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【AIと交渉する-- 解説『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』『AIの壁 人間の知性を問いなおす』を読んで】

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【解説】

 あと4年で21世紀も4分の1を迎えます。現時点では20世紀の思い描いた空想未来ほどまだ叶えていませんが、確実にAI導入による、また新たな波の働き方改革が起こります。それはある意味では、人間の仕事を奪う危険もあり、実際メガバンクではAIによる金融管理とネットバンキングのおかげで、日本中で支店閉鎖・ATM撤去・銀行員削減が発生しており、「大手銀行に就職できたから生涯安泰!」という安全神話も今や通じない時代です。

 そんな新時代にこれから社会に旅立つ若者、職が危ぶまれる社会人はAIに対して、どのように対策すればいいのか。「AI時代の自燈明」そのヒントとして、この2冊を選ばせていただきました。

 この2冊を読み通して最初に印象的だったのは、《アリストテレスの「ものを言う道具」》と《養老孟司の「高級な文房具」》の意外な共通認識発言。

 別に養老氏がAIを奴隷扱いしてると言いたいわけではなく、その時代を代表する「知の巨人」が縁もゆかりもなく何十世紀もの跨いで、それぞれが様々な教養を経て、(ただの偶然なんですが…)似たような発言に至ったことを見つけたのは多読の醍醐味です。

 瀧本氏は講義中に「パラダイムシフト」という言葉を出します。パラダイムシフトとは、要は、それまでの常識が大きく覆って、まったく新しい常識に切り替わることです。この言葉が最初に登場したのは、トーマス・クーンという科学史の学者が1962年に出版した『科学革命の構造』です。ガリレイの地動説、ニュートンの力学、ダーウィンの進化論……この大転換とも呼べる科学の大発見は、いかにして学会や社会に受け入れられたのでしょうか。

 当時の上層部にいた古い世代の学者たちは普遍的証明より自分たちが信仰した学説を保持することに精力を注ぎました。いわゆる魔女狩りです。ガリレイ地動説の一件なんか特に有名ですね。では、いつから学会は天動説から地動説に移行したのかというと、熱い熱弁でも鋭い論破でもなく、ほんと身も蓋もないのですが…上層部の古い世代の学者たちが寿命など全員亡くなって、ニューウェーブの地動説を支持する若者の科学者たちが学会の政権を取った瞬間でした。

 つまり、パラダイムシフトとは「世代交代」です。どんなに優れた学説でも、その瞬間に大転換するのではなく、50年~100年に渡った結果論としてパラダイムはシフトしないのです。

 ただし、逆に言えば「世の中を変えたい」と思う少数派の人は一回の選挙に頼るのではなく、何十年も掛けて仲間と主張を集め続けていけば、いつか必ずパラダイムシフトを起こせるということです。つまり、世の中が変わるかどうかっていうのは、今の若者たちと次に続く世代がこれからどういう選択をするか、どういう「学派」を作っていくか、で決まっていくわけです。

 直近20年はまだ大丈夫かもしれませんが、AIによるパラダイムシフトは組織の管理権を与えた瞬間に起こると個人的に思うので、人類の世代交代に比べてあっという間でしょう。

 2030年頃には「汎用人工知能(汎用AI)」の開発に目途が立つらしく、自動運転のリニアモーターカーが東京-名古屋間を開通するのも2027年頃を予定されています(東京-大阪間は2045年予定)。開通延期案の噂もありますが、やはり2040年代に何かしらのパラダイムシフトが起こるのかもしれません。

 経済学者の井上氏いわく、問題なのはAIに仕事を奪われる側面だけじゃなく、AIを使う側と使われる側の格差という人間同士の問題が発生するとのこと。実際AIは脅威なのかどうかは未来のことなので正直分からないですが、AIが経済システムの構造にどんな影響をもたらすのか、それによって経済成長や雇用にどんな影響をこうむるのかという側面が気になる。様々な議論を集約していくと、AIはやはり格差社会の引き金になるのではないかと言います。

 2019年に話題になったのが、世界の資産家トップ26人の合計資産額が、世界人口の半分に相当する貧しい人々、約38億人の合計資産額と同じくらいだという報告書を国際NGO「オックスファム」が発表しました。その筆頭が元アマゾンCEOのジェフ・ベゾス。金持ちがより金持ちになるならまだマシですが、IT発達に伴って「増加する失職者」「減少する雇用数」による新貧民の奪い合いが懸念されます。GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の言動が度々ニュースとなっていますが、技術革新が采配を振る現代社会、より顕著となるでしょう。

 その一方、瀧本氏の講義内で、残酷な社会に参加する上で若者たちに取得してもらいたいのが「ディベート」。日本語で「討論」、いわば「交渉術の基本」を学んでほしいと言います。

 ここで関西の某大学で実際に起こった討論会を例題に出します。一緒に考えてみましょう。

《今まで、土日、祝祭日も含めて24時間利用できるようになっていた学生会館が、大学側の方針変更で平日の午後8時までしか使えなくなってしまいました。サークル活動や自習にも影響が出るので、みんなが困っています。あなたなら、どうしますか?》

