パレスチナ・イスラエル音楽文化研究会Vol.2(+3) レポート -レベルミュージック(REBEL MUSIC)、そしてパレスチナ、そして路上文庫-
はじめに
前回から報告がおそくなってしまいましたが、「10月7日」を迎える中で少しでもこの研究会で紹介された内容を記録しておきたいと思い、ここに二回目のレポートをアップします。まず趣旨を以下に。
下地をつくるその1 ーレベルミュージック(REBEL MUSIC)ー
会の前半は、主催者のアサダワタル・杉本市大による独断と偏見で紹介する「レベルミュージック(REBEL MUSIC)」のコーナーです。主に取り上げたのは、フリージャズ、そしてスカ/レゲエ、ハウス/テクノ。クラシック音楽が洗練させてきた和声(ハーモニー)から自由を求め、国内においても学生運動との親和性が極めて高かったフリージャズ。歌詞の内容だけでなく、構造的な成り立ちそのものが「抵抗の音楽」であるジャマイカ発のレゲエ。レゲエやスカがイギリスに渡りポストパンク、ニューウェイブと融合していくなかで生まれた音楽シーンにも触れつつ、電子音楽と(黒人による)ダンス・ソウルミュージック)が融合する中で、「ディスコ=平等生・多様性が担保される強いメッセージを放つ場所」から生まれたハウス、そして、デトロイトテクノへ。これらは、我々研究会主催者の独自の解釈が大いに入っていますが、こういった「レベルミュージック(REBEL MUSIC)」という概念の共通理解(下地)としながら、パレスチナの音楽シーンを学んでいく後半へと進みました。
下地をつくるその2 ーパレスチナのいまー
参考文献として、⽉刊『地平』創刊号 緊急特集「パレスチナとともに」pp114-131(岡真理『ガザ 存在の耐えられない軽さ』pp114-122/早尾貴紀『イスラエルの過剰な攻撃性に関する三つの問いをめぐって』pp123-131)を参加者と共有しました。
イスラエル、パレスチナの地理・歴史的的な変遷は前回にも伝えましたが、まず一つ目に紹介する岡真理さん(早稲田大学文学学術院教授)は、マスメディアでほとんど報じられない、現在進行形のガザの実際を詳細に書いています。この事態は今の今に始まったことでなくて、1948年5月15日のナクバ(イスラエル建国によって、パレスチナの地に住んでいたアラブ人が居住地を追われ、虐殺され、難民となった)と言われる、「大破局」と訳すこの出来事、そこから始まっているという流れを踏まえて、いまガザで起きていることを「ジェノサイド」と捉えることの正当性を記述しています。しかし、そのことは主流のメディアは伝えない。とりわけ日本も含めた西洋諸国側のメディアがなぜ伝えないのかっていうことを「伝えないということがメタメッセージになっている」と岡さんは言います。事態をびっくりするほど軽んじていると。なぜこのタイミングで大谷選手が結婚したってことをトップ記事で語り、最後の方に「今日まででガザで何万人が亡くなりました」みたいなニュースをするのか。私たちはこのメディアの怠慢にものすごく憤るべきだと。
根本的に、なぜこんなことが起きているのか、という流れについてはp119の▼マークでまとまってはいますが、例えばメディアが「ああ、パレスチナとイスラエルは複雑な歴史があるからねえ」とか「お互い、暴力と報復の連鎖だからねぇ」とか言ってお茶を濁すなと。「複雑」って言って簡単に済ませようとするのではなく、ちゃんと歴史的な文脈を踏まえるためにやらないといけないこと、それはいきなり「ユダヤ教の始まりは……」などと紀元前の話をするでもなく、いまこういう事態に陥っている直接的な原因がいつから始まっているのかを、19世紀末からの流れとして淡々と書かれています。このときに出てくるキーワードのひとつに「シオニズム」があるわけです。要は、「ユダヤ人国家(いまのイスラエル)を作りましょう」という運動ですが、その運動がどういう意味を持っているのか。ユダヤ教の教えに従ってユダヤ教徒のみんながやっている運動というわけでもなく、一部のユダヤ教徒がシオニズムという思想を持って国を作りこの一帯を植民地化したということ。そういう事実があまりにも伝えられてなく、もっと大雑把な「複雑な宗教問題」というだけで済まされている。そうではないんだ! それは「植民地化=コロニアリズム」の問題なんだと。
