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「日本人は世界一うまい!ただし…」個人トレーニングを徹底議論【中西哲生×林舞輝/再掲】

※2020年8月31日に実施したオンラインイベント「中西哲生×林舞輝対談『日本人は本当にうまいのか?世界最先端サッカー技術論』」を編集した記事です

監督と技術コーチのバッティングはあるのか?

──林舞輝さんにお伺いしたいのですが、個人のトレーニングはチームではどうしているのでしょうか。

 チームでこれだけ綿密なトレーニングはなかなか見たことがないですね。アヤックスのヨハン・クライフという個人技術に特化するような個人トレーニングが成功した例があるからアカデミーレベルでは、いろいろなところで徐々にやり始めている感じはあります。ですがチームとして誰かのところにいくというのはなかなか聞いたことがないですね。

──やった方がいいのは明確ですが、チームで取り組む難しさもあります。

 でも「そこが監督の役目じゃないの?」と僕は思います。監督なんてしょせんは専門家をまとめる専門家に過ぎないわけですから。分析する人がいて、中西さんのように個人トレーニングを教えている人がいる。その中で「負荷はこうしよう」「GKはこれをやりたいからこれをしよう」「相手チームの分析をして、対戦相手に対してこういうことをやりたいからこうしよう」みたいなことを決めて「じゃあ1週間の中でスケジューリングをどうしようか」「中西さんのトレーニングでこれをするからそれに沿った戦術練習を次の日とかにできたらいいね」とコーディネートするのが僕の役割だと思っている。むしろそれが仕事なので、できないと僕の仕事がなくなってしまうくらい(笑)。

──よくあるのが、監督のやりたいこととコーチのやりたいことがバッティングしてしまうこともありませんか?

 実際のところすごく難しいと思います。パーソナルコーチ、フィジカルパーソナルトレーナーとかもついていますけど、まだまだ「俺は知らない」ということを言える指導者が少ないというのはある。「自分の威厳が落ちてしまうのでは」とか「自分と言ってることが違ってしまったときに……」みたいな。別に違っていたっていいじゃないですか。話し合って、別に違うことを教えてもいいかもしれないし、そこで「ああ、そういう考え方もあるんだ」となることもあるわけですから。僕は中西さんのような個人技術は教えられない。教えられないことを教えてくれる方がいて、奈良クラブを助けてくださるということで、それはもう「お願いします」としか言いようがない(笑)。

もし中西さんが「いや、俺はこの日しか行けないから。この日にこうしろ!」とかだったら話は別ですが、そうではない。「この日だと助かります」みたいな話をしながら奈良クラブの現場とか、僕のやろうとしていること、やらなければいけないこととかも鑑みながらリスペクトをしあった上で来てくださっている。そこにお互いのリスペクトがあれば全然いいんじゃないかと。僕は困ったことは一つもなく、助かったことしかないです。

──それこそ林舞輝さんのように自分のわからないことをわからないと言える監督のほうが強くなってきそうですよね。

 実際、ヨーロッパの強いチームではそうですよね。(ユルゲン・)クロップがそんなすごい戦術家かと言われるとそうではないですし、いいトレーニングをしているかと言われるとそうではない。トレーニングをする人、コンディションを整える人、相手チームの分析をする人、リバプールに関してはセットプレー専門コーチもいます。ヨーロッパの第一線では各々の専門家にやりたいことを聞いて「だったらこれはこうした方がいいね」「こことここをこうした方がいいよね」とコーディネートしてチームとしてまとめ上げることが監督業になってきている。

──ほとんど企業の社長みたいな仕事ですね。

 イングランドでは監督のことを「コーチ」と言わないで「マネージャー」と言うじゃないですか。それはすごく、的を射ているし、そのマネジメントするのが役割。それはクラブの規模が大きくなれば大きくなるほどそうだと思います。

──日本はまだ監督がそういうステージに到達していないんじゃないかと思うのですが。

 どうですかね。僕の印象で言うと「威厳が落ちてしまうのではないか」とか怖がりますよね。「知らない」とか「わからない」と言えなかったりとか、「うちの選手に変なことを教えないでください」みたいな感じで嫌う指導者の方はすごく多いかなと僕は感じます。でも中西さんのようにお互いをリスペクトしながらチームを良くしていける方がいらっしゃるからその辺も良くなるんじゃないかなと思います。

