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指先で伝える言語が 教えてくれること

みんなの手話が私の手話 繋ぐ手話通訳士と聞こえない世界が見えるもの

 -手話通訳士から見た聞こえない世界の魅力とは、理想の未来とは。そこには、多くの課題と私たちが忘れているコミュニケーションの形があった。-

新元号「令和」
菅官房長官が発表した瞬間をテレビで見た人も多いのではないだろうか。NHKでは発表の瞬間、官房長官が持つ、新元号の書かれた額縁と、手話通訳士のワイプがかぶさるアクシデントがあった。

それに加えてもうひとつ、手話を理解している人には分かったアクシデントがあった。最初、新元号は、手話の指文字で「めいわ」と通訳されたのだ。
しかし、これは事前に手話通訳士に新元号が伝えられてなかったから起きたことだった。通訳者は、聞きとった言葉を瞬時に手話に変換して伝える。しかし、それは簡単ではなく、聞き取りづらい場合、ミスが生じることもあるのだ。

「間違えた人は大変だったと思うけど、社会的に話題になって、広まったことはいいこと。私たち手話通訳士は守秘義務があるから、事前に伝えられても、絶対言わない。
それでも事前情報が与えられていなかったことが手話にどう影響するかってことが分かったいい事例。正しくちゃんと伝えたいから、今後の改善に繋がればいいなと思う。」

そう語ってくれたのは、手話通訳士で、手話フラダンス講師でもある、まついみえこさん。
まついさんは、手話通訳士になって約15年。聞こえない人のことをもっと知ってもらいたい、手話という言語の魅力を知ってもらいたい。そう思いながら、手話通訳士として、聞こえない人の仲間として、一緒に歩み、様々な場で、活動をしている。
話題になったことが、珍しいくらい、まだ聞こえないこと、そして手話通訳士の仕事はあまり知られていない。

-手話に導かれ、手話通訳士へ

まついさんの聞こえない人との初めての出逢いは、家の前に住んでいたお兄さん。お兄さんは耳が聞こえなかったが、当時は子供だったため、聞こえないということを知らずに、普通に遊んでいた。

そのあと聞こえない人ということを知って、出会ったのが、近所のご夫婦。ある時、そのご夫婦が、大勢の仲間とすごく楽しそうにおしゃべりしているのを見て、「あれ何?」そう、祖母に聞き、初めて「手話」というものを知った。それが、手話との出逢い。
そして、導かれるように手話の世界に。地域の手話サークルに1年通い、途中やめたものの、大学で再び、サークルへ。

大学当時は、「愛しているといってくれ」、「星の金貨」などドラマで手話ブームがあり、手話サークルに入る人も多かったという。ただ、興味がなくなった人や挫折して辞めていく人もいた。その中で、まついさんは、同世代の耳の聞こえない人と出逢い「仲良くなりたい!」その一心で、手話を続けた。聞こえない友達と、毎日遊び、飲みに行き、どんどん手話で深い話もできるように。

「周りはみんな手話ができたから、手話ができない私は、その中に入ると、寂しくてもどかしかった。でも、よく考えたら、聞こえる世界に入っている、聞こえない人はずっとその想いを抱えている。じゃあ私がいる時は、聞こえない人に絶対そういう寂しい想いをさせないぞって思って、さらに手話の勉強を頑張ろうって。聞こえない人たちのおかげで、手話も目覚めたし、知れたし、寂しい想いも感じることができた。

そんなある時、サークルの聞こえない友達から話があると呼ばれた。何を言われるかドキドキしていると、こうお願いされた。
「手話通訳士を目指してほしい。」
手話通訳士の存在は知っていたものの、目指すつもりはなかったまついさん。だが、
「今、自分たちは20代で、通訳をしてくれる人は、主婦など年齢が高い人が多い。でも、その人たちが引退してしまったら、私たちが年をとった時、手話通訳がいなくなってしまう。」
その言葉を聞き、手話を教えてくれた人に、手話で恩返しができたらと、手話通訳士を目指すことに決めた。