そのことをさらに細かく書いているのが、早尾貴紀さん(東京経済大学教授)のテキストです。早尾さんが示しているのが三つの問い。まず一つ目の問いは、「一、ユダヤ人国家としてのイスラエル人は第二次世界大戦化の不当さや悲惨さをもっとも身を以て知っているはずなのに、どうして同種のことをパレスチナに対して行うことができるのか」。
問いの二つ目と三つ目はセットになっていると思いますが、まず二つ目は「二、紛争地隊とはいえ、イスラエルの攻撃にあるこの過剰な暴力生・非人道性はどこから来ているのか」。ガザという完全に封鎖されたところに連日ミサイルを打ち込んで、しかもガザに住んでいる約220万人の人口の40%は子供。すごく子供の数が多い。だからそのままその割合で亡くなっていっているということ。戦闘員でない民間人を意図的に殺しているわけです。またこれはウクライナーロシア戦争とは比でないくらいの暴力性がに存在しています。その暴力性がどこから湧いてきているのかというのが、この二つ目の問いです。
そして三つ目の問い、「三、人権と民主主義の先進国を自任しているはずの欧米諸国がなぜイスラエルのこの蛮行を容認し、軍事支援までしているのか」。国連でパレスチナの国家としての権利を認めようとする決議をしても、アメリカは反対。つまり、完全にイスラエル側に付いているという状況がずっとある。しかも、軍事支援までしている。これら三つの問いを丁寧に答えていっているのが、早尾氏のテキストです。ですから、この岡氏と早尾氏の記事を足がかりにすることで、ーもちろん全然違った意見や解釈を述べる記事があることもわかりつつ、そしてできるだけ多様な媒体に触れつつもー 今回、アサダと杉本がこの研究会をしようとした際に、歴史的に組み込まれてきた社会構造を考えていく上で、この二つのテキストをセットで読むことで、様々なアクションを考える下地になると思い、参加者に紹介しました。
早尾氏の記事にも書かれているように、シオニズムという思想は、ホロコーストに遭ったユダヤ人が「俺らもやられたんだから、俺らもやってやろう!」みたいなことではなく、ホロコーストでナチスにやられた人たちはむしろシオニズムに乗っかっていないと書かれている。だから別の問題ということです。そういう意味では問いの立て方が間違っていて、シオニズムというのは実際はユダヤ人の一部の人たちの思想であって、イスラエルという国を作ろうってことでパレスチナに入植していった人たちがみんなナチスの被害を受けているかというとそうでもなく、むしろナチスの被害を受けた人たちはシオニズムに反対している人たちもたくさんいると書かれています。なので、シンプルに「なぜこの人たちは被害者なのに加害するの?」という問い自体が成立しないことになります。そのあたりことがp124以降に書かれています。
p126以降には、暴力性・非人道性に対する答えが書かれていて、それは一言で言えば「それは……だって植民地だと思っているから」ってことかと。ヨーロッパ諸国が、アジア、アフリカにやってきたことと同じ感覚が根付いているのではないか。つまり、そもそも宗教問題以前に差別意識があるわけですね。圧倒的な人種差別、民族差別的な感覚がある。だから民族浄化を試みていると考えると、戦闘員以外の人を巻き込んででも殺してしまえるというそのマインドセットは理解できるということです。このマインドセットを語るうえでポイントとなる概念は「入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)」。そして、「明白な天命(マニフェスト・ディスティニー)、つまり「だって俺たちの土地だから!」ってことですが、でもこれはユダヤ教徒みんながそう思っているわけではない。さらに、「野蛮人の根絶やし」。強烈な言葉ですが、アラブ人のことを野蛮人だと思っているのではないかと。
そして「なんで西洋諸国はイスラエルに軍事支援までしているの?」という三つ目の問いに対しては、西洋諸国自体がそもそも植民地主義をやってきて、今となってはそのアメリカを中心とした西洋諸国的価値観を守っていこうと思ったときに、イスラエルが最前線に立って戦ってくれるとアメリカにとって都合がいいし、軍事産業としても助かるというのが答えになります。そのあたりのことを共有したうえで、いよいよ「音楽」の話をしていこうと思います。
