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『生殖の海』第八章 「水底(みなそこ)の死」

『生殖の海』第八章 「水底みなそこの死」

今はたゞしひて忘るゝいにしへを思ひいでよとすめる月影

建礼門院右京大夫


なべて世はかりそめにる草枕結べば消ゆるうたかたの夢

うつゝとは夢まぼろしのあはひにてまことゝ紛ふ幻のうち

きのふ見し花をけふ又見むとかはうつるならひの世にあるものを

さしかゝる夕日の影のうつろへば暗さほの増す散りがたの花

なべてみなひともゆかりも水底みなそこに入るてふ夢を見き起きながら

こはさだめ我が世の果てと立ちひとはものゝふとして生き去りにけり

かゝる目を見ずてかなしと言ひけりやきのふ又けふおなじ春風

人の死にかろき重きはなしといふさかしらごとをる人もあり

うつゝとも夢とも分かで夜もすがら日すがら恋ふる影は幻

覚めずはされいのち絶えなば絶え果てよ死なばふたゝびかくひとを見む

時はゝた止まるやと見ゆむらさきのあふちの花を藤とまがへて

さ夜ふけて面影匂ふうたゝねに死出の山ゆくほとゝぎすかな

ひさかたの雲ゐに迷ふ白鷺の翼に晴るゝ夏の日の影

秋風に似たるひと夜の夕暮れにまだひぐらしの鳴くこゑぞする

初風やかりのなくやと思ふまにふかくも秋のなりまさる哉

忘れむと強ひて思へばおのづからその夜の夢にひとは微笑む

哀しびをかなしぶことに疲れ果てひとをおもひてけふも暮らしつ

哀しびをかなしび続け生きかぬる人のさがて我れもながらふ

見上ぐれば月は檜原ひばらをいま離れひろき雲ゐに弧を描き初む

踏み分くる葉をばうづめて積む雪にひかりを添へて澄む月の影

世の憂さを忘ればやとて草枕かりそめにる旅に出でたり

されど我が仮の宿りに思ひ知るなべてこの世は憂き世なりけり

それながらあらぬ世かとぞ紛へたるきらめきわたる星をいま見て

星空のかゝるながめをこゝに知る月こそものゝあはれなりしか

かくもやとうち敷き詰めて光る星のひとつひとつを数へてぞみる

ひとのなき世に動くめる我がこゝろその底に又おどろきもして

星の夜のあはれを旅に知りしよりなほ身のかゝるうつせみの世や

なかなかにうつしごゝろを取りかへし哀しびよりも深きかなしび

憂さを増す世にながらへてなきひとをおもふばかりの春は来にけり

朝霞ほのかに見ゆる梢よりまだ咲かぬ花の匂ふあけぼの

思ひわび絶えむと覚え絶えもせでことしも庭にきけるうぐひす

春の夜の枕に匂ふ花の香にみじかき夢ぞ又覚めにける

なよたけの世にる我れを吹きとほせ春の嵐も秋の野分のわき

時にたゞ昔のことゝ思ひなし思はぬことを思はする月

ひとゝせを十年とゝせと思ふ五十いそとせはたまゆらねし夢かとぞ見る

野べの死も水底みなそこの死もうつせみもなべてこの世はうたかたの夢

生きて見る夢の終へも分かぬまに花をながむる春は来にけり

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『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


この章の解説記事


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