 学生会館というのは、学生にとって課外活動の拠点で、大学の全建造物のなかでも唯一「学生」の付く建物です。学生自治の象徴であるはずの「学生会館」が、上層部の都合で利用時間が決められるのは由々しき事態でございます。しかし、最近は大学も管理が厳しくなっているので、他の大学でも同じ事態になると思います。あなたは反対側の討論に立つ学生です。あなたなら、いったいどうしますか?(制限時間は1分)

 もちろん、上層部の意向に沿って「泣き寝入りして受け入れる」のも一つの選択肢ですし、ヤバい組織に所属している卒業生に相談して、その手のヤバい人たちに働いてもらうのも一つの手段です(後々揉めると思うのでオススメしませんけど)。

 はい。ここで参加者から出た回答をいくつか聞いてみましょう。

①「権威を有効に使うという方針で、すごく偉い先生にお願いして、その人の発言力でなんとかしていただくというのが、一つかなと思います」

②「24時間開けっ放しだったのが午後8時に閉まるということは、鍵を開け閉めするのに管理費が余計にかかるので、そこをアピールして交渉するかなと思います」

 これらに対して、瀧本氏のアドバイスは……。

[①について]相手側より権威を有効に使うことは、相手側のメンツをつぶす危険があり、良い結果になる可能性は低いです。さらに偉い先生が怒って職員のクビなんか切ったら、もう最悪です。残念ながら上から圧力をかけるというのは、あまり良い方法とは言えません。

[②について]良い感じですね。少し付け加えるなら、大前提として、大学側も学生とは合意を結びたいと思ってるはずです。もし学生が反対運動とか始めてキャンパス中で騒いだら、大学当局も困るわけです。だから学生側の要望もある程度は聞いてくれるはずなので、何らかの形で交渉し、合意を結び、みんなが納得する落としどころを見つけることを、僕なら考えます。

 それらを踏まえ、ここから瀧本氏はどう交渉していくか。

 まず、なぜ相手側が午後8時に突然閉鎖することを決めたのか、その理由をまず調べてみる。「そういう事情で閉鎖するなら、こうすれば閉鎖しなくても済むのではないか?」、「閉鎖することでそういうメリットが生じるかもしれませんけど、こんな予想もしなかったデメリットが発生しますよ。本当にそれでも閉鎖するのですか?」、といったように相手に考えてもらう提案を持ちかけます。そうすることで「僕たちが可哀そうだから閉鎖しないで」じゃなく「午後8時で閉鎖すると大学の皆さんもお困りになりますよ」という話をして、「それだったら、やっぱり閉鎖を見直すか」という方向に話を持っていけることが理想的です。

 つまり交渉するときには、ただ一方的に自分たちの不幸や立場をアピールしたり、キレて暴れたりしても、相手がお人好しでない限り合意してくれない。それより、いかに相手側の利害に沿った提案ができるかを考えないといけない。「僕が可哀そうだからこうしろ」より「あなたが得をするからこうすべき」。これが交渉の超基本になります。

 基本的に交渉では、相手側の利害関係とこちら側の利害関係はかなり違う。それをしっかり分析することで、双方が合意できる解決策を見つけだすことができるのです。

 そんな交渉術の基礎を少し学んだワケですが、私にとって心配なのは技術革新したAIが、これほどの交渉術を人間に対して仕掛けてきたら、人間はどう対策すればいいのでしょう…。

 もしも、大学側がAIを使って、AIが以下のような妥協案を持ち掛けたとします。

「学生の君たちが午後8時に閉まるのは困ると感じているのは分かりました。それでは2時間遅らせて、午後10時に閉めることにしましょう」

 これはどうでしょうか。「やったー! 2時間ゲット! 我々の願いは叶った」と思ったのなら、ある意味では幸せですが、冷静に考えたら「2時間しか譲ってもらってない」となるはず。

 AIからのこの提案に対して、どう対応するか。再び1分ほどお考えください。

 何か良い対策案は出ましたか?

 はい。この場合の回答は『2020年6月30日にまたここで会おう』の93ページにて、ご確認ください。

 いやホント怒らないで……こっちもタダじゃないから……じゃあ、ここまで読んでくれた人たちにだけ特別ヒント。

 この交渉戦で重要になるのは、向こうが「アンカリング」を仕掛けてきたこと。「アンカリング」とは、たとえそれがどんな法外なものであっても、「人は金額なり条件なり枠組みなりを相手から先に掲示されると、そこを基準に考えてしまう」という心理学用語です。だから、8時から10時って提案されたときに「大学側のAIがかなり譲ってくれた」と感じるのは、向こうの作戦に見事引っかかっているということになります。

 交渉担当のAIからしたら、学生がその条件に乗ってくれれば「元通り24時間にしてくれ」という争点がなくなるので、大学も「本当に助かった…!」というワケです。でも、そうなると学生たちの活動はどうなるのでしょう。以前と同じ困った状態に変わりありません。だから本来ならそこで合意せず、さらに交渉を進めていかないとならないわけですが、弱者である学生の方が適切な武器を持っていないと、二の舞を踏むのは目に見えています。これこそ瀧本氏が力説する「武器としての交渉思考」なのです。

 さて、ヒントはここまで。この続きは本書の93ページまで。

 あ、一応言っておきますが、大学側にいる交渉AIは私のアレンジで本書には出てきません。

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