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「米国流」への誤解を直視し日本企業の強み生かす経営を|【特集】デジタル時代に人を生かす 日本型人事の再構築[Part6]

 日本型雇用の終焉──。「終身雇用」や「年功序列」が少子高齢化で揺らぎ、働き方改革やコロナ禍でのテレワーク浸透が雇用環境の変化に拍車をかける。
 わが国の雇用形態はどこに向かうべきか。答えは「人」を生かす人事制度の先にある。
 安易に〝欧米式〟に飛びつくことなく、われわれ自身の手で日本の新たな人材戦略を描こう。

人事制度改革を謳う日本企業に輸入される「米国流」には誤解が散見される。安易な米国模倣が改革ではない。日本企業の強みを生かした経営を追求すべきだ。

文・冷泉彰彦(Akihiko Reizei)
作家・ジャーナリスト
米プリンストン日本語学校高等部主任。東京大学文学部卒、米コロンビア大学大学院修士。福武書店(現・ベネッセコーポレーション)人事部課長補佐、海外事業部課長などを歴任。著書に『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など多数。

 新型コロナウイルスの感染拡大により世界的に「テレワーク」が普及し、働き方の多様化や柔軟性を生みだした。

 米国の場合は、2020年3月の「第1波」のタイミングで徹底した形で「テレワーク」が行われ、多くの州でロックダウンも講じられた。

 しかし、この影響でニューヨーク市では極端に治安が悪化し、レストランの約3分の1は廃業に追い込まれ、富裕層は郊外に流出した。都市機能の崩壊に危機感を抱いた経営者からは、「オフィスに戻れ」という掛け声が出てくるようになった。

 だが、現場の反応は鈍かった。個々人の事情として、ワークライフバランスの観点から、中間管理職も含めてテレワークを歓迎する声が圧倒的多数だった。日々のタスクを回すにはテレワークは極めて効率がいいからだ。

 文書はデジタル化され、コミュニケーションはメールやチャット、ビデオ会議ツールで不自由なく進むとなれば、雑談や来客、会議に時間を取られる「リアル」な職場よりも効率は格段に向上する。事実、コンピューター関連や金融などテレワークに適した産業では、パンデミックの2年間に業績はむしろ向上した。

 しかし、一部の経営者たちが、こうしたトレンドに危機感を抱いている現実もある。例えば、アップル社のティム・クック氏、グーグルの親会社アルファベットのサンダー・ピチャイ氏、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏など、巨大企業の最高経営責任者(CEO)たちがそうである。

 たしかにテレワークなら、日々のタスクは効率よく回り、中間管理職はチームの業績を達成できるかもしれない。だが、経営の観点からは、一見すると無駄に見えるリアルなコミュニケーションの部分が重要だというのだ。それゆえ、彼らの危機感は切実である。

 シリコンバレーの場合、5~10年後を見据えた新規事業の「アイデアの萌芽」は、社員同士の一見無駄に見える雑談から生まれるという。各社が競って豪華な社屋を建設しているのは、理想的な環境を用意することで「高度に知的で、深く、広い」コミュニケーションが飛び交う空間を実現したいからだ。〝世界を変える〟ような発明の材料はそこにあり、テレワークではその機会は消えてしまう。

 金融の場合はもっと切実な問題がある。例えば、ベンチャーキャピタル(VC)の場合は、起業したばかりの企業の将来性を厳密に評価する。重要なのは事業計画だけでなく起業家の全人格の評価だ。このパンデミックの間は、起業家との面談もオンラインで実施されており、それで業務は回っていた。しかし、投資判断の精度を上げるには、やはりリアルな面談が欠かせないのである。

 この点では投資家との面談でも同じ問題がある。何十ミリオンという資金を投じてくる資産家に対して、彼らが「どの程度のリスクを許容」しているのか、その本音の部分というのは画面越しだけでは分からないという。

 また、CEOたちの多くは、将来の幹部候補を、オフィスを巡回して雑談に興じる中で見出すことが多い。新規事業のアイデアにしても、交渉相手の見極めにしても、また人材育成の観点からも、テレワークとリアルでは「コミュニケーションの情報量」が全く異なる。そこに経営者の焦りがある。

 着目すべきは、世界でもいち早くテレワークを確立させた米国でリアルを求める〝揺り戻し〟が起きていることだ。どちらか一方が「正しい」ということはなく、双方の利点を生かすハイブリッドな形を追求すべきではないだろうか。

こんなに違う日本と米国
文化と背景を理解せよ

 最近の日本企業には「成果主義」や「ジョブ型雇用」など米国流への変化を目指す動きが目立つ。だが、そこには「米国流」に対する誤解も散見される。誤解を残したまま、一部の事象や制度だけを切り取って〝輸入〟しても機能しない。重要なのは米国でそれらの働き方が機能している「背景」や「文化」を理解することだ。

 まず「成果主義」だが、大前提となっているのが、職務記述書(ジョブディスクリプション)の存在である。これは労働契約の核として個々人と雇用主の間で交わされ、遂行すべき職務が具体的に記されている。個人には、その内容を履行することが求められるが、同時にその内容に書いていないことは「やってはいけない」のである。

