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現世界グルメ『蕎麦』


 蕎麦が好きである。
 麺類の中では一番好きだと言えるかも知れない。それぐらいに蕎麦が好きだ。
 だが、同時に最も好きではない麺類が蕎麦だとも言える。
 訳のわからない事を言っている訳ではない。可愛さ余って憎さ百倍という訳でもない。
 蕎麦はシンプルなだけに、優劣がはっきりし過ぎているのだ。
 しかも、蕎麦が好きな分だけ、ハズレの美味しくない蕎麦には敏感だし、期待値が高い分だけ落差も激しい。そこが蕎麦の難点である。
 別に駅の立ち食いそばも好きだし、定食屋やうどん屋のかけそばも好きだ。
 だが、立ち食いそばならワンコイン程度で食えるし、定食屋のかけそばも同様である。これにも優劣はあるが、そこに文句を言うつもりはない。インスタントカップそばについても同様である。
 これらはラーメンやうどんやパスタの気分ではないが、かと言って、しっかりした蕎麦を食いに行く時間もない時に丁度いい。何となく蕎麦の香りさえ楽しめれば充分である。そこに文句をつける気はさらさらない。
 問題は、蕎麦を売りにした、いわゆる「蕎麦屋」の蕎麦だ。
 「メインメニューは蕎麦のみ」
 「石臼挽きや、手打ちを謳っている」
 「蕎麦粉の原産地に言及がある」
 「蕎麦粉の比率などの詳細記述がある」
 「蕎麦湯が出てくる」

 ひとつひとつで1翻、4つ5つも揃えば満貫といった所だ。
 他にも、
 「蕎麦の名産地である」
 「歴史がある店舗」
 「席数が少ない」
 「店員の数が少ない」
 「値段が立ち食いそばの3倍以上」
 「店主が頑固」
 「置いてある酒の種類が豊富」
 「酒の肴のサイドメニューが多い」
 「そばの美味しい食べ方を指南される」

 などがあり、揃うほどに跳満、倍満、三倍満、数え役満となる。値段に関しては4倍、5倍と増すごとに1翻足される感じだ。
 誤解してほしくないが、何翻だろうが数え役満だろうが、それ自体は問題ない。何翻でもござれだ。
 しかし、1翻増すごとに、特に顕著に現れるのが値段で、「ウチの店は定食屋でも、うどん屋兼蕎麦屋でもない。蕎麦の専門店だ」という雰囲気を押し出されると、それなりに味に期待してしまう。
 その蕎麦がイマイチだった時の虚脱感は大きい。
 はっきり言うが、ここまで美味しくないのなら、他のものを食う。だったら期待させないでくれ、と言いたいのである。
 無論、味の美味い不味いなど、個人の好みでしかない。これが絶対的に正しいなんて味はない。それはその通りだ。
 だが、蕎麦は違う。いや、無論のこと、蕎麦にだって味の好みはあろう。それを否定はしない。断じて否定しない。だが、蕎麦には幾つかの明確なポイントがある。
 では、美味い蕎麦とは何なのか。例外を交えると話がややこしくなるので、ごくノーマルなざるそば絞ろう。
 だとするとこれはもう、わかりやすく言えばこの一点が最大であろう。

