福島に通って ーラジオ下神白ー

画像1


4年近く前から福島県いわき市にある県営復興団地に通っている。下神白(しもかじろ)団地。ここで住民さんたちと一緒に、彼ら彼女らが元々住んでいた町の思い出をインタビューし、当時の馴染み深い音楽とともに団地限定の「ラジオ番組」を作っている。しかし、コロナ禍となり、今年の2月まで毎月欠かさず通っていた訪問ができなくなってしまった。6月には行けるか、7月には・・・と思いながら、まずは現地スタッフがスマホやiPadを持って団地を訪ね、アサダが東京からオンライン訪問するという形を取り、これまで続いてきた交流をなんとか継続させていている。

これまでラジオは電波での放送でもインターネットの配信でもなく、「CD」という形で収められ、全戸に直接訪問配布してきた。全部でこれまで第7集まで作ってきて、各集60分を超えるボリュームだ。そこに住民さんたちのかけがえのない記憶が音楽とともにぎゅっと詰まっている。それを別の住民さんが聞いて、またその人が記憶を語り出す。そんなラジオを通じた人と人とのつながりを、孤立しがちな団地生活においてゆるやかに編んできた。そして、僕らもこの輪の中へ、コミュニティの中で、優しく迎えられてきた。

DaDラジオ下神白写真2

住民さんの選曲した「メモリーソング」。これらの生演奏を通じて、彼ら彼女らの生きてきた証を「支援」できないか。そうして、関東圏でバンドメンバーを募集し、集まった6名のバンドメンバーと団地での現地練習に付き添うミュージシャンと合計7名の「伴奏型支援バンド BSB」を結成し、これまで練習に励んできた。そして、昨年2019年のクリスマス会では、BSBで演奏した曲をバックに、住民さんたち自らが時にマイクを握りしめ、時に合唱で歌い上げてくれた。本当に素晴らしい時間だった。しかし、いまは「集う」こともましてや集団で「歌う」ということもとても難しい。

そんななかでもできることはないかと、今日BSBのメンバーが久しぶりに都内に集まった。オンラインを通じてでも、「住民さんたちに僕らの演奏を届けることができるのではないか?」「僕らの演奏を撮影して、そこに住民さんがかつて住んでいた町の写真などを背景にしてPVを作ったら喜んでくれるのではないか?」など意見交換が弾んだ。

やれることをやる。でもただやるだけでなく、そのやれることにこそ最善の創意工夫を込めて。

そんなことを考えながら、この「復興支援×音楽」という新たな組み合わせを、ラジオやバンドという形式を伴いがら発展させていっている。以下、これまでの取り組みをまとめたアーカイブ(映像、ブックレット)を紹介する。今年はコロナ禍で震災9年の際も自粛モードで、「この時を反芻し刻む」ということが疎かになったのではなかろうか。来年2021年3月はいよいよ10年を迎える。「復興」は今も続いている。かつての過酷な避難生活ではないにせよ、ここに辿り着いた方々の現在の「生活」が、その「声」とともにありありと伝わってくる。高齢化が進む中、会い続けられるところまで、通い続けたい。

■ラジオ下神白 あのときあのまちの音楽からいまここへ
 記録映像(撮影・編集:小森はるか)

■ラジオ下神白 あのときあのまちの音楽からいまここへ
 ドキュメントブック2017-2019(編集:川村庸子 デザイン:高木市之助)
https://tarl.jp/wp/wp-content/uploads/2020/04/2019_astt_shimokajiro.pdf

画像3

■TOKYO ART RESEARCH LAB REPORT
「伴奏型支援バンド物語」(文:岡野恵未子)
第1幕・初回スタジオ入り
https://tarl.jp/randd/2019/ra01_report_01/
第2幕・つながりはじめる“この場所”と“あの場所”
https://tarl.jp/randd/2019/ra01_report_02/

その他、いろいろありますが、また追記していきます。
今後の活動をお見守りください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?