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【読み切り短編】うっかり野郎とドレミパズル!

 鵜狩進は、まるで子供の様に、キャッキャと笑い声を上げた。右手にはぬいぐるみ、左手には小さな椅子を握っている。
 目の前には、まだ0歳の娘、遥花が座っている。
「ほら、クマさんだよ~」
 遥花の顔にぬいぐるみを近づけると、彼女はニッコリと笑って、それを手に取った。
 進は持っていた椅子を、遥花の目の前に置く。
「あっ、クマさんの椅子があったよ。お座りできるかな」
 進は期待の籠った目で、遥花の顔を覗きこんだ。
 しかし、遥花はぬいぐるみを引っ張ったり、つついたりするばかりだ。
「ん~。まだ言葉は分からないか~」
 進は膝立ちの姿勢から、その場に腰を下ろした。
 すると突然、ピーーという甲高い電子音が鳴り響いた。同時に、お尻に鋭い痛みが走り、「ギャー」と声を上げる。
 その事に驚いたのか、遥花も大声を上げて泣き叫んだ。
「何!? どうしたの?」
 慌てて、キッチンから妻の蓮花が飛んできた。
「お尻になんか刺さったー」
 進は痛みに顔を歪めた。蓮花は彼の手をグイッと引っ張り、立ち上がらせる。そして、その尻の下にあったものを見て、彼女の眼はキッと吊り上がった。
「もう、せっかくお義母さんが買ってくれたのに!」
 恐る恐る、進は後ろを振り返った。そこには、真っ二つに折れたピアノのおもちゃがあった。
「あちゃー」
 進は頭を叩いた。
「あちゃー、じゃないでしょ。どうするのよ、せっかく遥花が気に入ってたのに!」
 蓮花に叱責され、進はタジタジといった様子で肩を竦めた。これは、普段尻に敷かれている反動だろうか、と壊れたおもちゃを見つめる。
「ごめん、ごめん。なんか別のもの買って来るよ」
「あなたのお小遣いからね!」
「はーい」
 進は壊れたおもちゃを片づけると、すごすごと玄関を出ていった。

 車を走らせ、進は近所のおもちゃ屋に足を運んだ。
 店内には、レゴブロックやドールハウス、新幹線や恐竜の模型など、様々なおもちゃが所狭しと並んでいた。
 子供向けのおもちゃが中心だが、新作のTVゲームや、フィギュアも山の様に陳列されている。それらの並ぶ一角に、ふらりと心奪われそうになる。
 今年30歳を迎えた大の大人でも、心躍るような空間だ。
 しかし、こうも商品が多いと、何を買っていいのか、まるで定まらない。進はキョロキョロと、挙動不審に辺りを見回していた。
「何かお探しですか?」
 その姿を見かねたのであろう。近くにいた女性店員が、進に声をかけた。
「実は、子供のおもちゃを壊してしまって。ピアノのおもちゃなんですけど」
「ピアノのおもちゃですね。でしたら、こちらへどうぞ」
 店員さんに案内され、2階へ上がる。すぐ右手に、知育玩具のコーナーがあった。
 そこには、ピアノを模したおもちゃだけでも、何種類も並んでいる。どれがいいかと品定めしていると、近くにあった、店長の一押し、というポップが目に入った。
 一見すると、ただのパズルにしか見えない。いったい何が違うのだろうと、そのおもちゃを眺めていると、先程の店員さんが声をかけてきた。
「そちら、ドレミパズルという商品で、今とっても人気があるんですよ」
「どんなおもちゃなんです?」
 進が尋ねると、店員さんはにっこりと微笑む。
「そちら、見た目は4×4マスの普通のパズルと変わらないんですが、パズルのピースをずらすと音が鳴る仕組みになっているんです」
 進は「へぇ」と頷く。
「よろしければ、こちらでお試しください」
 店員さんはお試し用のパズルを差出す。
 進がピースずらすと、ピアニカに似た音が流れた。
 しかも、ずらす位置や、ピースによって、音階が変わるのだ。
「そちらのパズルを、説明書に記載の状態に並べます。それから、最短の手順でキャラクターの絵を完成させると、童謡が流れるようになっているんですよ」
 店員さんの説明を受けて、進は益々興味を惹かれた。
 早速、所定の位置にパズルを並べ変える。どうやら、描かれているのは、アンパンマンだ。
 パズル自体は単純なもので、大人であれば、すぐに並べ替える手順を理解できた。
 パズルのピースを動かしてみる。すると、童謡のチューリップのメロディーが聞こえてきたのだ。
「これ、すごいですね!」
 進が目を輝かせる様子を見て、店員さんは満足そうに頷く。
「これ、パズルのピースを別のものに変えると、キャラクターも、流れるメロディーも変わるんですよ」
 進は「えっ」と驚きの声を上げ、ドレミパズルの陳列された棚に視線を戻す。
 そこには、別売りのピースが5種類並んでいた。描かれているのは、どれも子供に大人気のキャラクターばかりだ。
「これ、全部ください!」
 進は値段も見ずに即決し、ドレミパズルをもって家路についた。

 家に戻ると、進は早速ドレミパズルを取り出し、遥花の前に差し出した。ご機嫌斜め、といった表情は一変し、彼女は新しいおもちゃを食い入るように見つめる。
 進はパズルのピースを所定の位置にセットし、目の前に置いた。
「ほら、これを動かして、アンパンマンにできるかな」
 進が促すと、遥花はおぼつかない手つきでパズルを動かし始めた。
 しかし、なかなか正しい手順で動かすことはできない。
「そっちじゃなくて、こっちだよ」
 進が正しい手順を教えようとするが、遥花はいやいやと首を振って、自由にピースを動かす。
「流石に0歳の子には難しいよなあ」
 なんて言いながら、進は頭を掻いた。
 その時だ。何故だか、頭の中に映像が流れ込んできた。
 ブロッコリーの様な頭をした、髭面の男。彼はヴァイオリンを軽快に弾きこなし、観客を魅了する。
 そして、その後方から、青色のタイルが現れるのだ。そこにはこう書かれていた。「情熱大陸」と。
 進はハッとして、遥花の手元に視線を送った。紛れもなく、このメロディーは遥花が奏でていたのだ。
 それはほんの一瞬の出来事だったが、進は歓喜した。この子は天才だ。
「新しいおもちゃ、楽しそうでよかったね」
 すると、キッチンに立っていた蓮花が、様子を覗きに来た。
 蓮花は遥花の手元を見て、「そっちじゃなくて、こうやって動かすんだよ」と、優しく教えようとする。
 その手を、「いいのいいの」と言って、進は制した。
「この子の自由にさせてあげればいいんだよ。この子は、大人が思っている正解なんかよりも、すっごいことが出来るんだから」
 進の言葉に、遥花は満面の笑みを浮かべたのだった。


       完

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