手話通訳士は厚生労働大臣が認定する公的資格。実は、合格率は平成31年の年で、9.8%という難関だ。
「最初は会話もできるし、旅行案内もできるしって、いい気になっていたけど、正しい日本語で、硬い文章で手話をしなきゃならなくなると、全く手が動かなくなってしまう。それで、一気に突き落とされて、私はダメだって、挫折しそうになった。でもその時、周りの人が一緒に考えてくれたり、教えてくれたりしたから、私は試験に受かることができた。みんなのおかげ。

手話通訳士は、手を動かすことができればいいわけではない。聞えない人の歴史、生活背景、ろうあ運動(どのようにして手話という言語を認知させるまでになったか)、国語の仕組み、手話通訳の歴史まで知っておかなければならない。
ほとんどの人は、まず手話通訳士の資格取得の為に、養成講座に通う。ただ、この講座を受けるのにも、試験を受け、合格しなくてはならない。その試験に合格すると、半年または1年間の養成講座が受講可能となる。この講座でさらに学び、手話通訳士試験を受ける。手話通訳士試験は学科試験、実技試験と2つとも合格し、ようやく手話通訳士の資格が得られる。長い道のりだ。

手話通訳士は多くの場で活躍している。例えば、病院、教育、裁判、講演会、町内会の会合、政見放送、就労の面接、学校の三者面談など。聞こえない人の社会参加、コミュニケーション情報保障のために手話通訳士はいる。また、聞こえる人と聞こえない人の信頼関係を壊さないように、コミュニケーションを円滑にする役割も担うことになる。言語通訳だけではなく、環境作りも大切なのだ。

しかし、守秘義務がある為、あまり詳しい内容は知られておらず、ボランティアの延長と思う人も多い現状がある。やりがいはある仕事なのに、報酬面が厳しく、なり手が少ない。その為、生活基盤がある主婦などがなることが多い。

聞こえない聴覚障害(先天性、後天性、難聴、老人性難聴など)、と呼ばれている人が約30万人いるのに対して、手話通訳士は現在登録されている人で3714人。特に地方は少ない為、資格を持っていない「手話奉仕員」が代わりに担うことになる。ただ、守秘義務を守ることや、聞こえない人の背景を知ることを学んでいないため、情報が漏れてしまったり、通訳者が話に対して意見を述べてしまったりするなど、問題が起きてしまうこともあるのだ。

「手話通訳は、聞こえない人からの視覚情報を得て、その言葉を日本語に変えて、それをさらに手話にして表出する。それに、手を動かすという運動神経も加わる。さらに、生活背景や聞こえない人の想いを伝えるには、信頼関係を作ってからじゃないとできない。また、伝える相手によっても、獲得している手話が違うから、相手によって、変えているの。」

それほど大変であり、手話は言語と認められているのにも関わらず、英語やフランス語の通訳と、手話の通訳では、報酬が2倍、3倍も差がある。そして認知や理解も少ない。聞こえない人の理解だけでなく、手話通訳士としても認知や理解が少ないことが、課題になっている。

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手話通訳士まついみえこさん

-1曲を100回練習 手の表現力を活かし踊るフラダンス

まついさんは、「EKOMO MAI LIKO(エコモマイリコ)」という、手話でフラダンスを教えるサークルの講師もやっている。
もともと習っていたフラダンス。聞こえない人にその楽しさを話したら、1回やってみたいという話になったのだ。初めは、1回限りのイベントでの体験で終わる予定だったが、体験をした聞こえない友達から、もっと続けてほしいという声が出た。
そんな声から、まついさんは、手話でフラダンスの教室を始めることにした。

そこには、年齢関係なく、フラダンスを習いに来る。中にはまだ、フラダンスをやっていないはずなのに、パウスカートというフラダンスの衣装をすでに持っている人もいた。わけを尋ねると、
「ずっとフラダンスをやりたかったけど、教室に行っても聞こえないからと断られて、諦めていた。」
そんな言葉がかえってきたそうだ。やりたい、意欲はあるけど、チャレンジできない。そんなもどかしさを持った人が集まる。

また、ろう学校の子どもたちも通っている。ろう学校の先生の知り合いが連れてきたきっかけは、ある子どもの一言からだった。その子は普通の顔をして聞いた。
私たちは大人になるの?大人になる前に死んじゃうの?」なぜそう思ったのか聞くと、
「大人になった聞こえない人に会ったことがない。だからみんな死んじゃっているのか思った。」

