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味噌汁なアメリカ映画「黄昏」_ 老いていくものの、名残のひかり。

「レッズ」と同年(第54回)アカデミー賞で作品賞を含む10部門の候補となり、そのうち主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の3部門で受賞したのが
「黄昏」(原題:On Golden Pond)だ。
本作において、名優ヘンリー・フォンダが史上最高齢の76歳での主演男優賞を受賞している。

アメリカ映画なのに、味噌汁の味がする。
衰えていくことを受け入れつつも、老いてゆく悲しみを感じずにいられない。
とはいえこれは、

夕陽にきらめく黄金のさざなみは 私の人生の最高の輝きだ

と、本邦公開時の惹句に描かれた様に、たしかに静かで美しい人間ドラマだ。


※あらすじ・スタッフ・キャストはこちら!

夏の緑が豊かな湖畔の別荘に、ノーマンとエセルの老夫婦がやってきた。今年はノーマンの誕生日を祝おうと、普段は疎遠な娘のチェルシーが恋人のビルと彼の連れ子ビリーを伴って訪ねて来たが、偏屈な父とそんな父を敬遠する娘の溝は埋まらないまま。だが、生意気盛りのビリーが魚釣りを通してノーマンと打ち解けたことで、軋轢のあった父娘の関係にも静かな変化が生まれ始める…。
【スタッフ】
監督:マーク・ライデル
製作:ブルース・ギルバート
脚本:アーネスト・トンプソン
撮影:ビリー・ウィリアムズ
【キャスト】
ヘンリー・フォンダ(エセル)
キャサリン・ヘプバーン(ノーマン)
ジェーン・フォンダ(チェルシー)
ダグ・マッケオン(ビリー)
ダブニー・コールマン(ビル)

引用元:NBCユニバーサルエンターテインメントジャパン 公式サイト


人の世の燈火、 ほのぐらき樹の間。

「On Golden Pond」とは、何とシンプルで美しい原題なのだろうか。
映画の舞台は美しい湖畔の別荘で終始する、そこからは、広い湖が裾野を見るように一目の中に見える。日はその湖の先の方の山に沈んで行く、湖が金色に輝く。そんな夕暮れ時が、劇中、なんどもリフレインする、掛け替えのない瞬間、<それは日暮れて道遠し人の、残り少ない日々のなか駆け巡る時間とおなじ。
日本語で言うそれは「黄昏」。それが邦題。

さて、晴れ渡った夏の空に、黄昏が迫る。木立ちの中の長い道のあいだを通って、赤い車が走ってくる。遙かな遙かな山の中から出て来たように、ゆっくりと、やってくる。まだ薄闇にならないうちに、別荘にたどり着く、年相応の服装をした老夫婦、気難しそうなエセルと優しげなノーマンが、車を降りる…。
この映画は、ここから始まる。

たそがれにうなだれゆくもののかげ。

あらすじで見ての通り、お話しは、簡単だ。
湖畔の別荘、老いた老夫婦のもとに、長年連絡も取っていなかった娘チェルシーが、婚約者ビルを伴って訪れる。

母はこの訪問者を歓迎する、しかし父は招かれざる客とよそよそしい。
すでに父は心身共に弱っている。心の弱りは、他人の間に壁を作る:妙に気難しい態度を娘にも婿殿にも妻にも取るのは、そのためだ。

老いて衰えゆく父・エセルを演じたのがヘンリー・フォンダ。
「十二人の怒れる男」「荒野の決闘」「怒りの葡萄」…古き良きアメリカの精神、「人間の良心」を代表するような役ばかり演じ続けてきた男(例外有)。
彼が演じるからこそ、性格に難があるこの老人が、飾り気のない、平凡な、親しみの持てる存在に感じられる。

感じられるからこそ、次第に心が解きほぐれ、最後はエセルの側から一歩歩み寄ることで、父と婿殿の男同士の心の交流、父と娘の和解が叶うのも腑に落ちて、感じられるのだ。

なお、劇中の父娘は、実際の父娘が演じている。

ジェーン・フォンダの母は父ヘンリーの浮気が原因で自殺。だから、ジェーンはずっと父を憎み続けた。子供の頃からそんな感じだったので、大人になってからは、政治活動にのめりこんで、時の政権のブラックリストにのせられるほど。
それが本作で、父親とまさかの共演。ようやく仲直りした。
が、父は本作でアカデミー賞を受賞した後、他界するのである。


花さき香に滿ちし世も、今、 たそがれぬ静かに。

娘夫婦が去った日の夕暮れ。ふたたび、二人だけの静かな時間、黄昏が訪れる。

沈み行く夕陽の最後の光が、窓ガラスを通して室内に差し込む。
部屋の中には重苦しい静寂が、悩ましき夜の近づくのを待っている。 
涼しい夏の湖畔の黄昏時。しかし、万物甦生に乱舞する夏も、ただこの湖畔の別荘だけには訪れるのを忘れたかのように見える。 異様に、静かだ。

エセルは静かに怯えている。
チェルシーとの絆が蘇った途端、自分が他人と繋がり持ったかけがえのない存在であることを自覚し、自分の衰えを思い、自分の死が近いのに、怯えるのだ。
一刻ずつに昏くなっていく水面を見ていると、心に来てなにかものを言うものがあるようだ。 

大鎌で少しずつ削り取っていく死神を感じているのか。
ノーマンはそっと、その震える身体に寄り添う。
静かに、息をひそめるふたり。ゆっくりと日が暮れていく…。

それでも、明日はやってくるだろう。
「お父さん、お母さん、長生きしてね」と僕らがそっと呟く祈りを残して、
映画は静かに、終わりを告げる。


※本記事のもくじは蒲原有明(1875−1952)の詩集:有明集から引用しました。


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