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自分の道は自分でつくる どうぶつ科学コミュニケーター大渕 希郷 さん

twitterのやりとりから発展し大渕さんにインタビューさせていただきました。

様々な肩書をもつ大渕さん。学生の頃よりオタク気質で行動派で、市議会に疑問をぶつけにいったこともあるそう。
学生さんには、何になりたいかではなく何をしたいのかを突き詰め、自分の生きる道は自分で見つけてほしいとのことでした。
自分の目指すゴールに向けた生き方を再度考え直す機会になりました。

幼い頃から生き物好き。前例のない肩書き「どうぶつ科学コミュニケーター」

―今現在のお仕事について聞かせてください。

大渕さん:フリーランスとして活動しています。
広い意味で科学コミュニケーションの世界に身を置いていて、「どうぶつ科学コミュニケーター」と名乗ってます。

―子どもの頃から動物や科学に興味があったのでしょうか。

大渕さん:母曰く、僕が生まれて初めて喋った言葉が、「アリ」だったらしいです。なぜ生き物が好きなのか自分でもちょっとわからないですね(笑)。

自分も、アリも、微生物も、それぞれ違う姿で違う生き方をしてるけど、生き物という括りでは同じです。それなのに同じように生きてるってことが不思議に感じたのかもしれないです。
 
小学校の頃は、友達とよく虫捕りに行っていました。中学にあがるとさすがに、同年代は虫捕りはせず、一人でもくもくと生きもの探しをしていました。その頃には、網を使わずに蝉捕りはできるし、セミの幼虫に至っては穴を見ただけで中に幼虫がいるか否かわかるようになっていました。なので、同年代ではなく、近所のちびっこ達から、「神」って言われてました(笑)。

―突き抜けてますね〜。

大渕さん:僕は神戸市生まれです。中学生の頃には、将来動物園や水族館で働きたいなと思っていました。
王子動物園(http://www.kobe-ojizoo.jp/)に雇ってほしいと言いに行ったら、とにかく高校は出て、生物系の大学を出なあかんと言われました。そりゃそうですよね(笑)。

僕の話を真剣に聞いてくださった動物園の職員さんが、動物園の裏側や、進学するなら獣医系がいいよ等いろいろ教えてくださいました。

王子動物園の近くの高校に生物研究部があることも聞き、毎日登下校で動物園の前を通れるやん!(笑)と思い、進学しました。実は、園外の道から、一部の動物が見えてしまうスポットがあるのです。

さらに生物研究部の顧問は変わっていて、博士号を持っていて研究者もしていました。ただ、部員は誰もいなかったので、1年生で部長をしていました(笑)。

そして夏休み前、「せっかくだから何か大きな研究しよう!」と意気込んでいたところ、母が神戸新聞にこんなんあるでーと記事を持ってました。そこには、神戸市立須磨海浜水族園(以下、スマスイ https://kobe-sumasui.jp/)の職員が神戸市では絶滅したと思われていたダルマガエル(今は種名変更されナゴヤダルマガエル)を市内の河川で再発見したという事が書いてありました。

しかし私は思いました。ダルマガエルは本来、河川ではなくて、田んぼのような止水に暮らすカエル。近くの田園にもっといるに違いない!よしこれを探そう!と。

すると、縁というのは不思議なもので、その河川でダルマガエルを発見したスマスイ職員というのが、顧問の大学時代の後輩でした。私が頑張っていたから?、顧問が職員と連絡を取り、共同で探すことになったのです。結果、詳細は割愛しますが、河川近くの、他の田んぼとは異なる品種のイネを植えていた田んぼにたくさんいることを突き留めました!

