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『生殖の海』 あとがき

『生殖の海』 あとがき


 ヒトが人間になった時、ヒトがフィクション(物語)という概念を手に入れた時。その時、きっと「メス」は「女」になり、子宮は子宮以外の意味を持つ何かになった。

 ものごころつく前から「女であること」と対峙してきた。また歴史好きでもあり、いま目に見えるもの、五感で認識できるもの以外の概念におもいを巡らせる癖も持っていた。そして、先に述べた「フィクションによって『意味』の与えられた子宮」という子宮の捉え方をするようになった。歌を詠み始めた私がその主題を「子宮」「女であること」と定めたのも、自然なことだっただろう。

 承認欲求の塊だった私は、詠歌を始めて半年で新古今和歌に出合い、衝撃を受けた。誰かに承認されることを目的に生き、理解されようとして歌を詠む……なんてつまらない事をしていたのだろう! オナニーもいいところだ。そんな事よりうんと楽しく、意味のある歌の詠み方がある。すなわち、主張したがる自我のおもいを徹底的に削ぎ落とし、「詠むべきもの」をつかみ、「詠むべき形」に表すこと。この世ならざる絶対不変の美のイデア「及ばぬ高き姿」の一端を、五感で認識できる形に下ろす――歌人であれば、三十一文字みそひともじの歌の形に表すこと。私を感動させた歌の作者である、藤原定家をはじめとした新古今歌人たちは、そうした営みにしのぎを削っていたのだった。

 私は自詠から「我」を排除することを決めた。仮に自分の経験を使うにしても、それは「使う」ものであり、経験や感情を表現することのほうを目的としてはならない。そうしたがる自我の甘えを削ぎ落し、「詠むべき歌」を詠み続けることは、私にとり我慢や忍耐ではない。たましいの躍る営みだった。新古今和歌との出合いからもうすぐ八年になる。

 最初の歌集をすべて「成り代わり」の連作とする構成も、そうした詠歌姿勢からおのずと導き出された。現代と過去を章ごとに行き来し、歴史上の、また物語上のさまざまな人物に成り代わって歌を詠む、現実や物語中のその人以上にその人らしく……。楽しかった。お察しのとおり、いくつかの章には私自身をモデルとした作中主体もいる。あくまでモデルであり、物語を最も美しくするために私のなかの特定の要素をデフォルメしていること、事実より真実の美を描くことを第一としていることは、ご理解いただきたく思う。

 いつかは出すつもりだった歌集を現実に編もうと動くきっかけとなったのは、歳の近い歌友の死だった。それからまもなく一年。おそらく八千首以上あった過去の自詠から歌稿をまとめ、推敲し、削り、詠み足し、出版費用を稼ぐための出稼ぎをし、ようやくこの日を迎えた。

 この一年、この世ならざる「及ばぬ高き姿」からの後押しとしか思えない奇跡がたくさんあった。一つひとつ、一人ひとりに感謝してもしきれないが、次のお三方については特に名前を挙げて感謝を記すことをお許しいただきたい。常日ごろのそれに加えて、歌集を編むにあたり数々のご助言を下さった、短歌結社 竹柏会「心の花」の先輩である佐佐木頼綱さん。古典文学の講座でいつも楽しい講義を下さり、また出稼ぎその他の折にひと方ならぬご助力を下さった吉田裕子さん。十年以上にわたり人として、歌人としての私の歩みを見守り、このたびこれ以上ない表紙を描いてくれた、長澤真緒理ちゃん。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 お三方だけ、と言いながら、最後にもうひとり……。我が永遠の師であり好敵手である藤原定家に、心からの感謝を伝えたい。「及ばぬ高き姿」という言葉、歌におけるその体現の数々を、ありがとう。


二〇二〇年の誕生日を迎えて
梶間和歌

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出典

第一章 新古今和歌集釈教一九七〇
第二章 『源氏物語』「賢木」
第三章 村山由佳『野生の風』
第四章 拾遺和歌集哀傷一三四二
第五章 新古今和歌集夏二四五、ポルノグラフィティ「アゲハ蝶」
第六章 藤原定家『近代秀歌』、新古今和歌集春上、春下
第七章 新古今和歌集雑上一五六三
第八章 建礼門院右京大夫集三二二
第九章 村山由佳『野生の風』
第十章 高殿円『剣と紅』
終章 新古今和歌集春下一二八


『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


「女であること」と対峙してきた半生


PS.

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