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コロナになって気づいたこと。

10月の頭にコロナになった。
まさか自分がコロナになるなんて思ってなかった。
だから、お医者さんに「コロナ陽性です」と言われた時の衝撃は
相当なものだった。

そしてコロナになってからの約2週間は本当にしんどい期間だった。
体調的なしんどさ、
「後遺症が治らないのではないか」という不安からくるしんどさ、
何より家族にもうつしてしまった不甲斐なさがとにかくつらかったし
悔しかった。

コロナが5類に分類されて、「インフルエンザと同じくらいだろう」と
認識していたのが甘かった。

私がインフルエンザにかかったのは、大学生の時が最後だったけれど
その時とは比べものにならないくらい、つらかったように思う。
(インフルエンザの時の記憶が薄れているせいもある)

とにかく、世界を震撼させた感染症の威力はかなりのものだし、
5類だからといってナメてかかると痛い目を見る、ということを
身をもって実感した。

……でも、コロナになってみて、たくさんの気づきがあった。

熱でもうろうとする中で、自分の世界にはたくさんの優しさや愛、
幸せがあったのだと気づけたのだ。
備忘録のためにも、ここに残しておきたいと思う。

まずは、家族のこと。

普段料理をしない夫が作った温かいうどんのおいしさ。
弱っているとき、人に作ってもらう料理がこんなに沁みるなんて。
心と体が一気に温まっていくのを感じた。

コップいっぱいに入ったグリーンダカラをこぼさないようにと持ってきて「ダカヤ」と差し出してくれる息子のやさしさ。
精いっぱい自分にできることを考える息子の成長を実感するとともに、
よりいっそう愛しさを感じた。

家族がそばにいてくれる幸せと家族からのたくさんの愛。
コロナになって一番実感したのは家族の大切さだった。

自分の感覚についても気づきがあった。

おいしいものをおいしいと感じることができる味覚。
一時的に味覚が失われた時に、味覚があることのありがたさを知った。
そしてコロナが完治したら絶対に大好きなお寿司を食べようと心に誓った。

世界の静けさ。
虫の鳴き声がその静けさをいっそう深いものにしていく。
枕草子の一節を思い出した。
清少納言もこんなふうに虫の鳴き声を聞いたのかな。

眠れない時の夜の長さ。
いつもは疲れ果てて布団に潜り込み、あっという間に朝が来てしまうのに。
体調が悪いとトイレが近かったり喉が痛かったりとにかく眠りが浅い。
そしてなかなか寝つけない。
隔離された部屋で過ごす夜の長い時間。
昼も夜も平等に時間はあるのだと気づかせてくれた。

健康な体があるよろこび。
風邪をひいたときにも【健康第一】という言葉はよぎるが、
コロナのしんどさを痛感し、
心の底から自由に動かせる体があることに感謝の気持ちを抱いた。

普段、当たり前に思っていること。
当たり前ではないこと。
見落としてしまうこと。
気づいているけど特に意識しないこと。

コロナになってみて本当にいろいろなことが見えてきた。
自分の世界にあった、たくさんの愛と優しさやしあわせ。
これからも宝物のように、大切にしていきたい。

……だからといって、コロナになるのは、もう二度とごめんだけど。


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