 「どれだけ蕎麦の香りを引き出せるか」だ。

 これが一番の難関である事は、蕎麦好きならご理解頂ける事と思う。
 ここで、蕎麦の香りがしない方が好き、と仰るなら、どうぞ結構です。うどんでもラーメンでも素麺でもお好きなものをお食べください。
 無論、香りが強過ぎない方がいい、という人はいるだろうが、そこは蕎麦粉の比率なり薬味なり何なりでご調節くださいな。
 だが、我々は蕎麦が好きなのだ。あの蕎麦の味と香りが好きなのだ。
 そりゃ、蕎麦の味と香りさえしてれば何でもいい訳じゃない。だが、我々はあの「蕎麦粉の風味」を楽しみに「蕎麦」を食べるのだ。
 それに味はともかく、蕎麦粉の香りは、あれだけ強力でありながらも、不思議なほど香ってこない。残念なほどに、蕎麦粉の香りは儚く消えてしまうのだ。
 だからこそ、美味しい蕎麦の最大のポイントは「蕎麦粉が香ること」であると断言しておく。
 蕎麦粉の味も重要だが、基本的に「味はすれども香りはせず」はあっても、「香りはすれども味はせず」というケースは極めて稀なので、香りが強ければ蕎麦の味は充分だろう。
 続くは、麺としての必要条件を満たせるか、である。
 根本的な問題として、蕎麦粉はグルテンを含まない。従って何の工夫もなく蕎麦粉を練っても、麺の形状にするのは困難なのである。
 つまり、何とか麺に出来ても、ボソボソの麺や、ふにゃふにゃの麺になってしまう。
 この、麺に求める条件が人によってまちまちなのは仕方がない。しかし、箸で摘めば切れるボソボソ麺や、舌の上で崩れるモロモロ麺、歯応えのないふにゃふにゃ麺が美味いとは言い難い。要するに、麺としての最低条件は蕎麦にとっての必要条件なのである。
 この麺としての必要条件を満たすために必要なのが、つなぎの存在だ。
 ここで注意してもらいたいが、つなぎを使わない十割蕎麦を否定している訳ではない。また、蕎麦粉の比率が低いことを馬鹿にする意図もない。
 何故なら、それ自体に意味がないからだ。前述のように蕎麦の味と香りが活かされ、麺としての条件が満たされるなら、そこに蕎麦粉の比率など関係ない。
 愚かしくも一番粉だ二番粉だ、やれ三番粉だ挽きぐるみだ、九割だ、二八だ、内二だ外二だと、やはり十割だ、十割の読み方は「とわり」じゃなくて「じゅうわり」だと、したり顔で語る「通」は多いが、ナンセンスと言う他にどんな言葉があるだろう。
 比率だけが重要なら、なぜ香りもしないボソボソ十割蕎麦が横行しているのか。
 蕎麦屋自身や自分で蕎麦を打つ趣味のある人間が求道のために、一番粉だ挽きぐるみだ、内二外二(※)と言うならわかる。だが、食べて比率のわかる人間など蕎麦を作る人間より少ないだろう。

 (※ 簡単に説明すると蕎麦粉は、実の中央であるでんぷん質の多い一番粉から、外側に向かってニ番粉、殻側の三番粉となる。全て挽き切ったものが挽きぐるみ。また、内二外二とは、小麦粉の比率。8:2が内二で、10:2が外二)

