見出し画像

中国は米国の最大挑戦者 日本に必要な「拒否的抑止力」|【WEDGE SPECIAL OPINION】台湾統一を目論む中国  「有事」の日に日本は備えよ[INTRODUCTION]

今年8月のペロシ米下院議長の訪台に、中国は大規模な軍事演習で応えた。「台湾有事」が現実味を増す中で、日本のとるべき道とは何なのか。中国の内情とはいかなるものか。日本の防衛体制は盤石なのか。トランプ政権下で米国防副次官補を務めたエルブリッジ・コルビー氏をはじめ、気鋭の専門家たちが、「火薬庫」たる東アジアの今を読み解いた。

文・小谷哲男(Tetsuo Kotani)
明海大学外国語学部 教授
日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。


 エルブリッジ・コルビー氏は米国を代表する戦略家であり、トランプ前政権で国防戦略をとりまとめ、ペンタゴンの最優先課題を対テロ戦争から中国との戦略的競争に切り替える上で中心的な役割を果たした。政権を離れた後も、米国が中国との競争に勝つためには、拡大を続ける人民解放軍の能力を効率的に無力化することに資源を集中的に投資する必要性があると積極的に発信している。

 幼少期を日本で過ごしたコルビー氏は、日本人に対しても安全保障に関してより現実的に考えることを求めている。それは、中国による台湾侵攻によって日本列島も攻撃を受ける可能性が高まっているからだけではない。人民解放軍が戦力投射能力を高める中、中国がアジア、そして太平洋で覇権を打ち立ててパックス・シニカ(中国の平和)を実現すれば、日本も中国の政治的影響下に置かれてしまうからである。

 中国の国力が米国と肩を並べるようになる一方、米国は中国との競争に必要な資源をアジア以外で浪費している。米国はロシアとウクライナの戦争に直接介入はしていないものの、膨大な額のウクライナ支援をし、北大西洋条約機構(NATO)の強化にも注力している。コルビー氏の持論は欧州の安全保障は欧州に任せ、米国は最大の挑戦者である中国に全力で向き合うべきというものである。米国が欧州に関心を奪われている間にも、中国は着々とアジアでの覇権を確立しようとしているからである。

 中国の覇権を阻止するために、コルビー氏は日本が自らの防衛力を強化することで日米同盟を揺るぎないものにしなければならないと考えている。日米と共にクアッドを形成する豪印や、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)などとの安全保障協力の必要性を否定するわけではないが、いずれも潜在的能力や戦略的関心の面で日本に代わる米国のパートナーになることはできない。日本だけが、アジアにおける米国の真の同盟国になれるというのである。しかし、これまでのように国内総生産(GDP)の1%程度の防衛費では、日本は自国の安全を保つことも、米国の期待に応えることもできない。むしろ、米国民を失望させ、同盟を弱体化させてしまう。

 しかも、日本に残された時間はわずかであるとコルビー氏は警告する。米国の情報機関の見立てでは、中国の習近平国家主席は2027年までに台湾を侵攻する能力を整えるように人民解放軍に指示を出したとされているが、侵攻の決断を下したわけではない。むしろ、非軍事的手段による台湾統一を優先している。しかし、27年は習近平主席の3期目の最終年であり、大きな成果が求められる年である。また、人民解放軍の建軍100年という節目の年でもある。米中の経済力が逆転することも予想されており、習近平主席に台湾への武力侵攻を決断させないため、日本も防衛力を急速に強化し、抑止力を高める必要がある。

 習近平主席は、ロシアによるウクライナ侵略から多くの教訓を学んでいるはずである。国際社会は侵略行為を強く批判したが、ロシアに制裁しているのは欧米諸国が中心で、アジアでは日本や韓国、シンガポールを除いて多くの国が慎重な姿勢を崩していない。国際経済における中国の比重の大きさを考えれば、中国は経済制裁を恐れることなく台湾への武力侵攻に踏み切れると結論づけるかもしれない。