下地をつくるその3 ーパレスチナのミュージシャンを取り囲む(制約)環境を知るー
今回、パレスチナの現在進行形の音楽シーンを調べる上で、とても参考にさせていただいた文献を三つ紹介しておきます。
▪️緊急報告会アーカイブ:⾳楽で知るパレスチナ 〜現地アーティストの声と
想いに触れる〜(2024/01/09)
https://www.youtube.com/watch?v=M48JiYrEO24
この動画は、日本国際ボランティアセンター JVCが主催したオンライントークイベントのアーカイブで、紀行家としてパレスチナの食文化や音楽文化、政治状況を写真や文章を通じて発信されている菅梓さんがゲストレクチャーされています。菅さんがパレスチナのいまを知る手がかりとして、たくさんのアーティストをひたすら紹介してゆくという構成です。私たち研究会もこの動画からすごく多くのことを学び、実際に何組かのアーティストを紹介させていただきました。何より、このアーカイブ動画はとても貴重な資料だと思いますし、もっともっと多くの方に観ていただきたいと強く感じます。ぜひ全編ご覧くださいね(企画された JVCさんとゲストの菅さんに感謝します)。
▪️CREATE YOUR OWN REALITY THE PALESTINIAN SCENE(リアリティーは自分達でクリエイトする:パレスチナのダンスシーン)
https://ja.ra.co/features/3299
この記事は電子音楽やクラブシーンに関心がある人にとっては興味深いと思います。「ダンスシーン」と書かれていますが、実際はほぼダンスミュージックの話です。簡単に触れると、パレスチナのミュージシャンがパレスチナの域外を出てイスラエルの領土に入ったり、別の国に向かうときに必ずチェックポイントを超えないといけないという際に、どうやって「くぐり抜けるか」という策略や「片道切符かもしれない」という緊張感を携えながらなんとかブッキングされたライブに出演することにまつわる極めて具体的なエピソードが語られています(例:ヨルダン川西岸(パレスチナ自治区)に住むDJのOdaさんiが、イスラエル領土に入るための壁の隙間(有刺鉄線の破れ目!)をめがけて、密入国業者にお金払って梯子を持ってきてもらって秘密の切れ目のある箇所から入る方法を見つけてイスラエル側に入ろうとしたけど梯子から落ちて骨折してなんとかその場から去って脚が紫色になりながらイスラエル領土に入るピソードなど/戻りの際はチェックポイントで「IDを忘れた外国人のふりをする(シカゴから来たDJのエディという設定!)」で切り抜けた)。そもそもパレスチナのミュージシャンには、「ライブをどうやってやるか(ミュージシャンとして文字通り“生き延びるか”)」という極めて切実な問題があり、そのことを知ったうえで、音楽の中身について紹介できたらと思います。
(ちなみに、チェックポイントについては、前述した菅梓さんのnoteにも以下のような記事があるので参考までに。
▪️PMX(Palestine Music Expo)-パレスチナ最⼤規模の⾳楽祭
https://www.palestinemusicexpo.com/
パレスチナの音楽シーンにとってとても重要なイベントが、PMX(Palestine Music Expo)です。パレスチナの音楽産業と世界の音楽産業を結びつけ、パレスチナの音楽シーンをさらに活性化させていくことを目的に、2017年にラマッラーで初開催されました。日本のフジロックのような一般オーディエンス向けのフェスではなく、あくまで業界関係者向けに開かれるショーケースの役割を担っているそうです。
パレスチナの音楽シーンの紹介 ーレベルミュージック(REBEL MUSIC)」の視点からー
