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【#Real Voice 2022】 「マネージャーの挑戦」 1年・柳崎日和

ア式蹴球部に来て、半年が経った。
寒さとかなり早くなった日没が、すぐそばに迫る冬の訪れを感じさせる。
2022年は残り2か月半。大学1年生としての生活も折り返し地点を過ぎている。

西武新宿線の車内で単語帳や参考書のページをめくる高校生の姿を見て、ただひたすら机に向かいペンを握っていた1年前の自分のことを、ふと思い出した。

それまでの17年間の人生において、大きな夢や目標を抱いたことはなかった。
ただ何となくサッカーを続け、まともに勉強することもなく、のんびりと生きていた。

高1の春に、サッカー部のマネージャーになることを決めた。
特にやめる理由もないから、サッカーもそのまま続けることにした。
月曜日のオフを除いて毎日行われる部活の練習に参加した後、自転車を走らせて移動。
今度は自分がスパイクを履き、ナイターの練習に参加する。そんな毎日を過ごした。
こんな生活を送る私を支えて毎朝弁当を持たせてくれた母親、快く送り迎えをしてくれた父親には感謝しかない。

きつくなかったと言えば嘘になる。
放課後や週末を楽しそうに過ごす友人を、ずっと羨ましく思っていた。
自分で選んだ道とはいえ、辛かったし、何度も逃げ出したくなった。
でも、逃げ出さなかった。

明確な目標も夢もないままだった自分が、なぜそこまで頑張れたのか。
仲間がいたからだ。

特に、サッカー部で出会った27人の同期には何度も助けられた。
学校生活に意味を見出せなくなった時、部活のためだけに毎日学校に行っていた。
サッカーから逃げたくなった時、みんなが必死に戦う姿が私を奮い立たせてくれた。
母校は決して強豪校ではなかったが、結果よりももっと大切なことを、顧問からも仲間からもたくさん学んだ。
受験生になるタイミングでサッカーはやめてしまったけれど、彼らに出会うことができたから、私のサッカー人生は何倍も楽しく、充実したものになったと心の底から思っている。
そんな同期のうちの1人である大晴(1年・中根大晴)が、ア式蹴球部でも同期にいるということは私にとって大きな心の支えであるし、彼は私に良い刺激を与えてくれる存在である。

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受験生になって5月に部活を引退し、勉強だけの日々が始まった時は、心が空っぽになったようだった。
しかし私の中には、人生で初めての、「第一志望に合格する」という明確な目標があった(実は私は、早稲田には記念受験でたまたま受かってしまった身である。受けることを勧めてくれた高3時の担任には感謝してもしきれない)。
それでも一応難関校と称される大学を目指していたので、とにかく毎日死ぬ気で勉強した。合格のためにやれることは全部やりつくしたと思っている。
なかなか上がらない成績に焦りを覚え、毎週末やってくる模試に嫌気がさし、
「こんなに辛いなら、行ける大学行けばいいかも」という考えがちらついた時もあった。

そんな時は必ず、勉強机に飾っていたサッカー部の写真を見た。
放課後の練習での些細な出来事も、最後の大会で雨の中組んだ円陣も引退試合も、全て鮮明に思い出すことができた。
そうすると不思議とやる気が出てきて、また勉強に没頭することができた。


しかし、結果は不合格だった。見事に挫折を味わうことになった。
とても悔しかったし、仮面浪人もしくは浪人の道も考えた。
でも、早稲田に進学し、ア式蹴球部に挑戦することを決めた。
この決断に至った理由としては、大きく3つある。

1つ目。これは単に、1人のサッカーが好きな人間としての思いである。関東1部に属し、日本一を目標として掲げ、毎年何人もプロを輩出するチーム。それまでの自分にとっては想像することもできなかった環境である。そんなチームの一員になりたいと思った。そんなチームのサッカーを近くで支え、応援したいと思った。

2つ目。今までよりも厳しい環境に身を置きたかった。大学生活4年間を、ただ何となく過ごしてしまうのはもったいないと思った。練習の見学に行って先輩方の話を聞き、とてもおこがましい言い方になってしまうけれど、ア式蹴球部は自己成長の場として自分にぴったりだと思った。

3つ目(これは、4カ月の仮入部期間を通して感じたことだから、私がア式蹴球部にいる理由でもある)。今まで誰かに活力を与えてもらうだけだった自分を変えたいと思った。サッカーというスポーツには、見る人の心を動かしたり、勇気を与えたりする力がある。ただ何となくサッカーを続けていただけの自分だったが、高校時代の同期のおかげでその価値に気付くことができた。今度は自分が、マネージャーという立場から、その価値を生み出すことに挑戦したいと思った。そのために、27人の同期が私を早稲田に、ア式蹴球部に導いてくれたのだと思っている。

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口で言うのは簡単だが、「価値を生み出す」というのは容易なことではない。
私は自分の気持ちや思いを表現することがとても苦手だし、他人に比べて秀でた何かを持ち合わせているわけでもない。今の私は、ア式蹴球部のマネージャーを名乗る権利があるのだろうかと考えることもよくある。

それでも、早稲田大学ア式蹴球部という組織の一員である以上は、前に進み続けなければならないし、成長し続けなければならない。ア式蹴球部に来て、現状維持は衰退なのだと、痛いほど思い知った。

今は微力かもしれない、私がいなくても誰も困らないかもしれないけれど、幸いなことに、私にはあと約3年間という時間が残されている。私は私なりの方法でチームを支え、マネージャーとして、サッカーというスポーツの価値を生み出していきたい。

柳崎日和
学年:1年
学部:文学部
出身校:愛知県立豊田北高校

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