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2020年3月 前橋旅4

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 いざ「酒仙館」へ。

 入口の戸を引くと、まずは小ぶりな本棚がお出迎え。ちらっとしか見てないが飲み屋関係の文庫本が多かった印象。そうして奥へと進むと、カウンターに座席が連なり、先客は夫婦だろう二名。そしてカウンター向こうに年長の女将。

「いらっしゃい」

 まずは臆することなく、先客の二つ隣の席に腰掛けます。カウンターの上にはラップをかけられた煮物などの大皿や、かなりの年月を経ただろう梅干しの瓶がいくつか(塩が結晶化してるのもある)。
 まずは温かいおしぼり。そしてお品書き。当然、地酒のページをめくる。む、昼に立ち寄った聖酒造の酒がない。まぁでも、地元の酒だろう「赤城山」を一合注文。手洗いに行っている間、「ホテルのお客さんかな?」なんて会話が聞こえてくる。当たりです。

 席に戻る。カウンターの後ろには小さな座敷席もある。壁には群馬県の観光ポスターが貼られ、柱には神社のお札がいくつか。石油ストーブの上にはやかんが。結構な年季を感じる。雑多な感じだけれど、でもこの雰囲気は、良い。

 まずは地酒「赤城山」常温。今日何度もその姿を拝みました。最初の一杯は女将が注いでくれるので、手を添える。いただきますと、お猪口に鼻を近づける。いい香り。ちびっと口をつける。うん、しっとりと美味しいお酒です。アルコールを中和するため和らぎ水も、一緒に啜ります。

「(予想通り)ホテルから来ました」とご挨拶。東京からであること。今日予定していた文学フリマに参加予定だったが、中止になった。けれど、そのまま旅だけ決行した。そんなことを語る。
「オリンピックどうなるんでしょうね?」(この時点では、まだ延期は決まってませんでした)といった時事問題を緩く先客の方々と語らう。「奇数年の五輪って、史上初じゃないですかね」とも。
(そういえば、群馬駅前に聖火リレーが通るみたいな看板があったな。結局あれは取りやめになったのだろうか)

 お通しに三種ほど出される。角煮大根と……うーん、何が出たのか忘れていやがる。いずれにせよ、なかなかボリュームがありました。

「前橋を旅してるって、どこ見て回るの?」という話がここでも持ち上がる。やはり前橋在住の方は、誰も前橋を観光地とは思っていない。焼きまんじゅうに神社、職人醤油の話を披露する。「焼きまんじゅうは、地元の人はあまり行かないよ」とのこと。「混雑してたのは帰省してた人じゃない?」と。職人醤油は、皆さん行かれたことがないと仰ってたので、絶賛しておきました。前橋にお住まいなら、ぜひ訪ねて欲しいお店です。

 サワラの西京焼きを注文するが、サワラが切れているとのことで、カレイの西京焼きに。焼いている間は、ただ会話を味わう。赤城山に舌鼓を打つ。そうこうしているうちに「ごゆっくり」と、先客が退いていく。こうして女将と二人になる。大皿のひじき煮も分けてもらう。うん、いいお味。

 文学フリマの話が上がる。そんなのやる予定だったなんて、全然知らなかったとのこと。前橋の各地にポスターを貼ったり、ラジオでお知らせをしたりと、事務局の皆さんが広報活動に勤しんでいたのはTwitterで見ていたが、どうやらまだまだ前橋の皆さんには行き渡っていないよう。うーむ。

「そのイベントに出る予定だったってことは、小説を書いているってこと? どんな話を書いてるの?」
「ジャンルで言えない感じなんですけれど……とりあえず人間が主人公の話です。文学フリマには、コースター小説っていう、飲み物のコースターに印字した小説を出品予定で……」
「あぁ、なるほど。お酒を飲みながら読む感じね」
「そうです……あぁ、持って来りゃ良かったなぁ。ちなみにこれっくらいのサイズなんですけど、一枚いくらほどが妥当だと思います?」
「うーん、300円」
「ありがとうございます。でも、そりゃ高いなぁ。1枚25円で売ろうと考えてたんですよ……あぁ、本当に持って来りゃ良かった」

 今度から旅するときは、少し持ち歩こうか。名刺代わりにもなるし。
 てな感じのやりとりをしつつ、出来たての西京焼きが。たっぷりの大根おろしに、醤油をたらり。けどまずはそのままいただきます。あぁ、うまい。次いで今度はおろしと一緒に。「美味しいです」と伝えます。

 そういえば、コロナの影響でお祭りも中止になるだとか。露天商の人々なんて大打撃でしょうに、なんて話も。そこで思い出すあの名台詞。
「これ、寅さんで出てきたセリフですけど……『テキ屋殺すにゃ、刃物は要らぬ、雨の三日も降ればいい』」
(テキ屋とは、まぁ露天商のことです)
「でもこの場合は……『テキ屋殺すにゃ、刃物は要らぬ』」
「コロナ三日も続きゃいい」と、女将さんの合いの手。あぁ、楽しい。

