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主戦場となるサイバー空間 〝専守防衛〟では日本を守れない|【特集】日常から国家まで 今日はあなたが狙われる[Part2]

いまやすべての人間と国家が、サイバー攻撃の対象となっている。国境のないネット空間で、日々ハッカーたちが蠢き、さまざまな手で忍び寄る。その背後には誰がいるのか。彼らの狙いは何か。その影響はどこまで拡がるのか──。われわれが日々使うデバイスから、企業の情報・技術管理、そして国家の安全保障へ。すべてが繋がる便利な時代に、国を揺るがす脅威もまた、すべてに繋がっている。

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「宣戦布告」はなく、平時から事実上の〝開戦〟状態となるハイブリッド戦争。近隣諸国がサイバー戦力増強を進める今、日本は自国の脆弱性を直視し真正面から向き合うべきだ。

文・大澤 淳(Jun Osawa)
中曽根康弘世界平和研究所主任研究員
慶應義塾大学法学部卒業、同大学院修士課程修了。専門は国際政治学(戦略評価、サイバー安全保障)。外務省政策調査員、米ブルッキングス研究所客員研究員、内閣官房国家安全保障局参事官補佐、同局シニアフェローを経て現職。


 台湾や朝鮮半島など日本の周辺地域で、安全保障環境が急速に悪化している。

 台湾有事や朝鮮半島有事が起きれば、戦闘機はもとより、ミサイルが飛び交うことも想像に難くない。しかし、実際の危機は、こうした目に見える兵器が登場する以前の平時・グレーゾーンにおける「サイバー空間」から始まる。そこに「宣戦布告」はない。これが現代の戦いを象徴する〝ハイブリッド戦争〟であり、平時から静かに忍び寄ってくるのである。

 ハイブリッド戦争が注目されたのは、2014年のクリミア危機において、ロシアがウクライナ領・クリミア半島の無血占領に成功したのがきっかけであった。クリミア危機の最中には、インターネットや携帯・固定電話の遮断をはじめ、電磁波によるウクライナ軍の通信遮断、政府ウェブサイトのダウンなどといったサイバー攻撃が発生した。加えて、ロシアはロシア語メディアやSNS上で「民族主義者による虐殺でクリミアのロシア人に危機が迫っている」などというフェイクニュースの拡散などの手段を用いて「情報戦・心理戦」も並行して行っていた。

 下図は、平時から有事にかけてのハイブリッド戦争の様相を図式化したものだ。重視されていることは二つある。一つは有事に兵器によって敵の軍事目標を破壊する以上に、平時からの情報戦で相手社会の団結や意思決定を混乱させることである。もう一つは、グレーゾーン以降、サイバー戦で通信など重要インフラの麻痺を起こし、相手の継戦意思を失わせることである。

図ハイブリット戦争

 ハイブリッド戦争の一環として行われる情報戦は、社会の分断や政府機関の信用失墜など、情報操作によって社会を攪乱し、弱体化させることを目的としている。先述したクリミア危機におけるロシアの作戦は、結果的に住民投票に影響を与え、戦うことなくクリミア半島の併合に成功したのだった。

 ハイブリッド戦争をお家芸にするのはロシアだけではない。「不戦屈敵(戦わずして勝つ)」の孫子の考えを重視する中国もまた、情報戦を主戦場と考えている国の一つである。

 中国人民解放軍政治工作条例では、「輿論戦、心理戦、法律戦(編集部注:これらを合わせて「三戦」ともいう)を実施し、瓦解工作(中略)を展開する」と定められている。17年以降の中国では「制脳権」という言葉がもてはやされ、認知領域の戦いでの勝利も重視されるようになってきている。

デュアルユースのサイバー技術
平時から忍び寄る〝魔の手〟

 ハイブリッド戦争が想定される中、日本の近隣国では、サイバー戦能力の増強が着々と進んでいる。日本では今年9月、新たな「サイバーセキュリティ戦略」が閣議決定された。そこでは、・・・・・・・

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