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核リスクを直視し日本に必須の安保大戦略を描け|【WEDGE OPINION】

「核共有」をはじめ、安全保障問題への関心が急速に高まっている。だが、一足飛びに議論を急がず、国家防衛、日米同盟強化に向けた大きな〝絵〟を描くことが重要だ。

文・秋山信将(Nobumasa Akiyama)
一橋大学大学院法学研究科 教授
専門は国際政治学、安全保障論。1994年米コーネル大学行政学修士課程修了。一橋大学より博士(法学)を取得。広島平和研究所講師、日本国際問題研究所主任研究員、在ウィーン国際機関日本政府代表部公使参事官などを経て現職。主な著書に『「核の忘却」の終わり』(勁草書房、2019年、編著)など。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に大きな衝撃を与えたが、地理的距離を超え日本社会でも極めて重大な問題だと認識されている。ある世論調査によれば、調査対象となった27カ国中、ウクライナ情勢に最も関心が高く、また世界情勢にとってのリスクであると認識している割合が高いのが日本だという。また、東アジアの安全保障環境における核兵器の意義をどのように評価するかについてさまざまな視点を提供している。日本では、ロシアによる核の恫喝を受けて、俄然「核共有」に関する関心が高まった。議論は生煮え感が強いものの、これまで核について議論することをどちらかというとタブー視してきた日本社会で、「核共有について議論すべき」との声が高まっているのは、安全保障上の危機感の表れであろう。

 戦争がいまだ終息の兆しが見えない中で総括するのは早計だ。しかし、今後の国際社会、とりわけ東アジアの安全保障における核の意義と日本の安全保障の構想を関連付けるうえで検討が必要だと思われる論点について整理してみることは有用であろう。筆者が特に注目したのは「安定-不安定のパラドクス」の課題である。

 核大国間では相互抑止の膠着状態が存在し関係が安定している一方で、その結果地域レベルでの紛争のリスクが高まる状態を安定-不安定のパラドクスと呼ぶ。

 バイデン米大統領は、ウクライナ情勢が緊迫化しつつあった昨年末以降、「ウクライナへの派兵をするつもりはない」と明言し、開戦後も、全面核戦争を回避することが最優先だとの姿勢を示してきた。つまり、米国は、ロシアとの全面核戦争リスクを恐れ、ウクライナへの介入を躊躇したのである。

 ウクライナは条約上の同盟国ではなく米国にとって死活的な利益を有する国ではないため、ウクライナのために核兵器を使用するという選択の可能性はもともと高くはなかった。とはいえ、これを明言することは、ロシアによる対米核抑止が機能していることを認め、したがってロシアが「ここまでなら手出しされない」という安心のレベル、いわば〝レッド・ライン〟を示してしまったようなものだ。戦略レベルにおいて対米抑止が機能していることでロシアは戦域・地域レベルにおいてよりアグレッシブな作戦の遂行が可能になったともいえる。

軍事パレードなどを通じて核ミサイルを誇示し続けるロシアにどう向き合うべきか (AP/AFLO)

 このことは、日本が属する東アジアにも当てはまる。おそらく状況はむしろ複雑だ。まず、戦略レベルで……

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