 一方、ロシアの軍事侵略はウクライナの激しい抵抗に遭い、当初の目的を達成できていない。この事実は台湾人を勇気づけており、中国が台湾に侵攻するとしても台湾人の抵抗を考慮せざるを得ないだろう。しかし、ウクライナの抵抗を支えているのは主に欧米諸国からの武器や弾薬の支援である。米国は台湾への武器供与を加速化させようとしているが、中国としては米国の支援によって台湾の自衛能力が高くなる前に武力侵攻を前倒しする方がいいと考える可能性がある。

 さらに、中国は全面的な武力侵攻以外の手段によって台湾に圧力をかけることができる。ペロシ米下院議長の訪台に強く反発した中国は、直後に台湾周辺で事実上の海上封鎖演習を実施した。このような演習は短時間で準備できるものではなく、以前から計画されていたことは間違いない。台湾封鎖が演習の名目で頻繁に繰り返されるようになるとすれば、限りなく黒に近いグレーゾーン事態となる。

中国はペロシ米下院議長の訪台に強く反発し、直後に台湾周辺で事実上の海上封鎖演習を実施した (HANDOUT/GETTYIMAGES)

防衛費を増額すれば解決するのか?

 日本はどうすればコルビー氏の期待に応え、対中抑止力を強化することができるだろうか。まず、防衛費の増額については、すでに日本政府の既定方針となっている。今後5年ほどで対GDP比2%近くまで伸びるであろう。しかも、ウクライナ侵略を目の当たりにして、各種世論調査では過半数の日本人が増額を支持するようになっている。この世論の支持は政府にとって得がたい〝戦略的資産〟である。

 しかし、防衛費は増やせばいいというわけではない。それを効率的に使い、抑止力を強化することがなによりも重要である。コルビー氏が日本に求めているのは「拒否的抑止力」、つまり中国の攻撃を無効化・限定化する能力の強化である。具体的にはミサイル防衛、対艦ミサイルや潜水艦、基地の抗堪性、そして弾薬や燃料などの継戦能力である。

 日本政府はすでに拒否的抑止力の強化に取り組み始めており、ミサイル防衛に関してはイージス・アショアの配備断念によって新たにイージス搭載艦の建造が進められようとしている。これは自衛隊史上最も高額な装備になることは間違いない。だが、最終的にいくらかかるかわからない代物である。このため、費用対効果の面から見直しが望ましい。米国はグアムに固定式ではなく移動式のイージス・アショアの配備を計画しており、日本も同様のシステムを追求するべきである。

 拒否的抑止力には「敵基地攻撃能力」あるいは「反撃能力」も含まれるが、それは移動式のミサイル発射台を破壊するためではなく、滑走路や港湾施設を攻撃して人民解放軍の爆撃能力や封鎖能力を無力化するために必要となる。そのためには、現在政府が考えている対艦巡航ミサイルの射程延長ではなく、飛翔時間も短く破壊力も大きい中距離弾道ミサイルを導入しなければならない。すでに開発が始まっている極超音速滑空兵器も反撃能力として使えるが、中国が1000発以上の中距離ミサイルを配備していることを考えれば、早急に数をそろえて「ミサイル・ギャップ」を埋める必要がある。

 以上の措置は、日本の〝ヤマアラシ化〟と換言してもいい。敵に太く長い針で反撃をするヤマアラシは長年、台湾の防衛に例えられ、現在も台湾のヤマアラシ化が進められようとしている。同じ第一列島線に位置する日本は、これまで短く弱い針しか持たないいわばハリネズミであったが、今こそヤマアラシにならなければ手遅れになる──。これこそが日本人が耳を傾けるべきコルビー氏の警告である。

出典:Wedge 2022年11月号

ここから先は

0字
一つひとつの記事をご購入いただくよりも、「マガジン」(450円)でご購入いただくほうがお得にご覧いただけます。

今年8月のペロシ米下院議長の訪台に、中国は大規模な軍事演習で応えた。「台湾有事」が現実味を増す中で、日本のとるべき道とは何なのか。中国の内…

いただいたサポートは、今後の取材費などに使わせていただきます。