そして、成果をスマスイと共著で論文にまとめ(兵庫陸水生物, 50, 37-43、1999年)、「絶滅したはずのカエル36年ぶり市内で発見!」と神戸新聞にも記事が載りました。

神戸新聞1999年4月15日夕刊

その後、水族園の職員さんと一緒にスマスイ内にミニ展示を作らせていただいた経験は大きかったです。

一般的に、動物園や水族館の存在は、動物がかわいいとか、カッコイイとかで終わってますが、本来の目的は、動物園や水族館を通じて多くの人に野生の世界を知ってもらい、地球環境問題について考えてもらうことです。そんな、一般の方々と自然・野生生物をつなぐ仕事に憧れて、動物園や水族館の職員になりたかったんです。

大渕さんのご自宅(神戸)でお話しを伺ってきました。

オタク気質で当たり前を疑う行動派。おもしろいと思ったらやってみる。

―「施設の本来の意義や目的と実際求められているもの、見られ方のギャップとジレンマ」については、以前インタビューさせていただいた博物館の研究員の小薮先生小薮先生noteも同じようにおっしゃっていました。
課題はどこにあると思われますか?

大渕さん:王子動物園は、神戸市の直営です。働きたいなら、公務員にならなあかんのです。

もし公務員になったとしても、動物園や水族館に配属されるとは限らないし、数年で動物園以外の部署に異動になるかもしれません。国際的な動物園や水族館の存在意義を考えた時に、システムとしておかしいと思いました。
神戸市に関わらず、動物園や水族館の社会的位置が今のままではダメなんです。

ちなみに、学生ながら数年で変わるようなレベルの話じゃないと思いつつも、市議会議員に疑問を話しに行っていました。行動力は当時からありました(笑)。

その後、大学でもっと勉強しようと思い、神戸周辺で生物系の学科のある甲南大学の理学部(現、理工学部)生物学科に進学しました。
入ってから希望していたマクロ生物学系(進化とか生態学とかの分野)がないことに気付きました(笑)。

同大学は、ミクロ生物学(遺伝子、内分泌など個体の中の生命現象)中心だったのです。言い訳になりますが、実はカリキュラムの都合で高校時代に生物を履修していない私だったりするのです…。なので、気付かなかったということもあります。

しかし、悪運は強い私!たまたま、私の入学とともに同大学に着任された先生が微生物対象ではありますが、進化や分類の研究者でした!そこでミドリムシの研究をしていましたが、めっちゃ面白いなとハマってしまって修士までいました。

大渕さんの自宅には様々な動物がいて、教育的イベントで活躍しているそう。

博士課程単位取得退学、動物園飼育員、特定助教、学芸員、テレビ出演、書籍出版、タレント...。

ー大学院の修士課程から後のお話もお聞きしたいです。

大渕さん:修士まで微生物、ミドリムシの分類や進化にハマっていたわけですが、微生物を修めても、動物園や水族館には就職しにくいでは?と思い、博士課程は別の大学で動物を研究しようと、いろんな大学の先生のところに見学に行きました。

結局、京都大学大学院に進み、最初は琵琶湖の魚類の生態を研究していました。その後、いろいろあって、爬虫類の専門家である疋田努先生のもと、トカゲのフェロモンを研究していました。

さらっと申し上げましたが、数奇な縁のめぐりあわせによって、結局、一番好きな両生類爬虫類の研究を再びすることになったのです。

その間も、動物園水族館、博物館の募集がないか常にチェックはしていました。ある時、上野動物園の飼育員の募集があり、これを逃すと次はいつになるかわからないと思い、博士号を取らずに途中で大学を辞めて、上野動物園に行きました。さいわい、京都大学には学位は取ってないが、必要単位は取ったという、単位取得退学というやり方がありましたので、それを行使することにしました。

上野動物園では運良く、両生爬虫類館の飼育員として配属され、両生爬虫類館の企画展示もしていました。そんなある日のこと。生き物の説明をするキーパーズトークという時間に、お客さんにこちらの意図することを伝えるのは、想像以上に難しいんだな、と感じる出来事がありました。

―例えばどんなことでしょうか?