 つまるところ、ツルツルで香る十割蕎麦を作れる職人もいれば、つなぎが多くてもボソボソの蕎麦を打つ奴もいる。無論、嘘の比率を表示している店だってあるだろう。
 蕎麦粉の値段からつなぎを増やす店もある。だが、今は小麦粉の値段も上がっていて、一概に小麦だから安い訳ではない。良い小麦を使えば蕎麦粉よりも高い。蕎麦粉の値段だってまちまちだ。
 だから、割合などではない。美味い蕎麦は割合などでは決まらないのだ。
 そもそも、蕎麦なんてのは歴史的に見て、米も採れなければ、小麦さえ育たない土地であっても育つ強い種だったからである。
 かつては粟や稗と同じように貧しい土地の食べ物だったのだ。今ではダイエットだの雑穀ブームとやらで玄米や蕎麦が見直されている。
 だが、そんな事はどうでもいい。なぜ見直されたか。
 そこに言い知れぬほどの美味さを感じたからだ。低カロリーだのグルテンフリーだのローカーボンは犬猫に食わせておけばいい。蕎麦は美味いから食うのだ。美味いから蕎麦なのである。
 そもそも、三番粉やそば殻を含める田舎そばの強い香りが好きなのか、繊細な蕎麦粉の香りを好むのか、そこからして方向性は定まっているのか。
 筆者はとにかく蕎麦粉の香りが好きなので、粗挽きのそば殻ごと挽きぐるみにしてある方が好みである。
 それでいて麺としての滑らかさや歯応えを求めるので、なかなか正解にたどり着かない。
 そばつゆは関西の方を好む傾向にある。
 そう言えば、うどんやそばを比較する時、人々は妙に、関西か関東かを分けたがるようだ。
 だが、そば好きからすれば関西か関東かは問題ではない。そば処か否かの方が重要なのだ。
 今回は茶蕎麦やへぎ蕎麦などの特殊な蕎麦に関しては割愛している。
 だが、日本の多くにそば処は存在し、個性もあるのだ。従って、西か東かよりも、良い蕎麦が提供されるか否か、である。
 先程も言ったが個人的には、繊細な白い蕎麦に大根おろしよりも、葱と山葵に負けない強い芳香の黒い蕎麦を好む。
 アクセントとなる薬味は強くてもいいが、つゆは柔らかい関西風がいい。つゆも、蕎麦全体がしっかり浸かるようにする。だから関東のつゆでは強すぎるのである。
 しっかりとつゆに浸す理由は明確だ。
 どれほど白米が美味しくても、白米のまま食べるより、漬物などの彩りは必需なのである。
 蕎麦だけを食べても、美味さを引き出せてはいないだろう。
 基本的にパスタだって寿司だっておにぎりだってオムライスだってお好み焼きだって何だって、味のある方が上、あるいは和えてある、混ぜてある物だ。
 蕎麦の場合、特に新蕎麦の季節などは「最初は何もつけず、その次は塩でお楽しみください」なんて指南をされるが、それがつゆより美味かった試しはない。
 プレーンなり塩なりが美味いなら、それで最後まで食うはずだ。だがそうじゃない。三口目にはつゆに手を出す。だったらあの儀式は無意味なのではないか。
 無論、新物を楽しむ心まで失えとは思わないが、個人的には最初からつゆにしっかり浸したいのである。
 だから、味が強すぎる関東風のつゆは好まないし、自称「そば通」どもがのたまう「蕎麦の先にちょんとつゆをつけるのが美味い」なんて、本当に美味いと思ってるのか、甚だ疑問なのである。
 関東風のそばつゆが嫌いだという意味ではない。蕎麦に適していないのだ。
 味のない部分から味のある部分にたどり着くのはおかしい。
 おかずを食べて、白米でリセットするように、しっかりしたつゆの味と蕎麦の香りを楽しみ、それがつゆのない蕎麦の部分ですすがれるなら理解しよう。
 そうでないなら、蕎麦を邪魔せずに引き立てる関西風のつゆにどっぷりとつけるのが正解なのではないかと思うのだ。
 という話をしていると、関東の方から、「その理論で言うなら、関東のつゆにチョイとつけて、

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 こうやって食べたらいいんじゃないですか?」


 って言われたんですが、それって一体どんな異世界の食事マナーですか。
 普通に考えて店の人に叩き出されますよ。ええ。
 ちなみに個人的な究極を求め続けた結果、蕎麦は別に麺状にこだわる理由もなく「蕎麦がき」にして食うのが最高過ぎるんじゃないかという結論に辿り着いた次第だ。なお、その答えが安易な逃げに過ぎないと思う方は、素晴らしい蕎麦をご馳走していただきたい。
 また、蕎麦粉の素晴らしい食べ方にはフランス風蕎麦粉のガレットもある。無論、そばボーロも忘れていない。


 ※ この短編小説はすべて無料で読めますが、お気に召した方は投げ銭(¥100)とかサポートとか「いいね」をお願いします。
 なお、この先には死ぬほどどうでもいいけど、今日この短編小説を書くために調べものをしていて気付いてしまった世界のカラクリ、、、そう。ワタクシが発見した恐るべき事実が書かれています!!
 マジでどうでもいいけど、マジですごい発見ですよ!これは!! 明日から知り合いに吹聴して回れるネタが¥100ですよ!?


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。