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『廃墟の形』 (フィクションのエル・ドラード) J・G・バスケス (著) 寺尾隆吉(訳) コロンビアの近現代史の暴力の裏の「陰謀論」。それに、実名登場する作者=主人公がどう対峙するか。祖父に保守有力政治家を持つ作者の実体験を反映した緊迫感溢れる傑作。

『廃墟の形』 (フィクションのエル・ドラード) 単行本 – 2021/7/21
J・G・バスケス (著) 寺尾隆吉(翻訳)


Amazon内容紹介

「いまだ知られざる不確かな真実
J・G・バスケスはガルシア・マルケスの後を継ぐコロンビア文学の巨匠だ。
――アリエル・ドルフマン
1948年、ボゴタの路上で暗殺された政治家ホルヘ・エリエセル・ガイタンの死はコロンビアを深刻な危機に陥れた。2014年、博物館に展示されたガイタンのスーツを盗もうとした男が逮捕される。
ガイタン殺害の背後にある「真実」を探求するこの男は、かつて作家J・G・バスケスに接近し、ある本を書くようしつこく迫っていた……
ガイタン暗殺にジョン・F・ケネディ暗殺が関係するなど、すべてに陰謀を嗅ぎつける謎の男、カルロス・カルバージョを通してコロンビアの歴史に迫り、入念な調査を元に過去の闇をスリリングに描き出す傑作長編。」


ここから僕の感想


 読書師匠しむちょんが教えてくれた小説。この著者の前作『物が落ちる音』は、もう五年前くらいに読んだのだが、それもとても面白かった。この作者、祖父がコロンビア政界の大物政治家という生まれ育ち。前作も、そういう家に育った作者の体験が反映されたものだった。この小説は、より直接的に、主人公語り手は、本人、小説家「ファン・ガブリエス・バスケス」。登場人物の何人かは架空の人物だが、描かれる内容はコロンビアの実際の歴史に基づいており、作者=主人公の家族や経歴もほぼ事実のままだという。


 近現代コロンビアの歴史の大きな3つの暴力の波、今世紀初頭、第二次大戦前後、そして80年代の麻薬王の暴力、はじめの二つは、労働者側の「自由党」有力政治家の暗殺事件がその中心にあるのだが、そのふたつの暗殺にまつわる「陰謀論」を追い求める男と、作者の間に起きた出来事を描く小説。


 途中にケネディ暗殺の話もちょいと挟まるのだが、いずれも、犯行直後、逮捕された「実行犯」に対し、「実は他に犯人がいたのでは」「背後に大きな力が働いていたのでは」という疑惑がある。それを「陰謀論」として退けるのか、それとも何かがあったと考えるのか。狂信的に陰謀論を信じるカルバス・カルバーニョという人物とひょんなことから知り合った「作者=主人公」が、それに対して何を知ることになり、何を信じ、どういう態度をとるのか。


 コロンビアという、政治と暴力の激動の歴史を持つ国で、保守政治家を祖父に持つ作者が、このテーマをどう描くのか。


 実在の人物、政治家だけでなく『百年の孤独』のガルシア・マルケスの実際に書いた関連の書物や、その他実在の小説家たちも登場する。本書の中や解説によると、『百年の孤独』の中で描かれるバナナ農園での虐殺事件も、実際にあった歴史的事件であり、作中の人物にもモデルがおり、ということだという。ガルシア・マルケスは「マジック・リアリズム」、現実と幻想が同居する描き方でそうした実際の事件との間に微妙な距離を取ろうとしたのか、とこの小説を読むと思う。


 「陰謀論」については、新型コロナでも今回の戦争でも、様々論じられている。僕は完全否定派ではない。ある年月がすぎてから明らかにされるとき、事実だったことも多数ある。(チャーチルの大戦中のやったことなど、今現在明らかになっていることは、大戦中は「陰謀論」として否定されていた。)今、明らかにしようとしても「陰謀論」と否定され、それを語る人自体が愚か者として信用を失うようリスクを負う。しかし何十年後かには、事実、そのような背景があった。そういうことはいくらでもありうる。


 暗殺の陰にあるものを狂信的に信じるカルバーリョと、基本的に疑いながら引き込まれ巻き込まれていく「作者=話者」。その微妙な距離感が最後にたどり着く認識、態度は。

 小説というのが、事実に対して、どのような距離と役割・機能を持つ文章表現の形式なのか。政治と暴力と作者の距離、というのは僕が文学を考える際の重要視点なので、「それが最も接近した国の、生い立ちからも最も接近した作者の」書いた小説として、読んだ。

 こういう「暴力と政治」に肉薄する小説というのが、日本と言う国ではだんだん生まれにくくなっているのは、幸福なことなのか、不幸なことなのか。政治的暴力で、直接的にはほとんど人が死なない国、というのは、これは幸福なことなのだろう。しかし、死なない程度に、それぞれの生が削られやせ細っていく国。そんな状況を小説家はなんとか作品に紡ごうとする。そうした営み、苦闘は、なかなか世界の文学の流れの中では切実なものとしては届かない。幸福なことなのか、不幸なことなのか。



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