──逆に言えばそうなっていかないといけない部分もありますよね。

 間違いなくそうですね。現状では本当に成功しているサッカークラブとかはそういうふうにマネジメントをしてうまくいってますよね。

日本人は世界一うまい。ただし……

──「日本人は本当にうまいのか?」ということについて話したいと思います。これ、今の指導者もよく言う人はいますしそれこそ日本サッカー協会でも「日本には技術があって」と言います。本当にうまいのかと疑問に思っている人はたくさんいると思いますが、日本人はうまいですか?

 世界一うまいと思います。ですが但し書きをすると、「但しプレッシャーのないところでは」。それは物理的な意味も心理的な意味のプレッシャーも含めてですね。僕は特に、アンダーカテゴリーを見たときに本当に世界一うまいと思いました。カタールのアスパイア・アカデミーで指導されていた方と話したことがありまして、「日本人の高校生なんであんなにうまいんだ? 何をやっているんだ?」と。「あれをやりたい」と言うんですけど僕は「いや、やめたほうがいいと思うよ」と(笑)。もっと大きな言い方をすると、テクニックはありますけど、スキルがないなと思います。イングランドサッカー協会は「テクニック」と「スキル」をはっきりと分けていて、テクニックというのはピッチ外の技術。スキルはそのテクニックをピッチ内で発揮できるかどうか。そういう意味ではテクニックはあるけれど、スキルはないというのが現実だと僕は思います。プレッシャーがないところでの純粋なテクニックで言えば、マジで世界一うまいと思います。

中西 今回のこの対談、何も打ち合わせもしなくて、いきなりやっていますけど、林さんがそういう話をすると知りませんでしたが全く同じことを言おうと思っていました(笑)。「日本人はとにかく技術はあるけども、試合の中でテクニックを発揮するための方法、特にコンタクトになったときのクオリティの下がり方がすごく大きい」と(アーセン・)ヴェンゲルも(ドラガン・)ストイコビッチもそう話をしていました。

コンタクトを受けながらその持っている技術を発揮するのがスキルだったりするわけじゃないですか。たとえば中田英寿選手がボールを持った時にコンタクトを受けながら逆に相手の力を利用してスピードアップしていくようなドリブルのコース取りをしたりするんですけど、今、林さんが仰ったようにテクニックはまず身につけなければいけない。それはさっき僕が言った第一段階ですよね。僕の中では「機械系」と言われていることなんですが、メカニズム的にどうやってやったらうまくいくか。そこは日本人はめちゃくちゃ得意だと思うんですよ。その次の段階、「生態系」は相手が来てコンタクトがあったりとかしたら、技術が落ちてしまう。

子どものころはそれほど大きなプレッシャーを感じずにやっているかもしれないですけど、大人になるにつれて少しずつミスを怖がるようになるんですよね。最終的に、リスクを犯さない選手になってしまいますけども、ずっとリスクを犯し続けられるかとなったときに「なぜリスクを犯せなくなったのか」ということを言語化できる人がいない。僕の論理では解決しているから全く問題なく、リスクを犯したときに最終的にどうすればいいかというのをわかっています。そのプレーモデルの一番わかりやすい例が久保選手。久保選手を見たらわかると思いますけど、相手に読まれても、キャンセルできる持ち方をしているキャンセルができる。それはキャンセルできる持ち方のトレーニングをずっとしてきているからです。子どものころもキャンセルはできたのですが、毎回できていたかと言われるとそうではない。うまくいくときといかないときがあって、うまくいっているときは僕が「こうだよ」と言語化して「ああ、そうか」と理解するからできる回数が増える。

