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この映画で牛乳が気になる理由  失われる伝統的な農場と介護問題を記録

デンマークの伝統的酪農農家を営む叔父さんと姪の物語『わたしの叔父さん』。くしくも丑年のロードショー!ということで、年明け1回目のnoteは北欧の“牛乳”をめぐる最新事情について、ノルウェー在住の北欧ジャーナリスト・鐙麻樹さんに語っていただきました。
「北欧では牛乳は価値観やライフスタイルを反映する」とは…??映画の背景がわかる興味深いレポートです。ぜひお楽しみください。

わたしの叔父さんサブ3

この映画で牛乳が気になる理由  失われる伝統的な農場と介護問題を記録

「素晴らしい」というのが鑑賞後の素直な感想だった。

デンマーク映画『わたしの叔父さん』では、人間・家族ドラマ、田舎での介護問題、失われていく伝統的な農場という複数のテーマが重なっている。
遠い国のことでありながら、多くの国で共感を生む普遍性の高い内容となっている。

北欧で起こっていることだけれども、自分にも起こったことがあるような、共感できるシーンに出合うこともあるだろう。

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言葉少ないコミュニケーションは国民性?
皆さんは北欧の人の人柄についてどのようなイメージを持っているだろうか。
国や個人によって差はあれ、「シャイで寡黙、でも親しくなると優しい」というのはよく聞く感想だ。

私はノルウェーに住んでいるが、ノルウェーに住んでいたフィンランド人が「ノルウェーの人はまるでコメディアンのようにずっと喋っている」と言っていて「フィンランドの人は、どれだけ寡黙なの?」と笑ったこともある。
そのような寡黙な北欧の人の姿はこの映画にもたっぷり詰め込まれている。登場人物たちの無言のシーンがあまりにも多いのだ。

叔父さんが初めての一声を映画で発した時は、ノルウェーの映画館にいた人々は声を上げて笑っていた。「……やっと喋った!」と私も思わずほっとした。

介護問題と若者の未来
家族の世話に必死で、自分の夢や都会に行くことを諦め、田舎の農場に閉じこもっている若い女性。高齢者の介護のために夢を諦めるか迷う若者問題はデンマークにもあり、作品では問題提起もされている。

「なぜ彼女がひとりで介護をしていて、ノルウェーではよくあるような訪問介護サービスのシーンがないのだろう?」という疑問が残ったので、これは私が今後調べたい個人的な宿題とする。

時代の変化で変わる農業の形と牛乳のイメージ
映画で出てくるような小さな農場は、デンマークでは2026年には全て閉鎖しなければいけないことが決まっているそうだ。

「EUの方針でデンマーク政府が決めたことなのですが、映画に出たような小規模の農家は2026年には歴史になってしまうということで、今でも伝統的に営んでいる小規模農家の人たちを歴史的なポートレートを作りたいという気持ちでした」と監督は映画祭でのトークで語っている。

私はこのデンマークの2026年農家問題は知らなかったのだが、映画作品には酪農や牛乳のシーンが多いため、「減少する酪農の記録を残しているのかな」とは感じていた。北欧では、環境負荷が高い酪農に対する議論が日本よりも広がっており、スーパーでは牛乳以外の植物性ミルクも明らかに増えている。

北欧では牛乳は価値観やライフスタイルを反映する
オスロに住む私の家の冷蔵庫の写真をご覧あれ。

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3本全てが植物性ミルクだ。左から朝ご飯にオートミールお粥を作る時によく使うオートミルク(オート麦から抽出されたミルク)、甘いバニラ味の豆乳はプロテインと混ぜる、ココナッツミルクはシリアルと合う。 撮影:あぶみあさき

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デンマークでの国政選挙の取材中。政党のスタンドでは飲食物を市民に無料配布。コーヒーやお茶と混ぜるためのオーガニックの牛乳とオートミルク 撮影:あぶみあさき

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フィンランドの国政選挙の取材中。ここでも「保守派」の政党のスタンドでコーヒーが無料配布されており、オートミルクとラクトースフリー(乳糖を含まない)の牛乳が選べる 撮影:あぶみあさき

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スウェーデンの一般家庭のお家に宿泊した時の朝食。オーガニックでラクトースフリーの牛乳と一緒に、バターもオーガニック 撮影:あぶみあさき

オーガニックやラクトースフリーであることは前提となりつつあり、加えて牛乳か植物性かを選ぶことができる。

私は乳糖不耐症ということもあり牛乳は避けたい人だ。本作に出てくるように牛乳農家の支援や存続も考えるとラクトースフリーの牛乳でも良さそうだが、個人的には植物性ミルクの普及を後押ししたい気分。「買い物は投票と同じ」ともいわれるように、何を買うかで社会の変化にちょっと携わりたいから。

どこの北欧の選挙でも、政党は牛乳と植物性の両方を置いてある。環境派の政党は植物性しか置かないこともある。政党の価値観や目指す政策や社会の未来がミルクの種類でなんとなくわかるのは興味深い。

各国を取材していても、美容や健康面以上に、気候・環境が理由で植物性にシフトしているという若者にはよく出会う。このように、ともかくも北欧社会になじんでいると、ミルクがいかに個人の価値観やライフスタイルを反映し、政治的であるかを感じる。牛乳へのこだわりが強いと、「昔のものをなんとしてでも残そうとする」ような、そのようなメッセージを今は感じ取ってしまうのだ。この北欧のミルク社会の変革の中で、映画『わたしの叔父さん』を見ていると、歴史を記録に残す作品なのかなともより思う。

映画のクライマックスも、会場が小さくざわつく
映画のクライマックスも、会場が小さくざわついてしまうような終わり方だ。「ああいうシーンに終わることで、観客が自由に解釈できることが私には大事だった」という監督。

デンマークという社会の仕組みや暮らしについて、いろいろと考えさせられてしまう、そして心にじんわりと染みる、いい映画だ。

Photo&Text: Asaki Abumi


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