さて、ここからパレスチナのミュージシャンを紹介していくのですが、出身地も示しています。先ほどのDJ Odaiの例からもわかるように、かれらがどこに住んでいるかがそのまま創作・ライブ活動における制約条件になるからです。ヨルダン川西岸地区の難民キャンプ出身のミュージシャンがいる一方で、イスラエルに住んでいるパレスチナ人のミュージシャンもいる。もちろん、ガザ地区に住んでいるミュージシャンもいます。またエルサレムに住んでいるミュージシャンもいるのですが、エルサレムは、ヨルダン川西岸地区とイスラエル本土の狭間にあり、その中で東エルサレムと西エルサレムに分かれていて、どっちもヨルダン川西岸地区内からすれば壁の外にあります。外なんですが、東エルサレムはパレスチナ人が多く、西エルサレムはユダヤ人が多い。そしてその東西エルサレムの間には壁があるわけではないので行き来はできるわけですが、例えばユダヤ人が運転するタクシーの運転手に西エルサレムに滞在していた観光客が「東エルサレムに行って」と伝えても、「危険だからここで降りて」と手前で降ろされることがあるというエピソードが、この朝日新聞の記事などにも書かれています。とにかく、研究会に集まったメンバーも基本的にこのパレスチナに対する土地勘がまったくないので、まず地図を見るところから始めました。
さぁ、いよいよ本当に音楽シーンの紹介です!「エレクトロ系」「ヒップホップ系」「フォーク/ ロック系」の三つに分けてますが、あくまで便宜上そうしただけなので、ツッコミどころがある前提でお願いいたします。
【エレクトロ系】
まず最初に紹介するのは、Bashar Murad / バッシャール・ムラッド(from 東エルサレム)です。非常に有名なポップスターで、父親はSaid Muradという人物で、「Sabreen」という有名なバンドに所属していたミュージシャンです。バッシャールの特徴は、踊りやすいリフや華美なライブコンサート、甘美さのある抜群の歌唱力。そしてMVでは泡や巨大な帽子、ベールを重ねた独特のスタイルから「パレスチナのレディー・ガガ」と呼ばれているそう。彼の曲の歌詞には、ヨルダン川西岸地区のイスラエル占領にも異議を唱えつつ、LGBTQの権利を訴える内容も多数含まれています※1。以下のMVはすごく最近の曲で、「2022年10月7日」以降にリリースされています。
(「荒野へ行こう」。占領や紛争によって一処に止まることができない状況を
嘆きつつも、サヴァイブするために動き続けようといったメッセージが伺える。)
彼の政治的なエピソードのひとつに、2019年に「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」がイスラエルの都市 テルアビブで開催されたときに、パレスチナ、イスラエル両国から出演者がブッキングされるのが政治的に微妙という状況で、バッシャールはヨルダン川西岸地区の都市 ベツレヘムのアイーダ難民キャンプにてその名も「グローバル・ビジョン」というなかなかに挑戦的なタイトルのフェスを自らオーガナイズし、しかもそこでジョン・レノンの『イマジン』の歌詞を「チェックポイントのない世界を想像しよう」という風に変えて歌ったというエピソードがあります(ちなみに、ベツレヘムからテルアビブに行くのはチェクポイントを超えないと行けないのでリスクがある)。
また、バッシャールがこのようにして背負ってきた「音楽性≒政治性」に対して、本家であるユーロビジョン2019に出演していた、アイスランド出身の反資本主義テクノパンクバンド Hatariがむしろこのバッシャールが持つ、占領されている土地からオルタナティブなやり方で音楽を発信するという姿勢に共感し、コラボが始まったりしてます。
(Bashar MuradはアイスランドのHatariとも連帯。歌詞には、検問所、壁、不法な入植地、軍の常時駐留など、パレスチナの苦しみが描かれている。)
次に紹介するのは、Zenobia / ゼノビア(from ハイファ/イスラエルに住むパレスチナ⼈ユニット)です。このハイファという土地は有名な小説『ハイファに戻って』(ガッサーン・カナファーニー著)で知った方もいるかもしれませんが、イスラエルの地名です。つまり、ゼノビアはイスラエルに住むパレスチナ人ユニットということです。ビジュアルからして伝統的な白いローブ姿を纏い、まさにイスラム教徒といった風貌ですが、音楽性も「ダブケ(dabke)」と呼ばれる結婚式用の音楽ジャンルの民族的メロディーを、電子楽器によるテクニカルな演奏と太いベースラインでブーストしたようなかなり独特なもの。先ほどDJのOdaiのチェックポイント越えについて触れた記事によれば、電子音楽のレジェンド Brian Enoからも高い評価を受けていることがわかります。MVとパフォーマンス映像を紹介します。
(MVの1:30くらいのところでは、なんと日本の中核派も登場!
