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『生殖の海』終章 「ひかりを添へて」

『生殖の海』終章 「ひかりを添へて」

花さそふ比良ひらの山風吹きにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで

宮内卿


春霞結べばとくるあかつきの空のあなたのしづけさを見よ

咲き盛る花はきらきらこぼれたりひとゝきの春よひとゝきとなれ

修羅の道を思へばとほく来たりけりなべてあはれと見ゆるほどまで

朝も夜も比良の山より花降れば舟ぞ分けゆく春のしかばね

春の夜のおぼろ月夜の花のもとかくれつゝゆく肉体の君

はなびらは肉体のへにしかばねと降り積む花のしかばねとして

この頬は肩はきのふの君なれや白妙の花の海に横たふ

マルボロに馴れてひさしきくちびるは花の嵐にうづもれにたり

掻き抱く肩よりにほふ匂ひ永劫深くぞこれはマルボロの風

君と我が隔てとしての肉体のかたさ脆さを知りぬしかばね

越えられぬ死といふものを見過ぐせばさりやかたへに笑むばかりなり

肉体といふ隔てある悲しさを哀しびは絶つ死は絶ちにけり

うつせみはあらぬ世に見る夢そよやいで死にびとよとこしへにあれ

墨染めの花散りぬべきゝのふけふほのぼの匂ふ君がしかばね

遥かなる雲のなごりに舞へ桜嵐に匂ふ春ぞあけぼの

花は散り舟の漕ぎゆく白妙の志賀の水面みなもを洗ふ浦風

死出の山に君に触るべき風もがな世と世の隔て我れに告げこせ

ひさかたの空かき暗しふる雨のすゑを見むとす立ち尽くしても

とこしへに春と覚ゆる世は暮れておなじと見えぬ春は来にけり

み吉野に風立ちぬらしほのぼのと霞み初めぬるあけぼのゝ空

いはゞしる雪げのみづのおと冴えてうぐひすを呼ぶ風も立つなり

ひんがしの山のあなたも我が庭もほがらほがらと匂ふ夕暮れ

花のころはなほ影ちかきこゝちして空ながむれば雲のうつろふ

浮き雲の空のあなたにけぶり立てばひかりを添へて風吹きわたる

うたゝねの夢にゆかしくかへり見るけふの夕暮れ明日のあかつき

うちなびく黒髪を揺る春風に覚めなば君をれとかは見む

とほざかる花のなごりの高嶺よりやうやう暮るゝ春の春雨

思ひあまり空をながめて立ちぞ濡るゝ匂はぬ風にゝほふマルボロ

振りあふ右手めでを伸ぶればむらぎものこゝろに結ぶひとはマルボロ

面影はとほくなりゆく草原ゝさはらにふたゝび立ゝぬ風はマルボロ

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『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


この章の解説記事


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