 別の部署に応援を求める、内線番号の異なる他人の電話を取るといった行為は禁止されている。分業主義が労働契約にまで及んでいるのだ。レストランで席まで案内する人、注文を取り料理を運ぶ人、後片付けをする人が明確に分担されているのがいい例だ。

 また、解雇や採用、評価、配置の権限を多くの場合は本社の人事部が握っている日本に対し、米国ではこうした人事権は現場の管理職(マネージャー)が握っている。採用の権限が現場にあることで、職務に見合った即戦力を個別に採用していくことが可能となっている。

 これを支えているのが教育制度だ。コンピューターソフト技術者にしても、機械工学にしても、あるいは税務会計やマーケティングにしても、米国の大学や大学院が教えるのはその時点での最先端の実用スキルである。企業は、そのスキルを評価して新卒を採用するし、個々人はその上にキャリアを築いて転職を繰り返す。

 こうした制度的な背景の理解なしに、いきなり「成果主義」や「ジョブ型」を適用させても機能するはずがない。さらに言えば、スポーツにおける「投手の分業体制(先発・中継ぎ・抑え)」や「名選手を必ずしも指導者にしない」など、人の教育の過程でも「明確な役割分担」が文化として擦り込まれることで社会的に定着している。

 また、ジョブ型というと「高度専門職」が中心で、彼らは自己投資によりスキルを磨き流動性も高いというイメージもあるが、ここにも誤解がある。米国には、ジョブ型であっても成果主義の概念が弱く定着率も高い「一般職」の人々も多数存在する。実務を担う彼らの生産性は、ストレートに業績に結びつく。そのため現場の一般職のスキル教育が重視されている。

 例えば、米国の職場では1990年代からエクセルが定着し、業務の効率化を実現している。これは何よりも、導入時点で各企業が研修のための投資を惜しまなかったからだ。銀行やサービス業のデジタルトランスフォーメーション(DX)がスムーズに導入できているのも、システム投資に加えて現場での研修にコストをかけているからだ。日本と違い、一般職において各人に求めるスキルが明確であるため、教育投資もしやすいのである。

日本企業の国内総生産(GDP)に占める能力開発費の割合は各国と比較して低水準で、経年的にも低下傾向にある

(出所)厚生労働省『平成30年版 労働経済の分析』を基にウェッジ作成
(注)能力開発費が実質GDPに占める割合の5カ年平均の推移を示している。なお、ここでは能力開発費は企業内外の研修費用などを示すOFF-JTの額を指し、OJTに要する費用は含まない

 国際化やDXで大きく遅れた日本企業は、生産性向上のために仕事の進め方、そして人事制度の総見直しを迫られている。まさに改革待ったなしといえる。だが、曖昧な理解で米国流を拙速に取り入れることが改革ではない。日本式の経営には短所も多いが長所もある。その強みを生かしていかなければ、日本企業はグローバル競争の中で埋没してしまう。

 日本の長所は、なんといっても現場にノウハウがあり、それが継承されていることだ。これは職人が誇りをもって技術を受け継いできた伝統がベースになっている。また、ジョブローテーションなどにより、ホワイトカラーとブルーカラーの分断が小さい点も欧米とは大きく異なる。現場の人材が理念や意義を感じながら仕事に励み、経営層も現場を「知る」ことにより「タテ」のラインを重視する伝統は、日本の品質を支える重要な思想なのである。

 また、多くの製造業にみられるように、自分の仕事を前工程と後工程の中で位置付け、関連部門や協力会社と一体となって計画を遂行するなど「ヨコ」のつながりを大切にする文化も生かしていくべきだ。

 例えば、自分が担当する工程で使用している部品の素材が環境規制の対象になったとしよう。当然、厳格化された規制に適合した素材の部品を調達して使用する必要があるが、その部品を使用すると、前工程でそれまでより多くの穿孔が必要になり、後工程では配線が変わるといったことは往々にして起こる。しかし、日本企業の多くは、こうした状況に直面しても関係各所との連絡を徹底し、協調することで迅速に作業を転換し、仕様の変更を成功させてきた。これこそが「ヨコ」のつながりを大切にする文化である。

 一方で、多くの日本企業は、長期的なビジョンを描き実現することに強みがあるという「自画像」を持っている。しかし、変化の激しい時代となった現在、日本企業が不得意な、迅速な戦略投資などを求められる業種・業態では、そうした強みをいったん封印する選択肢も視野に入れるべきだろう。

 経営判断も、資金調達もスピードアップし、必要なリストラや償却・売却など損切りも必要であれば断行すべきだ。反対に、従来は苦手とされていたデジタルの分野において、スピード感を意識し、「タテ」と「ヨコ」の総合力を生かして攻勢に転じることができれば、産業構造転換の早期実現も夢ではない。

イラストレーション・相田智之

※筆者の連載「冷泉彰彦の『ニッポンよ、大志を抱け』」はWEB版でさらに詳しくご覧いただけます

出典:Wedge 2022年4月号

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