あらゆる反体制運動と通底しているということでしょうか。)
(ダブケ感が前面に出たメロディラインを電子楽器による生演奏でアレンジ。
画面を行き交うワンちゃんにも注目。)
【ヒップホップ系】
次はパレスチナのヒップホップグループを2組紹介します。最初はEttijah / エッテジャ(from ベツレヘム・デヘイシェ難⺠キャンプ/ヨルダン川⻄岸地区)です。20代前半くらいのとても若い女性グループです。アラブ後でDirection(方向)という意味のユニット名で、パレスチナ初の女性ヒップホップユニットと言われています。2013年にShoruq Organization(難民キャンプの若者向けにアートプログラムを提唱するパレスチナの団体)が主催する夏のキャンプで、ディアラ・シャヒン、ダリヤ・ラマダン、彼女のいとこナディーン・オデがヒップホップトレーニングコースに参加したことに遡ります。グループの中心となる3人は、他のメンバーが加入しては去る中でも一貫して活動を継続してます。
(PMXに出演している際のライブパフォーマンス動画)
ラッパーが交代してゆくオールドスクールなヒップホップですが、中東的なメロディをベースに、現地の歌謡曲的なフレーズがサンプリングされ随所にインサートされているのが特徴的。また、極めて珍しい女性グループであることから、前述した菅梓さんの講演で印象的なエピソードが紹介されてました。女性であるということで注目されることも多いですが、難民キャンプの中には保守的な考えを持つ人も多く批判もあると。ただし若者からの支持は厚く、PMXで警備員をしていた若い男性が同じくデヘイシェ難⺠キャンプ出身者で「Ettijahは自分の出身地の誇りだ」といったニュアンスの発言があったことが紹介されてます。まさに、スターですね。そんなデヘイシェ難⺠キャンプには、生活空間がなく、電気、水、インターネットなどのインフラも整っておらず、常日頃イスラエル兵による侵入によって若者が逮捕されるという極めて過酷な状況があります。そのような現実から、日々抵抗のリリックを編んでいるのがこのEttijahなのです※2。
(Ettijahメンバーが生活しているデヘイシェ難⺠キャンプでのインタビュー映像)
さて、次は DAM / ダム(イスラエル国内のパレスチナ⼈)です。彼らはパレスチナのヒップホップシーン最大のスターであると言っても過言ではないでしょう。DAMは1999年にターメル・ナファールを中心に、その弟スヘイル・ナファール、そしてマフムード・ジュリーリーによって結成。2015年には新たに女性シンガーのマイサ・ダウが加入。DAMは、アラビア語の「دام(永続する、持続する)」という単語に由来するようです。日本でもかなり知られおり※3、そのきっかけの一つとなったのが彼らが主演を務めるドキュメンタリー映画『自由と壁とヒップホップ』(ジャッキー・リーム・サッローム監督作/2008年)です。アラブ音楽とヒップホップミュージックを融合させた独特なスタイルを確立し、西洋諸国的価値観がもたらす様々な「壁」を乗り越え、擦り抜け、押し倒すための多数のヒット曲を産んでいます。
(親や社会からの結婚に対するプレッシャーがテーマの楽曲。
かれらのMVはアイロニックな創造性に溢れてます。)
(リーダーのターメルのソロ曲。パレスチナ人だけどイスラエルIDを持っているからこそ「選挙に行って主張しろ!」というメッセージが込めらてます。)
【フォーク/ ロック系】
