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”地域”は「場」ではない。「姿勢」だ。

 ”流行り病”によって、世の中があたふたしている今だからこそ、医療職の卵(の端くれ)として、考えておきたい話題の一つ、”地域”についてのお話である。
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※これ以降、「”地域”で医療を実践する」という考え方を前提に書くため、表記の都合、”地域保健、””地域医療”、”地域福祉”の3つの領域を統合した概念は、「保健医療福祉」と表記する。なお、この3つの領域それぞれの分野について書く際には、「保健」、「医療」、「福祉」とそれぞれ表記する。
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1.”地域”は「場」ではない


 実を言うと、地域における保健医療福祉の定義というものは、この3つ、それぞれバラバラである。ましてや、医療に至っては正確な定義が存在せず、研究機関や医療機関などなどが、それぞれにビジョンを掲げている。(医療について勉強したい方、特に大学受験を控える高校生諸氏は、ぜひ調べてみていただきたい。これだけでも面接、志望動機のネタになる。)

 用語がはっきりと定まっていないことについて、私がとやかく言うつもりはない。なぜならば医療を行う”地域”によって、必要とされている役割が違うからである。

 単純な例を挙げる。漁業が主要産業である地域と、工業が主要産業である地域では、医療機関の役割・保健行政のスタンスが大きく異なる。

 前者の地域は高齢化の問題を抱え、慢性期医療や老健・特養などのニーズが高い場合が多い。保健行政では、朝の早い漁師さんたちにもしっかりとアプローチが行きわたるように、早朝から健診をスタートさせたり、生活習慣予防のための禁煙や高血圧対策などのポピュレーションアプローチ、さらに住民組織の活動を維持するためのサポートや、その場を利用した介護予防の啓発活動などが求められるかもしれない。

 一方後者の場合、現役世代の人口比率が高く、危険作業・特殊作業に従事している労働者も比較的多く存在する可能性がある。この場合、地域の医療機関は、業務中の事故(いわゆる労災)の治療を行う受け皿がよく整備されたり、労働安全規則に基づく特殊健診を行う場があったりする。保健行政では、青年期・壮年期を対象にした子育て支援・虐待予防にも重点が置かれるだろう。さらに企業の産業保健師との綿密な協働が求められる場合も存在するかもしれない。

 このように、保健医療福祉において、”地域”という言葉は、それらを実践する「場」のことを指しているではなく、『住民を取り巻く制度、環境に常に関心を抱きながら、保健医療福祉の観点から地域づくりに関わっていく』という、”保健医療福祉従事者の姿勢”のことなのである。

 農村には農村の、漁村には漁村の、都市には都市の”保健医療福祉”が存在するのである。ここまでの議論があったうえで、このことを考えると、「そんなの当り前だろう」と思われるかもしれない。しかし、私たちは意識していないと、このことを忘れてしまう。それはなぜか。次の章で議論しよう。

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2.「組織のビジョン」と「一人の従事者のビジョン」


 ”地域医療の推進”を理念や目標で謳っていない医療機関は、ほぼ皆無である。しかし、所属する医療従事者全員が、”地域”という姿勢を持っているのかと言われれば、それは分からない。(近年の教育によって、明らかに増えてきているのではないかという実感は持っている。)

 一般的な病院は、基本的に急性期にある患者の治療を行う。そこから更なる療養が必要な患者については、亜急性期、回復期、慢性期と病期それぞれに特色を持つ他院に転院するか、在宅療養に訪問看護・介護・リハビリテーションのサービスを組み合わせることになる。近年はこれら在宅療養を支えるサービスの需要が高まっていることから、この領域を専門に携わっている従事者も増えている。

 ここで出てくるのが、「病院は地域ではないのか」という論点である。精神科医療ではよく話題に挙がるが、これは決して精神科のみの話ではない。結論から述べると、””病院が地域の一部となるもならぬも、保健医療福祉従事者次第である。””というのが、現時点での私の答えである。

 在宅診療・医療部門の従事者は、「入院治療⇒在宅診療・療養/施設入所」という流れを思い浮かべたときに、退院した対象者の、「生活することになる場所の環境」と「本人の生活機能」に主な焦点を当てる。(これに関する細かい話は後日。)病院という場所を離れるわけだから、入院中の過程を把握し、これから先の療養生活の質を向上させることができるように、本人と対話を重ねながらケアを続けていく。実に自然な流れである。ただ、この点にばかりクローズアップされてしまっても、バランスが悪い。というのも、在宅診療・医療部門の従事者は、入院中から密接に関わる事で、病棟での治療、リハビリテーションの質を上げることができるからである。どのような効果があるのかというと、病院の医療従事者が、入院生活・リハビリテーションの目標をより明確に、正確に設定しやすくなるのである。

 これまでも、病棟にいる医療従事者は、対象者の入院前の生活や、生活環境に関する情報を得ることで、ケアの方向性を定めている。しかし、その情報の確度は、対象者のセルフイメージや健康観、病状理解の程度に大きく影響を受ける。病棟の従事者が捉えた対象者の生活像と、退院後の現実が乖離してしまうのだ。この差を埋めるものは何か。在宅部門から提供される、対象者の生活、環境に関する情報である。

 在宅部門の従事者は、本人・家族の同意を得たうえで実際に居宅訪問を行う。(主に「退院調整看護師」と呼ばれる看護師や、理学療法士、作業療法士、社会福祉士などが同行する)間取りや動線、床の材質から浴室の手すりに至るまで、対象者の退院後の生活において、何がリスクになり、何を改善する必要があるかが分析され、病棟へレポートされる。病棟にとって、このレポートが、ケアを行う従事者の対象者像を補正し、解像度をより高めてくれるのだ。そして病棟のカンファレンスにかけられることによって、これまでのケアの評価、修正点が明らかになり、今後のケアが対象者にとってより良いものになっていくのだ。

 以上のケアや情報の循環からわかるように、”地域の視点”というものは、保健医療福祉従事者にとっても、働く場を選ばない。この”地域の視点”を持ち、協働しながら、それぞれの場でのケアの質を最大化しようと志す、保健医療福祉従事者が求められているのである。そして、これらひとりひとりが持つビジョンと個性が、機関・病院・施設が”地域の一部”として機能するというビジョンを、より確かなものにしていくのである。

 保健医療福祉従事者は、自らがどこで働いていたとしても、その”地域”に求められる「保健」、「医療」、「福祉」が何であるか、真剣に考えることが大切だ。
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3.歴史に学び、そして創る。


 地域保健、地域医療、地域福祉、それぞれの重要性が叫ばれてきたのは、20~30年前からであり、まだ実践の歴史も浅い。しかし、今も第一線で活躍する実践者がかつて行ってきた取り組みは、この先の保健医療福祉の未来に繋がる大きな足跡を残している。

 今まさにこれから、実践者としての歩みを始めようとする私たちが彼らから学ばない手は無い。良きも悪きもすべてである。

 私たちだって、日本の保健医療福祉の歴史を作る一人だ。世界が壊れっぱなしにならないように、もがきながらでも歩み始めることだ。

 私は歩く。保健人として。

 先は長い、深い、コトバにならないくらい(THA BLUE HERB - ILL BEATNIK-) 

(了)

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