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夏ピリカグランプリ入賞作品

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2022年・夏ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#短編小説

ちがうふたり、

 「とりさんだ!」  街中の入り乱れた電線に留まっていると、ふと下から声がする。俺たちを指差して少女は嬉しそうに笑った。俺たちと同じ奴らなんてどこにだっているんだぜ。こんなの珍しくもない姿だろうに。  「おげんきですか」  俺らが話せないともわからず話しかけてくるのだろうか。普段は人間の言葉なんて雑音にしか思っていなかったが、キラキラな眼を余計に輝かせている気持ちに応えたくなった。気まぐれなんだ。俺だけじゃないぜ。鳥ってやつはみんなさ。俺は大きく羽根を広げる。どうだ。こ

鏡の国の父 【#夏ピリカ:つる・るるる賞受賞】

「あ」 ひっそりと呟いた声を聞き咎めたのか、リーダーの佐原が、郁美を振り返った。 「三上さん、どうかしたの」 「あ、いえ、父が・・・」 「お父様――」 軽く眉をひそめている。 説明しなければ、と思い、郁美はあわてて言った。 「あそこに立っているの、私の父なんです」 「え、でも、あなたのお父様って」 「はい、そうなんです。また、出てきてしまって。すぐ帰るように、言ってきます、大丈夫です」 「大丈夫って、どうするの」 「はい、鏡がありますから。となりの紳士服売場の鏡を動かせば、何

太陽と月のエチュード|夏ピリカグランプリ応募作|

『ハルのピアノが大好きよ。私はいつだってあなたの一番のファンなんだから』   鏡の中でハルに顔を寄せ、お母さんは笑った。肩を抱いてくれた手のひらが、じんわりと温かかった。   念願の音楽大学に合格した日、お母さんは飲酒運転の車にはねられて死んだ。 鏡に映った自分の泣き顔を、ハルは力任せに叩き割った。 以来、ハルのピアノから感情が消えた。   音大生となったハルは、機械になったようにピアノを弾いた。無表情で次々と難曲を弾きこなす姿は、他の学生たちを遠ざけた。 試験が迫った日

父の幽霊|酒の短編11

鏡の中、ひと月前に死んだ父が映っていた。 深酒をした真夜中。湧きあがる尿意に始末をつけ、手洗いの鏡を見たときのことだ。 自分の姿を見間違えたのではない。その後ろにいるのだから、幽霊の類だろう。酔いと血縁のせいか、不思議と怖さはない。 晩年は色々あり、ひとり別に暮らしていた父。私や実家の母たちも含め、年に一、二度会うぐらい。行き来は少なかった。 「部屋の片付けを、あと黒猫……」 心残りでもあったのか、そんなことを言い残し父は消えた。 気づくと朝。夢だと思うけれど、ど

ツケ払い、ニャー【短編創作】

「で、払ってくれる?あの女の借金1,000万円」 突然の取り立てに、父親は困惑していた。 昼過ぎの休憩時間。 さっきまで、スマホで好きなお笑いコンビのネタを観ながら笑っていたのに、今は怒りに体を震わせている。 「こんな小さな定食屋に、そんな額を払えるわけがないだろ!」 父親は抗うが、借金取りは首を横に振る。 「保証人の欄にサインと印鑑がある。これ、あなたのだよね?」 見せられた書類を奪い取った父親の顔は、みるみる青ざめていく。隣にいた母親は泣き崩れた。 「また」だ。

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな

アンドロギュノス/夏ピリカ応募

アレンとアデルは双子の兄妹として十五年前、王室で生まれた。ふたりの見た目は瓜二つであった。時を経るにつれ、ますますそっくりに、そして美しく成長した。互いの性の象を除いては。 ふたりはたびたび鏡の前に並んで遊んだ。 「私がお兄さまで、お兄さまが私みたいね」 「裸になればばれるさ」 「ふふ」 世話係が遊び相手を連れてきても、すぐにふたりきりになってしまう。 「ねえお兄さま。ロミオとジュリエットを読んでくださらない?」 アデルが草の庭に寝転びながら、アレンを見上げる。 

【ショートショート】ミラーリング・インフェルノ【夏ピリカ】

私が「サソリの串揚げ…」と呟いた瞬間の、リサの眉間の皺を私は見逃さなかった。 私とリサの三連覇が掛かるミラーリング・チャンピオンシップの準決勝。私は勝負に出た。 ミラーリングは、相手のしぐさや言動を鏡のように真似をするのがベースだ。しかし、近年のミラチャンは意外性にも重きを置く。私達は二連覇しており、審査の目が厳しい。息が合うのは当然。予定調和だけでは勝てない。 準決勝の会場がこの中華料理店と発表された時、裏メニューでサソリがあるのを私は知っていた。エビチリや青椒肉絲を