 やはり寅さん世代でした(自分は厳密には世代じゃないですが、寅さん大好きで全作見てます)。風来堂のママさんが、寅さんのマドンナめいた人物であったことも女将さんにお知らせしておきます。
 っと、赤城山が尽きる。お次はと考えるが、やはり聖酒造は扱っていないとのこと。残念。でも気を取り直して、こちらも前橋の地酒「清瞭(せいりょう)」をお願いする。
 こっちのほうがややあっさりだったかなぁ、と記憶しているが、徳利の中の重みにややたじろぐ。今日は疲れているからか、酒がよく回る。すでに視界が重い。この一合呑み切れるだらうか。和らぎ水をちょくちょく挟み、中和に励む。

 焼きつぶ貝が出てくる。何か他にも出てきた気がする。女将さんもビールを飲んでいる。

 せっかくだから、もう一品注文。だし巻き卵。「甘いのと、そうでないの、どっちがいい?」と問われたので、やや迷って「甘くないの」と注文。その間にも清瞭をちびちびやります。はー、いい心地。ついでにカウンター上に見えた、たらこを半腹ほどお願いする(半腹なんて言葉、初めて使ったな)。

 料理を待っている間も色々話したと思う。群馬のこと、東京のこと、コロナのこと、小説の展示のこと、普段の仕事のこと(えぇ、普段は働いております)。こちらのお店はすでに40年もやっているとか。地図を見て、駅南側のほうが古いかと思っていたが、実は北側のドーミーインのあたりのほうが古いとか。中でもこのへんが前橋の中心地のよう。しかし駅から結構離れているため、あまり人が流れてこないとも。
「前橋で、問題だと思うことって何かありますか?」と、旅に行ったときときたま尋ねる質問を振ってみる。
「空き地が多く、活気がないこと」と確か仰っていた。うーん、県庁近くを通ったときと似た印象だなぁ。

 ほどなくして、へいお待ち。だし巻き卵と、たらこ。
 だし巻き卵はあっさりしていて美味かったが、一人で食べるには結構な量で、やや腹が膨れる。たらこは塩気が抜けていて、何だか甘かった。そういや確か日が経っているとか言ってたか。

(今でこそ東京には外出自粛要請が出ていて、飲み屋にも行かないよう言われている。旅中、飲み食いするとき以外はマスクをつけ、手の消毒スプレーも見かけるたびにプシュッとやり、旅から一週間以上経った今も体調も味覚も嗅覚も問題ないが、自粛要請後だったら、きっとこの旅は難しかっただろうなぁ……)

 というか、先程までどんよりと低気圧だった頭が、段々冴えてくる。よくわからないけれど復活しました。でも、もうお腹はいっぱい。日本酒も無事、二合呑み終えました。ごちそうさまでした。アイお世話! とお会計。〆て、4500円ちょい。地酒二合以外にメニューから頼んだのは二品だけだったが、大皿から注文したり、色々出してもらったりしたから、このくらいか。
 ありがとうございました。とても良い時間が過ごせました。
(そういや、魔除けのCD2枚の意味を、聞けば良かったなぁ)

 てなわけで、女将さんに外まで見送ってもらい、ホテルまでええ心地で歩いて行きます。時刻は夜十時。二時間半ほどの晩酌だったろうか。実に良い酔い宵でした。あとはまた風呂であったまろうか。それとも顔だけ洗って、このまま寝ようか。ぴゅうぴゅう風に吹かれながらドーミーインまで。

「おかえりなさいませ」と、フロントの方々に声を掛けてもらい、「うむ、くるしゅうないぞ」と適当にあしらい(嘘です。この人そんなことしません)、部屋のある9階まで。カードキーを取り出して……。

 ちょっと待った。思い出した、と再びエレベーターで2階まで降ります。2階の食堂。そう、ドーミーインを利用したことのある方ならご存知の「夜鳴きそば」の無料サービスがあるのです。
 というわけで夜鳴きそばこと、ミニラーメンを厨房にお願いします。すぐに出てくる。ちぢれ麺の醤油ラーメン。透き通ったスープに、薄い色の海苔と葱とメンマと、シンプルな具材。胡椒をぱぱっと振って、いただきます。

 味はまぁ、めっちゃ美味い! と絶賛する類のものではないけれど、酒を呑んだあとに、このあっさりラーメンはとっても嬉しいのです。やー、やっぱり最強ですわ、ドーミーイン。これからも御贔屓にさせていただきますよって。
 というか、先程のだし巻き卵。このラーメンのことを憶えてりゃ、頼まなかったなぁ。けど、何だかんだで入っちゃうから大したもんです。ごちそうさまでした。シンプルなお味で美味しかったです。

 うーん。とってもいい心地。やっぱりこのまま歯ぁ磨いて、さっと顔だけ洗って寝ようかしらん。明日も割と早く起きる予定だし(いや、寝ていたいのだけれど……)、今日はもう寝ようか。寝ましょうか。

 そんなわけで、おやすみなさい。前橋さん。(続→

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