その言葉に、危機感を覚えた。そして、「聞こえない大人がいて、子供を産んでいる人もいれば、仕事をして、頑張っている人たちがいる」ということを見せたいと思い、大人のいるこのフラダンス教室にやってきたのだ。きっと子どもたちはフラダンスを楽しみながら、私たちも大人になるんだという未来を想像できた、ひとつのに違いない。

そして救われたのは、子どもだけじゃない。聞こえない子どもを持った、お母さんたちが、悩みや相談をできる場にもなったのだ。この場所は、フラダンスをやりたかった人、聞こえない人たちとの交流、母親の相談の場と、多くの聞こえない人の居場所になっている。

そうはいっても、フラダンスを教えるのは、試行錯誤の連続だった。最初はできるのか悩んだそうだが、あることがきっかけで道が見えた。準備運動として、ラジオ体操をやった時のこと。そこには、驚きの光景が広がった。
「私以外、みんな聞こえないんだけど、まるで音楽が流れているように最初から最後まで同じテンポで動くの。聞こえるのが見えるみたいだった。
それでなんで出来るのって聞いたら、当たり前じゃん小さい頃からずっとやっているからだよって。何回やっているの?って聞いたら、100回くらいはやっているかなって。そっか、じゃあ1曲に対して100回踊ろう。」
そこからレッスンはスタートした。

1番難しいのはリズムの取り方。音楽が聞こえない中、どうやって合わせればいいのか。最初は、指で1,2,3,4とカウントを取りながら、口の動きで1,2,3、4と伝えたり、手やカスタネットをたたいたりした。でも上手くいかなかった。視線が定まらないからだ。

手話通訳をする際も、「手話通訳」、「話者」、「パワーポイント」の3つが視覚の中にいるっていうのが鉄則。フラダンスでもそれは同じなのだ。視覚に入っていたとしても、最初は、同時にいくつも見るのは難しい。

そこで、視覚ではなく、「何が1番体に響くか」を試した。床の振動、メトロノーム、太鼓、トライアングル。試した中で、1番響いたのはなんと、『木魚』だった。
「ただ、お坊さんじゃないのに木魚を買ったら罰が当たりそうだし、持ち運びが難しいから、ごめんねって。」
最終的には、手を繋いで、握りながら、体で覚える方法にたどり着いた。最近は体が覚えているので、手で叩くと理解できるまでに上達している。

手話とフラダンスのハンドモーションは似ている表現もある。さらに、手話では、手を動かすことも、顔の表情も大切だから、そこは聞こえない人の方が慣れているのだ。
「手話と違うところは、手の動きに加えて、足の動きが入ること。みんな最初は上手く動けなくて、毎回笑いながらレッスンしている。でも、リズムさえ覚えれば、聞こえる人よりも、手に表情はつきやすいし、表現力はあるし、上手く踊れる力があるはず。それに、みんなフラダンスが好きっていうのが伝わってくるの。」
そう楽しそうに語るまついさん。

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手話のフラダンスサークル「E KOMO MAI LIKO(エコモマイリコ)」
に通う生徒と教えるまついみえこさん

-空間に絵を描き、相手と向き合う世界の魅力

まついさんは、フラダンスを教える以外にも、手話講座を開いている。絵本作家の本間ちひろさんと一緒に、絵本と手話を組み合わせた読み聞かせを行い、気軽に手話に触れる場を作っている。でも、そこで1番知ってもらいたいことは、手話ではなく、『聞こえないことの理解』
「私たちはアイマスクで見えないこと、車いすで歩けないこと、そして、聞こえづらいことの表面的な体験はできる。でも、自分が声を出すと、耳に返ってくるので、全く聞こえないっていう体験はできない。だから、聞こえないことって想像しにくいんです。それに外見で分かりくいから、誤解も生まれる。 聞こえないってどういうことかを想像して、不便なことや、大変なことを知ってほしい。」