最後に紹介するのが、SOL BAND / ソルバンド(from ガザ)です。ボーカルのハマダ・ナスララーを中心に結成されたフォークバンドで、言葉が拙いですが、とっても爽やかで底明るく、でも激しくはない穏やかな音楽性が魅力。レバント地方(現在のレバノン、シリア、パレスチナなど)の民謡カバーからオリジナルまでレパートリーは広く、楽器編成もコーラス編成も変化に富んでいます(それはガザで活動するうえでの制約 ーメンバー全員がチェックポイントを超えれない、使用できる音響機材の有無など ー もあるかもしれません)。ジャーナリストの佐藤慧さんによるハマダへの現地(ガザ)におけるインタビュー※4がとても素晴らしくぜひ読んでほしいのですが、この記事で関心深かったのは(イスラエルに対する抵抗だけではなく)ガザを統治してきた「ハマス」からしても、彼らのような存在は、“伝統を外れた音楽を演奏することは「反社会的」な行動と受け取られてしまう”ようで、デヘイシェ難⺠キャンプで活動するEttijahに対して保守的な住民からの批判があるというエピソードとも通底しますね。つまり、「壁の向こう側」に対する抵抗というシンプルな話に止まらず、「壁のこちら側」に対しても音楽を通じてどう抗うかという次元がある。彼らは2020年頃からしばらくトルコで活動をし、2023年2月にガザに戻り、下記にリンクを貼ったInstagramを通じてリアルタイムに現地の状況を伝えながら子供たちと音楽を演り続けています。端的に、その映像はあまりにも生々しく凄まじい。ぜひとも、彼らのInstagramをフォローして観てください。
(2021年9月18日、フランスのアラベスクフェスティバルに出演した際の映像)
(ガザで現地にある限られた楽器を使って、⼦供達と⾳楽活動をしている様子。
このような動画が多数投稿されています。)
音楽(文化)でフラグを立て続けること ー研究会Vol.3の報告も兼ねてー
本日は、2024年10月7日です。つまり、イスラエル軍とパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスの戦闘からちょうど一年が経過しました。ガザの保健当局によると、これまでの戦闘によるガザ側の死者は昨日6日時点で少なくとも4万1870人、うち7割近くは子供と女性とされています(10月7日付毎日新聞朝刊一面記事より)。
徐々に減っていく報道、関心の薄まり。日々の忙しさのなかで、本研究会主催のアサダもこのレポートを二ヶ月も放置するなど、発信や運動の継続はとても難しい。でも自分ごとにするための方法として、自分に身近な領域から発信の切り口を変え、対話をするためのフラグを立て続けるしかないかなと思います。
この研究会の翌週の7月31日(水)は、研究会会場でもある、近大通り(近畿大学のある大きな学生街/大阪府東大阪市)の本と音楽のお店、ときどきゼミ〈とか〉にて、「(パレスチナにまつわる)路上文庫、ときどき(紹介したミュージシャンの演奏に合わせて)演奏」というアクションを終日行いました。一応、これが本研究会の3回目となります。
またささやかながら、形を変えながらも対話の場を継続します。
ご精読、ありがとうございました。
※1 「Palestinian pop singer Bashar Murad struggles for freedom and equality on two fronts」という以下の記事を参照。
※2 Ettijahにバイオグラフィーにまつわる詳細な記事を参照。
※3 駐日パレスチナ常駐代表部という公の機関が、自国のヒップホップミュージシャンをこれほど推しているんだってことがわかる詳細なDAMの紹介記事。
※4 2020年2月公開の記事。ヨルダン川西岸地区やガザ地区の地理的な状況も記しながら、各地のミュージシャンを実際に訪ね歩いてかれらの言葉を紡いだ貴重な記事。
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