左足ではできていたけど右足でできなかったのは、利き足ではないから。でも右足でもキャンセルできるようになったのは、左のやり方がわかっているから。読まれたらキャンセル。最後は逆をつくということができれば、それは「ストイコビッチの法則」なんですよね。ストイコビッチは切り返しがスーパーで、どんなにスペースがなくても切り返してかわしてしまう。それが林さんの仰るスキルだと思います。最後にキャンセルできる余裕があれば、シュートも実は力まないんです。というより、力めないんですよね。そうなったらもっといいシュート打てるようになりますし、全部セットです。今言ったように「日本人は子どものころに技術はあるけれど、それをどう使うか。どうやって再現性を持たせるか。それと同時に自分の技術を読まれたときにどうやってキャンセルするのかというその姿勢と、呼吸とターンの方法みたいなこととかをうまく機械系から生態系へ順番にやっていければうまくいくよ」という話は以前、林さんとしました。

 はい。その話でいうとまさにホンダロック戦の水谷選手のゴールですね。水谷選手はボールを受ける前に右目でちらっとこっちを見たときに「あ、キャンセルするな」と思ったんです。水谷選手に試合後「あれどうだったの?」と聞いたら「最初からキャンセルが頭に入っていた」と。お手本のようなキャンセルして、リラックスをして内巻きのシュートが飛んで。普通あれだけの大チャンスがあったら「よっしゃ絶対に決めてやる! いくぜ!」となるところを「キャンセルできる」というのが頭に入っていて、しかも監督である僕も「あ、これキャンセルするな」というのを見たときにわかりました。

今までは「シュートができない」となったら、ただ繰り返し練習を重ねるだけでした。やたらめったら試してみて、偶然うまくいったものを経験として積み重ねていくことが練習でしたけど、中西さんの場合はちゃんと言葉にして伝えられる。言葉にして伝えられると再現性が生まれて、再現性があるから論理的にちゃんと上達できて、ああいうゴールが生まれる。あのゴールは偶然でもなんでもなく、理にかなってやってきたことでした。水谷選手はコロナ期間の自粛中、一人でずっと中西さんのシュートをめちゃくちゃ練習していたそうなんです。中西さんの素晴らしさと彼の努力の積み重ねもあって実現したもの。最後は彼の努力です。それも含めて積み重ねてきたものがゴールになって現れました。

中西 日本人は基本的に「シュートを打ちたい!「ゴールを決めたい」と思っているんですよ。その状態だったら、1個目の選択肢はその瞬間、シュートじゃないですか。ではなくて、打つ瞬間の「キャンセル」という選択肢と「打つ」という選択肢の2つで、必ず難しい方をデフォルトにしているんですよ。デフォルトというのは、最初に自分が考えておくべきこと。つまり最初に意識しておいてほしいことです。別にシュートはいつでも打てるんですよ。あの瞬間、キャンセルは頭の中にまず置いておかなければいけなくて、キャンセルというのは頭の中になくてもシュートは打てる。だからキャンセルもできたし、そのあともシュートを打てた。

たとえば、以前も少し話をしましたが、ゴールエリアの付近でボールを受けた選手がよく外すシーンとか、GKにぶつけるシーンがよくありますよね。そのときにどうなっているかというと、ボールを転がしているんです。だからゴールエリアでボールをもらった瞬間に最初に考えることは、GKがすごく近い位置にいるし、ディフェンスも近くにいるので、デフォルトはループ。「浮かす」なんですよ。最初から「早く決めたい」とか「シュートを打ちたい」ということではなくて、そこはシュートキャンセルも第一希望ではなくて、そこは「浮かす」がデフォルト。そして「流し込む」がもう一個。どっちとなったときにゴールエリアの近くは必ずデフォルトは「浮かす」。2つ目は「流し込む」というように、2択に僕はしています。それが先程も林さんが仰っていた日本人が技術を発揮するときに、頭の中にあることをうまく生かせるための一つの方法です。もちろんもっといい方法はあるかもしれないし、参考までに聞いてほしいのですが「必ず2択にしておいて、難しい方をデフォルトにしておいたほうが、難しい選択肢を迫られても慌てずに遂行できる。その方法の方が間違いは少なくなるよ」ということを言ってます。

──今日は「技術論」がテーマになっていますが、改めて考えると「技術」という言葉自体がすごくふわっとしたものなんだなと。何をもって技術なのかというのを日本サッカーの場合、定義されてないなと感じました。日本サッカーはそこの部分の言語化が足りていないと思うのですが、どうしょう?

