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私が太りやすいのは生まれつき?

『私、太りやすい体質なんですよ。水を飲んでも空気を吸っても太るんです。』

時々耳にする決まり文句である。多くの人は肥満は『意志』の問題だと思い、『こいつは自分に甘いやつだ』と解釈する。しかし、医学的には必ずしもそうとも言い切れないことが分かってきたのだ。

一部の医師も含めほとんどの人が『食べ過ぎ』は意思の問題だと思っている。しかし、人間の食欲はホルモンの複雑なメカニズムによって制御されており、単なる意志ではなく、生化学的な反応であると言える。そしてそのホルモンのバランスは、生まれつきの要因や生後の環境(糖質過多etc.)など様々な影響を受けて決まっている。

今回は生まれた後の食生活や運動習慣がもたらすホルモン制御の変化には触れず、生まれつきの(お母さんのお腹の中にいる時から決まっている)要因についてお話する。

近年、子供の肥満はものすごい勢いで増加し、国際的な社会問題となっている。そしてこの原因の一つとして、生まれつき太りやすい赤ちゃんが増えている可能性が指摘されている。これを説明する理論として注目を浴びているのが、DOHaD仮説(ドーハ仮説)である。

DOHaDとは、Developmental origins of Heath and Diseaseの略であり、「将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の栄養を強く受けて決定される」という概念である。(※1)

これは、1980年代から1990年代にかけて「低出生体重児は成人期に糖尿病や高血圧、脂質異常症などメタボリックシンドロームを発症するリスクが高い」という研究が相次いで報告されたことをきっかけに浮上した概念であり、イギリスのBarker医師が提唱した「胎児プロミング仮説(子宮内で低栄養に曝露された胎児は栄養を蓄える方向に体のメカニズムを変化させる)」をより広義に言い換えたものである。

DOHaD仮説は、「発達過程(胎児期や生後早期)における様々な環境により今後の環境を予測した適応反応(Preventive adaptive response)が起こり、その折の環境とその後の環境との適合の程度が将来の疾病リスクに関与する」とまとめられる。(※1)

つまり、妊婦さんが十分な栄養を取らないと、お腹の中の赤ちゃんは『この世界は栄養が少ないから、なるべく栄養を溜め込まなきゃいけないんだ!』と感知し、ホルモンのメカニズムを遺伝子レベルで変化させ(エピジェネティクスと呼ばれる領域)、なるべくエネルギーを蓄える方向に体質を作りあげることが分かってきたわけだ。言い換えるならば、なるべく動かず、エネルギー消費を少なくし、食べられる時に沢山食べる(満腹感を感じにくい)ような体質が出来上がってしまう。

このような赤ちゃんが現実世界で成長したらどうなるだろうか?今の豊かな日本には食べ物が十分すぎるほどに溢れ、栄養が少ない世界とは程遠いものです。エネルギーを蓄える体質でこの世界に生きることとなれば、肥満はなかなか避けられないだろう。

以上の通り、『太りやすさ』はお腹の中の栄養状態で決まっている可能性が高い。低出生体重で生まれたことが肥満やメタボリックシンドロームをきたすリスクになる可能性を知り、特に食事や運動など生活習慣に気遣うことも大切だ。

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ここからは少し応用的な話。

胎内での低栄養は肥満だけでなく、高血圧や冠動脈疾患、糖尿病、脂質異常症、脳梗塞など様々な疾患のリスクを高めることが分かっている。

これについては肥満自体が原因となっていることに加え、医学的にはもう一つの要因が考えられる。

赤ちゃんが最優先で作らなけらばならない臓器は何だろうか?答えは、「脳(中枢神経系)」である。

お腹の中で低栄養に晒された(お母さんが栄養を十分に取らなかった)赤ちゃんは、エネルギーを優先的に脳に送ろうとするため、腎臓や膵臓など末梢の臓器には栄養が行き届かない可能性がある。これによる臓器発育不全が大人になってからの生活習慣病を引き起こしている可能性が考えられているのだ。

例えば腎臓のネフロン数の減少(=腎臓が十分に育っていない状態)は高血圧や腎臓病のリスクを上昇させることが分かっており(※2)、膵臓のβ細胞(インスリンという、血糖を細胞に取り込み血糖値を下げるホルモンを分泌する細胞)の容量減少(=膵臓が十分に育っていない状態)は、2型糖尿病のリスクを上昇させることも分かっている。(※3)

こう見ていくと、お腹の中にいた頃の環境が、大人になった時の太りやすさや病気へのなりやすさにかなり関連しているらしいことが分かってくる。勿論、生まれた後の生活習慣が重要なことは間違いないが、中には本当に生まれつき太りやすい人、生活習慣病になりやすい人がが存在する、ということは知っておいても損はない。今の生活習慣を見直すだけでなく、過去の状態を知ることも、予防に繋がるのである。

つくづく生命とは凄いと感じるし、遺伝って凄いと感じるし、お母さんたちって凄い。

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<参考文献>

(※1)昭和大学DOHaD班 http://www10.showa-u.ac.jp/~dohad/explanation.html

(※2)Luyckx VAら. Effect of fetal and child health on kidney development and long-term risk of hypertension and kidney disease. NCBI https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23727166

(※3)Christopher Jら. Type 2 Diabetes-a Matter of ß-Cell Life and Death? Science. https://science.sciencemag.org/content/307/5708/380.full

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