大渕さん:「ヘビはトカゲのグループから進化しました。」と話した時、女子高生が爆笑したんですよ。何か変なこと言ったかな、と思って聞いたら、
「グループだって!アイドルみたい。」って言うんです。

僕みたいに生物と関わってる業界の者からすると、「グループ」とは生物群のことを指します。つまり、「○○のなかま」「○○類」といった意味ですね。
ところが、女子高生にとって、グループって単語はアイドルグループだったわけです。これを科学コミュニケーションの世界では、「コンテクストのズレ」とか言ったりすることを後に未来館で知ることになるわけですが知る由もなく。

とにかくそのとき気づいたのは、対面だったから相手のリアクションが見れて、噛み合ってないってわかったけど、展示物だったら何が伝わってるかわからないな、と思ったんです。

-なるほどです。その後、お台場の未来館にもいらしたそうですね。           https://www.miraikan.jst.go.jp/未来館と言えば、以前、インタビューさせていただいた詫摩さん(詫摩さんnote)もいらしたのですよね。

大渕さん:そうです。悩んでいた時に、日本科学未来館で科学コミュニケーターを募集してると聞き、ちょっと受けてみようと思って受かってしまいました(笑)。

未来館は何というか、本当に自由な職場で、科学コミュニケーションになるものなら何でも企画させてくれました。もちろん、上司とは喧々諤々、話し合って、書類は通さねばなりませんが。よかったら、未来館時代の活動はこちらにまとめてあるので、どうぞ。

なお、サイエンスライティングのプロである、元同僚の詫摩さんチェックをうけたブログになります。https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9941896/blog.miraikan.jst.go.jp/author/m-ohbuchi

2年働いた頃、当時館長だった毛利衛さん(https://humans-in-space.jaxa.jp/space-job/astronaut/mohri-mamoru/)から
「今度、未来館と京都大学の野生動物研究センターが交流することになったから、動物好きの君が行かないか?」って言われて、特定助教を2年弱やってました。まさかのここでも数奇な縁のめぐりあわせで、ふたたび京都大学へ戻ることになったわけです。

しかも、京都大学の野生動物研究センターの特定助教です。ここは、詳しい説明を省きますが、もともと院生時代を過ごした京都大学動物学教室とも関わりの深いセンターです。

その京都大学が管轄している霊長類研究所(愛知県犬山市。2022年3月31日に活動を終了)の隣に、日本で唯一動物園でありながら博物館登録している日本モンキーセンター(https://www.j-monkey.jp/)があります。
上司たる教授らの命令で、日本モンキーセンターの学芸員も兼任することになり、2018年の任期まで、2足のわらじでやっていました。
その後、神戸に帰り、今はフリーランスです。

―本をたくさん出版しておられますが、どの時期から書かれているのですか?

大渕さん:上野動物園で働いてた時、当時の園長が出版社を勧めてくれました。児童書を中心に、20~30冊程書いたり監修したりしています。
また、テレビの監修や出演依頼を受けることも増えてきたので、去年からタレント事務所にも所属しています。

その事務所業務とは別に、幼稚園にどうぶつ同伴で赴いて生き物系イベントを行ったり、モンベルさん(https://www.montbell.jp/)と組んで川遊び、セミの羽化観察会なども開催しています。 療育関連の施設とも自然教室をしたりと、いわゆる複業家(副業とは違って、本業を複数もつ状態)という形です。

自然観の変化への疑問。生き物は生き物を食べて生きている。

―多彩な経歴をお持ちで何から聞こうか迷ってしまいます。特に印象的なエピソードはありますか?

