙(14曲)」をはじめ、「唾」「羊水」を使っていたが「汗」はなかった。書くまでもないがRADWIMPS、SEKAI NO OWARI、桑田佳祐等がシレっと使っている「精液」「愛液」などの性的ワードもない。
目に見える部位では、上半身(腕・手含む)が75%を占め、特に首から上の頭部・顔面関連の言葉が多く使われていた。
全体の4割以上を占める頭部・顔面の部位
再頻出ワードは目元に集中
最も多かったのは、目/まなじり/瞳/眼/目玉/瞼/睫毛と目元関連ワード。表からは見えない「水晶体」も含めると実に44回も使用されている。
ちなみに「目」と「眼」の違いは「目」が瞼や目尻・目頭も含む目全体を指すのに対し、「眼」は白目を含む眼球を意味し「目玉」と同意である。さらに「瞳」は黒目部分のこと。*本来は瞳孔を指す。
米津はこの微妙な差異を理解し適切に言葉を当てはめているようだ。例えば、「MAD HEAD LOVE」の「目が冴える」「白魚の乾いた眼」は同じ「め」という発音でも漢字表記を変えている。
「orion」に出てくる「眼」と「瞳」という2種類の「眼球」の表現には深い後悔と喪失感が詰まっている。
離れゆく恋人を改めて見つめた時、初めて彼女の瞳が淡い色であることに気づいたのかもしれない。眼(眼球)から瞳(黒目)へと焦点を絞ることは、彼女の本心にピントを合わせることだったのではないか?
「鼻」から伝わる距離感
鼻は5回使用している。フラミンゴの「鼻垂らし」は鼻水のことで(体液に分類すべきかも知れないが)、他の4つは慣用句ではなく身体パーツとしての「鼻」を指している。特徴的なのは「鼻先」にポイントを限定している3曲だ。
「馬と鹿」はラグビーのスクラムのように共に闘う者たちの鼻先を、「PaleBlue」と「眼福」は恋人同士の親密度を表している。”鼻先”という単語ひとつで物理的、心理的な至近距離の体温が伝わってくる。
「口」はほぼ全てが慣用句
「口」は12曲に登場するが、”口を開いた”、”口をつく”、”口をつぐんだ”など、発言を意味する慣用句がほとんどだ。「ブルージャスミン 」の”口をつけた”だけが飲食を表している。
以前、この記事でも書いたが、米津は「唇」と言う言葉を1回も使用していない。*「PLACEBO」のリップは今回のデータには含めたが、おそらく唇そのものではなく、口紅やグロスの輝きを指していると思われる。
唇を含む口元には、飲食物や息、言葉の出入口という機能性だけでなく、器官のフォルムや構造にどこか色っぽさがあるものだが、米津はセクシーパーツとしての「口」関連ワードを一切歌詞にしていない。
他に口周りでは、「舌」は「ひまわり」で”舌打ち”として表現されている。「歯」は使用していない。
他に顔面パーツで使用していないのは「額・おでこ」「顎」「こめかみ」「眉間」「眉・眉毛」「髭」。また、齢31歳の米津の歌詞に「皺」はまだ一度も登場していないが、今後、加齢とともにそのような言葉が使用されるのか興味深い。(米津より若いKing Gnuは使っているけどw)
目元の次に多かったのは手にまつわる言葉
「手・掌」は32回、「指」は6回登場
「手」は”伸ばす”、”触れる”、”つなぐ”、”とる”につなげていることが多い。
米津にとって「手」は言葉よりも確かに他者と自分を繋ぐ重要なツールなのかも知れない。伸ばした手が相手に触れ、そして繋ぎ、互いに取り合って歩むこと。それが愛や友情、そして救いへと続く絆なのだろう。
そんな大切な手が”汚れていくのでしょう”と歌うカムパネルラには、贖罪にも似たSTRAY SHEEPの祈りが浮かび上がってくる。
胸=心、そこに何かが残り、住んでいる
胴体部では、「胸」が最も多く15回使用されているが、ほぼ全てが胸そのものではなく、「心」と同意である。ただ、「orion」では恋人の「胸」が”眩しくて少し目眩がする夜もある”と歌い、「PaleBlue」では”あなたの腕、その胸の中”と恋人に抱きしめられたい女性の想いを叫んでいる。
胸と表現された心の中にあるものは、”うまく伝わらない想い(Nighthawks)”だったり、”消えちゃいそうな光(打上花火)”、”一番星(かいじゅうのマーチ)”、”嵐(春雷)”、”夢(飛燕)”、”苦いレモンの匂い”だったりと多彩だ。
「腹」は、「Loser」では”空かしている”が、「Moonlight」では”いっぱい”になり、「TOXIC BOY」「wooden doll」では”抱えて”笑っている。
その他の部位の使用回数は下記を見ていただきたい。
*巻末には全データの曲別一覧表を添付しておく
身体部位ワードが多い曲トップ3
まず、アルバム別で見ると、最も多いのが「YANKEE」。15曲全てで身体関連ワードを使用しており、その総数は62にも及ぶ。
曲別では、8つの身体ワードが出てくる「ホラ吹き猫野郎」と「百鬼夜行」が同列3位である。2曲ともYANKEEに収録されており、どちらも和の匂いがするスチャラカハチャメチャ酔っ払いソングだ。
1位は11の身体ワードが入った「春雷」
衝撃的な一目惚れを春の雷に喩えたこの曲には11の身体ワードが出てくる。その多くが外見的な女性像に言及している。
米津の歌に登場する女性像は内面的な描写がほとんどだ。「アイネクライネ」や「メトロノーム 」のようにMVのイラストに描かれていたり、実際の女性を登場させた「Pale Blue」のMVもあるが、歌詞だけでその容姿を具体的に表現しているのは春雷が唯一と言ってもよいだろう。
声をかけられ振り向いた瞬間、その蒼い眼に心奪われ、雷に打たれたように恋に落ちた男。頬に触れただけで壊れ、消えそうなほどに白い肌。動くたびに揺れる嫋やかな黒髪の女。ふっと優しく微笑む目。深みにはまり翻弄されていく男。
米津は頭の中に浮かんだ映像から歌を書くことが多いと言う。この時、米津が思い浮かべていた女性の「蒼い眼」が、もし比喩ではなく実際の瞳の色だとしたら、歌詞の条件に合うのはこんな感じの女性だったのかも知れない。(筆者の勝手な想像です)
ノンタイアップでシングルリリースもされていないにもかかわらず10万DLを突破し、MV再生回数が1億4000万回を超えている隠れたヒット曲「春雷」。その人気の秘密はこの身体的なリアリティをリスナーが無意識に感知したからではないだろうか?
読んでいただきありがとうございます。
ファンが待ち望むライブもまた身体性の究極表現の場。
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<Appendix>