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桜の木の花びらたち

心安らいで、幸せに生きるための物語。つかの間の人生をいかに生きるのか?

 公園のまん中に一本の桜の木が立っていました。
 三月の終わり。桜の木には、たくさんの花びらが咲きました。一つの花が咲き、「マリコ」と名付けられました。続いて、一つの花が咲き、「ユウジ」と名付けられました。しばらくして、一つの花が咲き、「サヤカ」と名付けられました。
 マリコが言いました。
「私は形と色がすてきな花びら。他の花びらよりも美しい」
 ユウジが言いました。
「僕は力持ちの花びら。僕に勝てる花びらはいない。僕が一番強いんだ」
 サヤカが言いました。
「私はこの木の女王の位をもらった花びら。他の誰よりも地位と名誉が高いのよ」
 その時、一羽の白い鳩が桜の木に留まりました。
 マリコは白い鳩に尋ねました。
「私たちの中で一番すごい花びらはどれ? 教えてよ」
 白い鳩がいいました。
「マリコ。ユウジ。サヤカ。あなたたち、見かけはそれぞれ違っているけれど、みんな、同じ一本の木に咲いているのよ。『この花が一番なんだ』とか、『あの花はダメなんだ』なんて、言えないのよ。あなたたち一つ一つは、一本の木の一部なのよ。自分という『部分』を見るのではなくて、『全体』を見ることが大切なんだよ」
 ユウジが言いました。
「僕たちをひとまとめにして見ないでよ。僕たちは一人一人、個別的な存在なのよ。それに、『全体』って何? わからないよ。教えてよ」
 白い鳩が言いました。
「一本の木の中にある『いのちの力』があなたたちそれぞれの中に流れ込んでいるのよ。目には見えない『いのちの力』がそれぞれの花に流れ込んで、違った姿で現れているのよ」
 サヤカが言いました。
「それじゃあ、私たちは自分を他人と比較しなくていいのね。優越感で喜んだり、劣等感で落ち込んだりしなくていいのね」
 白い鳩が言いました。
「そうだよ。みんな、別々で一緒、一緒で別々。『いのちの力』という同じものが、みんなの中に流れているんだよ。目に見えないものを大切にしなくっちゃだめだよ」
 そう言うと、白い鳩は飛んでいきました。

 四月になって、風が吹きました。まずマリコが風に飛ばされて、木から離れ、地面に散っていきました。
マリコは叫びました。
「さようなら。私は先に死んでいくわ」
 しばらくして、再び風が吹きました。今度はユウジが風に飛ばされて、木から離れ、地面に散っていきました。
 ユウジが叫びました。
「さようなら。僕は先に死んでいくよ」
 サヤカは震えながら言いました。
「次に風が吹いたら、今度は私の番。私はもうすぐ死んでしまうわ。死にたくないわ」
 すると、桜の木がサヤカに言いました。
「サヤカ。桜の花びらはいつ散っていくか、わからない。でも、全ての花びらはいつか必ず散っていく。それは変えられない。受け入れるしかないのよ」
 サヤカが言いました。
「私、死にたくない。でも、生きているのもつらい。どうしたらいいの?」
 桜の木が言いました。
「桜の花びらは地面に散っていって、土の中に朽ち果てて、その姿は消えてしまう。けれど、花びらは土の中で肥料となって、桜の木を生長させるんだよ。そして、来年の春、再び新しい花びらが咲く力になるんだ。わかるかい? 君の中に流れている『いのちの力』は消えないんだよ。『いのちの力』は新しい花びらに引き継がれていくんだよ」
 サヤカは言いました。
「それでも、『私』という花びらは消えてしまう。私が咲いていることに一体、どんな意味があるというの?」
 桜の木が言いました。
「桜の花びらが咲いていられるのは、つかの間なんだよ。いつか必ず散っていかなければならない。それだからこそ、咲き誇っていられる今この瞬間に、力いっぱい咲き誇るんだ。自分がやるべき行為を果たすんだ。明日のことが見えなくても、今日を力の限り、生きるんだ。今この瞬間を全力で生きるんだ。卑小なる心の弱さを捨てて、立ち上がるんだ。明日に向かって、精一杯生きるんだ。来年に咲く、新しい桜の花びらのためにも・・・」
 サヤカは涙をぬぐいました。
 サヤカは誓います、「今この瞬間、力の限り咲き誇ろう」と・・・

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