大渕さん:今、自然観が、変化しているなと思っています。
何年か前に、某大学の学生向けのアンケート調査で、「自然」と聞いて浮かぶ生き物は?という質問に対して、犬や猫という答えが多かったんです。ペットと自然がごっちゃになってます。

セミの観察会をやっていると、セミが落ちてるから助けてあげようとか、アリに襲われてるからアリが悪者だと子どもが言うんです。そういうの見る度に、今中心で見てるものを、ペット的な感覚で見てしまってるんだな、と感じます。

死んでいくことや食べられてしまうことを、かわいそうと思うことは当たり前なんです。
「セミがここで死ぬ。もし君がアリをどけたらアリのご飯は?君たちが食べてる豚や牛も生き物だよ。」という話をすると、「じゃあ食べなきゃいいじゃん」って言う子が時々いるんですが、違うんです。生き物は生き物を食べて生きてるんです。

自然の考え方、捉え方をもっと伝えていかなあかんな、と思ってます。いろんな生物が複雑に影響し合って、全体でひとつの生態系を構築している。その生態系の恩恵を受けているからこそ、私たちもこの地球で生きてゆける。

なお、飼育員時代のエピソードもたくさんありますが、詳しくは集英社のweb連載、「よみタイ(https://yomitai.jp/series/animal/)」に書いてますのでご興味あればどうぞ。

大渕さんの飼っているあしのないトカゲ(ヨーロッパアシナシトカゲ)。
大渕さんの飼っている、あしのあるヘビ(ボールニシキヘビ)。こういった実物の生きものを見せながら、教育的イベントも開催している。

アウトローな先生たちとの出会いが今の自分を作った。おかしくなっている自然観をぶっ壊し、今までにない科学的な動物園を造りたい。

―影響された人物はいらっしゃいますか?

大渕さん:学生の時、アウトローな先生(と言ったら怒られるかもですが…)たちとの出会いは大きかったと思います。
一人目は中学校の理科のN先生!授業で、先生が六甲山で拾ってきた黒雲母や花崗岩を見せてくれました。また、理科部顧問のM先生とは一緒に六甲山に登り、地衣類の調査(大気の汚染度によって生える種類が異なる)をして、神戸市長賞をもらったこともありました。

個人的には、部活動として出した「大気の調査(地衣類の研究)」よりも、個人で提出した「ヤモリの研究」を市に出したかったですけど(笑)。学校にはふたつ提出できましたが、市にはひとりひとつまでしか提出できなかったのです。

そして、高校では、化学のO先生が授業で線香花火作りをしてくれました。それから、校庭でゴミ箱に水を張って、「今からマグネシウム入れます」って大爆発実験をしてくれたこともありました(笑)。

面白かったなって思ったんですけど、今はだめですよね...(笑)。大人になってから、それぞれの先生と飲んだりする機会があったのですが、当たり前ですが、それぞれの先生がご指導くださった授業内容は、ハッキリ言ってカリキュラム上、まったくやる必要のないものだったそうです。そらそうですよね、誰が休日に無給で雲母拾いに行くねんという話ですよ。でも、そんなアウトローな、型にはまらない先生方に恵まれたからこそ、今の私があると思っています。本当に、理科っておもしろい!!と思えましたもん。

学校にはカリキュラムがあって受験用の勉強もあって、先生方も忙しい。でもそこだけで終わってたら学校離れするばかりです。あの先生達との出会いは運命だったのかもしれません。非科学的ですが…(笑)。

中学時代に書き上げた「ヤモリの研究」。ちなみに、中学校の名前もたまたま動物がらみ。

―これから挑戦したいことや、目指しているものはありますか。

大渕さん:小さくてもいいから、動物園を造りたいです。
動物園の入口は、かわいいとかカッコイイとか客寄せパンダでもいいと思ってます。そういう感情も、人として自然なものだからです。でも出口を出た時に、かわいかったな〜だけで帰るんだったら何の意味があるの?って思うんです。

少しでも自然観が変わって帰ってもらえるような動物園をやりたいな、と思ってます。

研究室の先輩でもある、どうぶつ奇想天外などに出演もされていた千石正一さん(https://www.tbs.co.jp/doubutsu/sen_profile.html)みたいな人を目指しています。自然と言いながらペット感覚で自然を見てるのが今の世の中です。テレビをつければ見栄えのいい可愛い動物の可愛い見た目や可愛い仕草のことばっかりです。ちょっとぶっ壊したいなと思ってます。

