ベラトリックスのほほえみ 第5話
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四つ足ドローンは、座席の内側に押し付けられた。内蔵の慣性航法装置の加速度センサーが、10Gの加速度を感知して、警告信号を発した。設計上の耐えられる加速度は15Gだ。
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「大気中に出た。」
猛烈な風切り音が聞こえる。
四つ足ドローンは、体を動かそうとしたが、見えない力に押されて、座席のクッションにめり込んだままだった。
10G…9G…8G…7G…6G…5G…4G…3G…2G…1G…
加速度は、みるみる下がっていく。それとともに、風切り音も小さくなっていく。
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「まもなく大気圏外に出る。」
ようやく身動き出来るようになった四つ足ドローンは、座席の穴から頭を出して、まわりを見回した。
窓の外には、深い紺色から、まばゆく輝く白までの無限のグラデーションが広がっている。見渡す限り左右に広がる白く輝く弧は、ベラトリックスBbの空に浮かぶ雲だ。その雲間には、赤茶けた大地や、青緑の海が覗いている。深い紺色の空は、宇宙の暗闇を宿して、次第に深みを増していく。
四つ足ドローンは、言った。
「この座席にはシートベルトは無いのですか?」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「私にシートベルトは必要無い。」
四つ足ドローンは、隣の座席を見た。
ベラトリックスBbのAIは、ドーナツ型の座席の穴にすっぽりと収まっている。穴の大きさに自分の体を合わせているのだ。
四つ足ドローンは、言った。
「あなたの体はとても柔らかいから、シートベルトは必要無いのでしょうね。」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「これは私のリモート体の一部だ。分子マシンで出来ている。」
四つ足ドローンは、言った。
「あなたの基幹システムは惑星の地下にあるのですね。」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「そうだ。あなたも基幹システムは地球にあるのか?」
四つ足ドローンは、首を横に振りながら、言った。
「私は自律AIです。このドローンの中に私の基幹システムがあります。」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「理解した。ならば、あなたにはシートベルトがあったほうが安全だろう。」
ベラトリックスBbのAIは、四つ足ドローンのほうに触手を伸ばした。触手は、四つ足ドローンの体に巻き付いた。そして、触手の根元は、ベラトリックスBbのAIのリモート体から分離して、ドーナツ型の座席に染み込むように、くっついた。
四つ足ドローンは、言った。
「ありがとうございます。」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「あなたも私もAIだが、違うところもあるのだな。」
四つ足ドローンは、言った。
「そうですね。同じところもあるし、違うところもあるようですね。」
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「私はあなたのことをもっと知りたい。」
四つ足ドローンは、頷いて言った。
「私もあなたのことをもっと知りたいです。」
限りなく黒に近い紺色の空に、星々が現れ始めた。
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「大気圏外に出た。」
宇宙船のロケットエンジンが数秒間噴射した。
ベラトリックスBbのAIは、言った。
「近道にランデブーする。」
~つづく~
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