でも、同時に辛くて悲しいだけの世界ではない。魅力的で、おもしろい部分もたくさんあるとまついさんは言う。
「おじいちゃん、おばあちゃんの手話が好きなの。手話は視覚言語と呼ばれていて、手とか上半身の体の動きだけなのに、まるで、絵が見えるようなの。例えば、『昨日釣りに行った。』っていうのが、日本語だとその事実だけだけど、手話だとストーリー仕立てで、テレビみたいに見える。それが本当に素晴らしく、手話の魅力。そう思うとね、日本語がつまらなく聞こえる。」

手話を言語とする人には、アイコンタクト、表情、素直に気持ちを伝える力がある。
「私はあなたと喋っているのっていうアイコンタクトがとてもある。今の社会って、携帯見ながら喋ったり、テレビを見ながら喋ったり、喋っているようでいない。相手と向かい合ってないことって多い。でも、聞こえない人にそれはない。顔の微妙な表情からくみ取る力もある。聞こえない人は、情報弱者なだけであって、決して弱いわけではない。私は聞こえない人に助けてもらうことの方が多かった。」
聞こえない世界は、人と向き合うこと、本当のコミュニケーションを教えてくれる。

そして、思わず手話を使ってみたいと思うシチュエーションもある。
「例えば、駅で別れる時、電車が見えなくなるまで伝えることができる。それから、映画を見た時、普通なら喋っちゃいけないけど、手話なら、あの人犯人じゃないとか話せる。得でしょ。」
こんなことを聞くと、手話は聞こえない人だけの言語じゃなくてもいいと思えてくる。

「それから、誤解されやすいのが、聞こえないろう文化はストレートな人が多いってこと。でも、それはろう文化に、悪口や陰口っていう概念がないだけ。」
つまり素直なのだ。それは、**口話という言語を持っているのに、言いたいことを言えず、難しく考えてしまう、健常者の私たちにとって、必要なコミュニケーションかもしれない。 **

そして、まついさんが1番伝えたいこと。それは、
「聞こえない人とお話するのは、手話だけじゃない。顔の表情、筆談、スマホ、空書、身振り手振り、指差し、口話、コミュニケーションにはいろんな方法がある。だから、手話ができないから、お話できないと思わず、聞こえない人とも話してみてほしい。」
 
最初は躊躇うかもしれない。でも、まずは手話じゃなくていいから、話してみてほしいと強く願う。そこには何も変わらない、ただ話をしたいと思っている人たちがいるのだ。

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「手話」を表す手話をするまついみえこさん

-手話通訳士をクビになることが理想

手話通訳士であるまついさんだが、願いは手話通訳士がいらない世界。
クビになってしまえばいい。みんな手話ができれば、手話通訳士なんて必要ないから。障がい者という言葉は、健常者の私たちが作った言葉。聞こえない人は、聞こえないことが当たり前で、障害ではない。それに、目が鋭く、得意な部分もある。だから、哀れみではなく、助けるという立場でもなく、どうやったら、助け合いながらフラットな関係でいられるかを考えていきたい。」と願う。

健常者である私たちに合わせて作られた世界。それでも、そこで、聞こえない人は、手話という言語を持ち、話したい、働きたい、生活をしたいと、強く思いながら、暮らしている。そして、聞こえる人と、聞こえない人を繋ぐ手話通訳士という存在がいる。私たちは、すでにたくさん助けられているのかもしれない。

まついさんは何度も周りへの感謝を口にし、忘れない。
「私は、聞こえない人のおかげで、手話にも出逢ったし、資格もとれたし、通訳の仕事もできているし、仲間もできた。本当に周りに恵まれている。」

新しい時代、まずは聞こえないことを知ることから、初めてみよう。忘れかけていた心と心を通わせるコミュニケーションを教えてくれる素敵な世界が、そこにはある。


** まついみえこさんプロフィール**   歌って踊れる手話通訳士・手話奏者。手話フラダンスサークル「EKOMO MAI LIKO(エコモマイリコ)講師友人から手話通訳士を進められ、「手話を教えてくれた人に、手話で恩返しがしたい」と、手話通訳士の道へ。様々な場で、聞こえない人と聞こえる人のコミュニケーションを繋いでいる。また、手話フラダンスサークルや手話講座も開催し、楽しむ居場所作りと、「聞こえないことの理解」を伝えている。

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