とは言いつつ。
今まで、好きなことを突き詰め、興味があったら何でもやってみる。残るもんが残る!みたいな人生だったわけです。
しかし、今年40歳になりました。人生80年とすると折り返しです。
子どもが2人いることもあってか、動物的な本能なのか(笑)、最近は子どもに残せるものって何かな、と考えています。

なので、自分よりも子どもに費やす時間を多く取るようにしています。と言っても、僕の仕事に同行させたり、自然観察に連れて行ったりがメインなので、結局、自分の好きな事やっとるやん!とよく言われますが(笑)。

でも、子どもたちには自然や生きものの仕事に必ずしも就いてほしいわけではなくて、ただどんな職業に就いたとしても自然や生きものから人生のヒントを学ぶことは余りあると思っているから、そうしています。

何になりたいかではなく何をしたいのか。まわりに合わせず出る杭になれ。

―最後に、若手研究者に一言お願いします。

大渕さん:自分が何をしたいのかということに一番力を注いでほしいです。

専門学校や大学で非常勤講師として教えていますが、社会人2、3年目の子に、「先生みたいに生きるにはどうしたらいいですか?」と訊かれることがあります。

仕事は名詞(職業名)じゃなくて動詞で選びなさいと伝えています。
「警察官になりたい、サッカー選手になりたい、宇宙飛行士になりたい、はいいけど、じゃあ警察官になって何がしたいのか?というのを考えてないと、どの仕事に就いても2.3年で辞めるで。」と話しています。

大学や研究者の道に進みたいと思うと、大学院に行き、最終的に博士号をとります。行けば行くほど研究者しか道がない。自分自身もそうでした。
研究者になりたい人はそれでいいんですが、潰しがきかなくなっていくんです。

ーいや〜そうです。わかります!

大渕さん:文系理系問わず、修士号は自分で何か課題を見つけて、それをロジカルに解決する能力を持ってる人に与えられるものだと僕は思ってます。
博士号は、修士号プラス、更にロジカルにまとめ上げ、文章等にして世の中に発信できる人が取得できるものだと思っています。大学でお世話になった先生の受け売りですけど。
でも、それが研究者以外の道でなぜ使えないんだろうって思います。

もっと自分の生き方を考え、道は自分で探せ、と言いたいですね。仕事も自分で見つけることを頑張って欲しいなと思います。

日本という国は、みんな小中学校に行きます。国民が持つ教育を受ける”権利”の行使なのに、”義務”教育と言ったりします。高校や大学行くのも同調圧力なのでは?って思うことがあります。そして、募集がかかっているところに仕事に行きます。

逆に言うと、仕事を自分で探して作ることをしない。募集がかかってなかったら何もやらへんの?って思います。動物みたいに、シンプルに「生きる」という大きな目標を掲げて、生きるためにはいまどうすべきか?手持ちのスキルで何ができるか?足りないスキル、手に入れられるスキルはなにか?とか考えてゆくことが大切かと思います。

意外となんとかなるものです。大学の時は、恥ずかしながら学芸員資格を取ろうにも、入った理学部にはそのカリキュラムがなくて。仕方ないから、熱い想いを胸に?文学部の教授に相談に行ったら、文学部の科目等履修生もやることになって。学生証が2枚ありました(笑)。

理系の博物館をめざしているくせに、博物館実習は美術館で受けることになってしまいましたけど、それも貴重な経験、自分の財産のひとつになっています。

僕が議員のところに疑問持って話しにいったようなことをするべきだし、それを許容する社会になったらいいと思っています。出る杭になれってことです。嫌われると思いますけど(笑)。


先輩研究者の皆様の悩んだこと、どうやって乗り越えたか、成功の裏側などをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。

このnoteのインタビューからのコラボで大渕さんとイベントを企画!
神戸市西区にも後援をいただき、Kiss PRESSにも掲載いただきました。
https://kisspress.jp/articles/36572/
神戸の方はぜひお子様とご一緒にご参加ください。(現在キャンセル待ちとなっております。)




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