 それもそうですし、そうやっていつも切り離して考えてしまうから、パスミスでも疲れていてミスをしたのかもしれないですし、それこそプレッシャーを感じてミスしたのかもしれない。そもそもそこに出すという判断が間違っていたのかもしれない。頭と心と身体は常につながっているものだから、技術と言ったときにみんなどうしても足先のものだけを考えてしまいがちです。ですがあくまでも技術の裏には、いろいろなものがつながっていて、つながっている中に技術というものがある。技術はよく「子どものころから教えたほうがいい」という話になりますけど、逆に大人のほうが向いてるんじゃないかと思う部分もあります。

なぜかと言うと、大人になればなるほど考えすぎたり、変なプレッシャーを感じたりと無駄に責任を感じてしまう。大舞台が用意されたりで、感情の振れ幅が大きくなると、力んだりとかミスが起きてしまう。そういうことを含めて中西さんが作ってくださっているので、逆に大人になればなるほどすごくしっくりくる。子どもは責任を感じたりとかプレッシャー感じたりとかはないじゃないですか。それはある意味、下のカテゴリーでは日本が強くて、トップのトップになると勝てなくなってしまう理由の一つかもしれないと僕は思っています。ある日本の大会でU-15の大会を見に行ったときに「これ、世界一レベルが高いな」と思って。U-14とかだと向こうのクラブにバンバン勝っちゃうじゃないですか。

トッテナム(・ホットスパー)だろうと、レアル・マドリードだろうと。U-14くらいの世代だとばんばん勝ってしまうんです。そこで体の大きさがガクッと変わるとか、いろいろなことがあると思いますけど、そのうちの一つとして感情のコントロールみたいなものをどうしてもできなかったり、それを改善する機会がなかったりする部分があると思うので。中西さんの技術論はテクニックだけと捉えてほしくなくて、そこを全部踏まえた上での技術論なのですごく広いし、すごく大きい。でもすごく理にかなっている。だからこそ技術というとドリルだから小さい子からやる、みたいになっていますけど奈良クラブという30歳を過ぎた選手がたくさんいる中でもできるし、なんならアカデミーコーチの選手を引退した人たちでも「おもしれー!」って言ってうまくなっている。それが一番大きいのかなと思っています。

──中西さんも今のを伺って、まさにその通りという感じですか?

中西 技術というのは今言ったように、子どものころから身に付けたほうがいいです。それはさっき言った機械系メカニズムの部分のフォームとかは身につけたほうがいいですけど、段々相手がすごくなってきて、子どものころは自分が身体能力高かったから。わかりやすい例で言うと、身体能力で抜けていても、相手に身体能力で上回れた瞬間に、今まで使っていた技術が使えなくなるんですよ。あとは考え方で、「読まれた」と思うのではなくて、食いついたと思えば、キャンセルした瞬間にこちらは逆を取れる。必ず技術と思考はセットなんです。こういう場面でこういうパターンでこうなったときに、と全部設定してあげている。そうしてあげると子どもたちや、もしくはプロ選手たちでもいきなり変わった人はたくさんいます。

考え方が変わっただけで、「ああ、そのときにこれをやればいいんだ」「あれをやればいいんだ」と発揮する場所と発揮するタイミングがわかるようになる。あとはデフォルトを何にするか。最初は切り返しなのか、キャンセルなのか、打つのか。みたいにいろいろありますけど、それが変わっただけで、今まで持っていた技術だけでもガラッと変わったりするんですよ。それは僕がうまく説明するための言語化もできて論理化もできているので。コーチの人は指示やアドバイスをいろいろなことを言い過ぎてしまうんですよね。ですが僕は必ず1個しか言いません。たとえば林さんならシュートを打つときに「片目瞑って」と言っただけでシュートが良くなったんです。そういう1個だけ何かを与えたことによって「こんなに変わっちゃうの?」というところをコーチは探してあげないといけない。あとは伝えるときに感情がこっちに入ると向こうは受け入れられないのでこちらはフラットに伝える。伝え方もすごく大事だと思いますし、そういうことはもっといろいろ簡単に変えられるきっかけになると思いますけどね。






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