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すべて元通りにしたかった。 できなかった。 沈痛のデ・ニーロ「ディア・ハンター」。

デ・ニーロナイト 第六夜は、マイケル・チミノ監督「ディア・ハンター」。
概要は・・・あまりにも有名すぎるのでここでは詳しく述べない。下記参照。


マイケル・チミノ監督は、「ベトナム戦争映画」という枠を使って
この世に戦がある限り、いつ、どの時代にも存在する
心に傷を負い、社会に適応できない戦場帰りの若い男たちの肖像を描いた。
だから、この長編は、今なお普遍性を持っている。
ニック(クリストファー・ウォーケン)が戦争の死霊に魅入られた姿も、
スティーヴン(ジョン・サヴェージ)が周囲に心を閉ざした姿も、
マイケル(ロバート ・デ・ニーロ)が戦争で何かを失い、
それでもその空洞を必死で埋めようとする姿も。

さよなら迎える前にこそ、思い出たくさん作りたい。

鉄鋼業を基盤とするロシア系移民の町クレアトンで、マイケルは生まれ育った。
一日の仕事が終われば、ニックやスティーヴンといった、学校から職場まで同じくする友人たちと、酒場へ直行。
男たちだけで、テレビ中継のフットボールの試合に熱狂し、ラジオに合わせて流行曲を唱和し、ビリヤードに興じる。どんな悩みも吹き飛ぶ感じ。
だが、フォー・シーズンの「君の瞳に恋してる」が流れるや、目を深く伏せて、黙り込む。
甘く感傷的なメロディに耳をすませば、却って自分たちの置かれている現実を思い出してしまうからだ:しばらく経ったら、彼らは揃ってヴェトナム戦争へ行くことになっている。

旅立ちの前の、残された日々。
マイケルは、せめて今のうちに羽を目一杯伸ばしておきたい、と願う。
だから、親友スティーヴンの結婚を心から祝福するし、
夜通し祝った後、若さにまかせ、そのまま新郎を連れて鹿狩りに興じるのだ。

じぶんひとり、で楽しむのではない。
気のおけない仲間同士、
その中でも、同時期の出征が決まり、入隊すれば離れ離れになる(そしてもう会えないかもしれない)親友:ニックやスティーヴンと過ごす時間が、大切。

それは、結婚式と鹿狩りのための身支度を整えながら自宅の居間で語りあう場面で、マイケルがニックをじっと見つめて、鹿狩りについて熱心に語りはじめるシーンからも分かる。名残惜しいのだ。
この時間さえあれば、死地に行く、という真実も受けいれられそうな気がする。
この時間さえあれば。

だからチミノ監督は、戦争パートに入る前、マイケル視点の「大切な時間」を丹念に描くのだ。移民たちにとっての心のうた、ロシア民謡カチューシャに合わせて町じゅうの人々が踊るシーンを含めて。

やがて戦場で。
マイケルは、スティーヴンとニックに偶然再会する。
喜ぶ間も無く、敵軍の捕虜となり、過酷な拷問を受ける。
なんとか脱出したところで、偶然から又別れることとなる。
それが、三人全員が揃った最後の時間となる。


自分は変わってしまった、でも元の平凡な暮らしに戻りたい。

数年が経過する:マイケルは帰郷する。
敗残者ではない、勲章たくさんぶら下げた 街の立派な英雄だ。
だが、戦争がココロに貼り付いてしまっている。
軍服がカラダに貼り付いてしまっている。

かつての友人・隣人たちと会話を交わしても、心ここにあらずといった感。
ニックへ延々と語るほど情熱にかられていた鹿狩りも、今は退屈に思える。
油断すれば、心が壊れてしまう、危うい状態にあると自分を認識している。

それは、不況に見舞われ、寂れ果て、陰鬱で暗い雰囲気に包まれた故郷のクレアトンの姿と、二重写しとなっている。

もちろん、マイケルはこのままで良しとしている訳ではない。
マイケルは、ニックがかつてプロポーズしたリンダ (演:メリル・ストリープ)と行動を共にするところから、自分を立て直そうとする。


友ふたりと、元通り、「ただいま」と帰ってきたかった…。


なんとか立ち直って彼が初めて願うのは、ニックとスティーブン、ふたりの親友と手を携えて、故郷へ戻ること。前と同じ、元の生活に戻ること。
「ここは地上の楽園」と復員軍人病院に引きこもっていたスティーブンは、マイケルの説得に折れて、外界に出ることにうなづいてくれた。
しかし、ニックは正気を失って、ロシアンルーレットで自らイノチを散らす。陥落間際のサイゴン、マイケルの目の前で。

ニックは棺桶に入れられて故郷に帰ってくる。
マイケルは、ロシア正教のしきたりに則った葬儀を執り行い、
「いつもの」酒場で追悼の会を開く。
かつての男たちだけだった空間とは違い、
マイケルとリンダ、スティーヴンとその妻アンジェラをはじめとする「家族」を中心とする空間となっている。
そして、客人たちは、言葉の通じないサイゴンにひとりぼっちで生き
マイケルとの再会も束の間、ひとりぼっちで死んだニックのことを想う。
ずっとひとりきりだったニックの辛さは、マイケルにもよく分かる。

スクランブル・エッグを焼く酒場のマスターがふと『ゴッド・ブレス・アメリカ』を歌い出す。
続きをマイケルが、リンダが、スティーヴンやアンジェラが、次次と口ずさみ、
波紋のように酒場中に広がっていく。
まるで「海ゆかば」のように、ニックの魂を鎮めるかのように。

ニックは去った、でも自分はこの町:クレアトンで仲間と共に生きていく。
マイケルの悔悟と再起の決意の歌のなかで、本作は閉じられる。


※勝手にデ・ニーロ・ナイト インデックス

第一夜:暴れん坊のデ・ニーロ「マチェーテ」

第二夜:青い目をした牢人のデ・ニーロ「RONIN」

第三夜:働き方を考えさせるナイスミドルのデ・ニーロ「マイ・インターン」

第四夜:ナイトメアクリスマス夢見るデ・ニーロ「ウィザード・オブ・ライズ」

第五夜:役作りに七転八倒のデ・ニーロ「俺たちは天使じゃない」

第六夜:沈痛のデ・ニーロ「ディア・ハンター」

第七夜:ハメを外すデ・ニーロ「ダーティ・グランパ」「ラストベガス」

第八夜:華麗な空賊にして紳士にして女装癖のあるデ・ニーロ「スターダスト」

第九夜:自分探し真っ最中のデ・ニーロ「マラヴィータ」

第十夜:追憶のデ・ニーロ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」

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