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母の望み

ひんやりとした空気の中を、街のきらめきや浮足だった足音が響き出す頃。大学のキャンパスに凛と立つクリスマスツリーを横目に、実家へ戻る。

「おかえり〜。なんだか久しぶりな気がするね☆」

マンションで一人待つ、いつもの母の高い声。なぜ語尾に☆をつけたかって、なんだかいろいろとラブリーな母なのだ。しゃべり方も、☆や♡をつけたような感じ。今は使っている人はほとんどいないであろうデコメールを愛用し、ちょっと前の女子高生みたいな顔文字を使う。部屋の中は、エッフェル塔などパリの雰囲気で溢れている。

わたしの実家は、隣の区なのでバスで1本、20分程度で着く。毎週掃除や料理の作り置きをしに来てくれていて、しかもそれが家事代行の仕事にできるんじゃないか、というレベルでハイクオリティなのだ。わたしたち夫婦は完全に胃袋を握られている。

「そう?いつもママのお料理食べてるし、会った気になってるけど、たしかに直接会うのはちょっと久しぶりかな。」

「いつも大したもの作れなくてごめんね〜。元気にしてた?」

いや、本当にいつも美味しすぎる料理だ。母はいつも自分の評価が低い。もっと自信を持ってほしいのに、照れくさくてあんまりうまくほめることができない。

「元気だよ。ほら、ともくんが海外で結婚式挙げる気になってくれたじゃない?どの国が良いか探してるんだ。」

「ほんとに結婚式するんだね〜♡海外で結婚式とか、はるかちゃんたちらしくて良いね♡どんなところがいいとかあるの?」

「海が見えるところがいいかなーとは思ってる。まだぜんぜん決まってないんだ。あとは今回家族で行くし、来やすいところの方がいいのかなとも思って。ハワイとかは行きやすいかな?ママはどんなところに行きたいとか、行きやすいとかある?」

___ふたりの好きなところにしなさいって言うかな。ママのことは考えなくていいよって言うかな。

「そうだなぁ・・・せっかくなら、もうちょっと遠いところに行ってみたいかな☆」

___!!!

なんと!母が自分の希望を言ってくれた。いつもなんでもいいよという彼女が、自分の食べたいものをはっきりと口にしたときの彼氏って、こんな気分なんだろうか。大切な人が珍しく自分の希望を言ってくれると、なんだかうれしくなるし、こんなにも叶えてあげたいと思うものなのか。

「へぇ〜!そっかそっか、そしたらヨーロッパとかそっちの方も考えてみようかな!わたしたちも、みんながあんまり結婚式を挙げないような場所がいいかなって話してたから、ちょっと遠めの場所で探してみるね。」

俄然テンションが上がってきた。父がいなくなってから、自分から積極的に楽しむことを避けていたようなところがある母。だれもそんなこと望んでないよなんて言ったって、本人の気分がのっていないのだ。時間がある程度解決してくれるまで待たないと、と思っていた。本当にいいきっかけになりそうだ。

母の手元には、マリアさまの青いメダイユのついたブレスレット。それと共に、父がいる。ちょっと目があって、父が応援してくれているような気がした。

To be continued...

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