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『生殖の海』第五章 「目を開けて」

『生殖の海』第五章 「目を開けて」

橘のにほふあたりのうたゝねは夢もむかしのそでの香ぞする

俊成卿女


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     ✽

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 「夢で逢えるだけでよかったのに愛されたいと願ってしまった」
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『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


この章の解説記事


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